EP20 Re:幸せの裏で蠢く世界

 一通り店を回った俺たちは、帰り道で会話に花を咲かせていた。


「その時のレオンがさー。」


「フフフ。レイは本当にミツルギ君が好きなんだね。さっきから彼の名前しか出てこないもん。」


「ええ!?そんなにか……ごめん、退屈だった?」


「ううん、そんな事ないよ。最近のレイがどんな風か聞きたいって言ったのは私だし。」


「そ、そうか。」


 花を咲かせるとは言ったものの、殆ど俺が話していて彼女は俺の語る事に相槌を打ったり笑ったりするだけだった。昔からサナエはこうなのだ。俺といる時は横から覗いたり、聞き手に回ったりする。過去に何度も退屈じゃないかと聞いたのだが、毎回首を横に振っていた。

 そうやってサナエと歩いていると、視界の端に彼女の家を捉えた。


「あら?もう着いたのか。」


 気付いたら俺とサナエは俺の家の前にいた。会話に夢中で気が付かなかったが、いつの間にか家に着いていたのか。


「むぅ……まだまだ聞きたいこと、いっぱいあるのに……」


 サナエはそう呟いた。気になっている女子に興味を持ってくれるとは男冥利に尽きるというもの。俺は緩む口元を勤めて抑えている。


「ならさ、ネストの交換しとく?」


 俺はスマートフォンを取り出し、QRコードを表示させる。"チャットネスト"と呼ばれるアプリのアカウントで同年代の学生、というか現代人なら誰もが使用しているものだ。彼女もスマホを取り出し、俺のコードを読み取る。そして俺のスマホの右上には通知が表示されており、"サナエ"と表示された。


「はい!これでいつでも話せるね!」


「そうだな!」


 公式アカウントと家族、そしてレオンしかいなかった俺のフレンドリストに春が来た。だがそろそろ日が傾き始めた。余韻に浸っている時間はなさそうだ。


「そろそろ帰らないといけないね……」


「そうだな。んじゃあ月曜に学校で。」


「うん!また明日ね!」


 そう言ったやり取りの後にサナエは自宅のドアを開け、中へと入っていった。それを確認した俺も自分の家へ歩き出した。



「ただいま。」


 俺が扉を開けるとソフィアが立っていた。やはり俺より高い位置にある顔には不満げな表情が浮かんでいる。


「ソフィア?そんな顔してどうかしたか?」


 俺が聞いても彼女は口を開くことはなく、不服そうにこちらを睨んでくる。靴を脱いで家に上がるが彼女が立ちふさがっている所為で部屋に入れない。どうしたものかと考えていると、彼女は両腕を広けた。


「ん。」「え?」「ん!」

 

 ああなるほど(超速理解)。望み通り彼女の腕の中に収まると満足げな鼻息が聞こえ、俺は彼女に抱えられた。


「お帰り、兄貴。」


「ただいま。」


「……ん。」


 俺が帰宅の挨拶を返すとソフィアは嬉しそうに、俺の頭に頬ずりしてきた。


「いくら帰りが遅いからってそんなに心配しなくてもいいじゃないか。父さん達だっているのに……」


 両親は俺と同じくらい彼女も愛している。だから寂しいということはないはずだが、そういえばどこにいるのだろうか。いつもなら帰ってきた俺を迎えてくれる、時間的にもお店にはいないはずなのに。


「今日、二人ともいない……急用なんだって。食材の仕入れ元がーって。だから私、一人だった。だから兄貴に‘‘ネスト‘‘でメッセージ送った。」


「え?……あ、ホントだ……」


 サナエとの買い物に夢中でスマ―トフォンに気がつかなかったため、通知を見逃していたらしい。ソフィアは頬を膨らますと、再度俺の頭に頬ずりしてきた。


「兄貴のバカ。」


「悪かったって……晩御飯作ってあげるから……」


 俺がそう言うと、彼女はぱあっと顔を明るくした。


「ほんと!?じゃあオムライスがいい!」


「オムライスか、分かった。じゃあ作ってる間にお風呂とか済ませておいてくれ。」


「うん!兄貴だいすき!」


 ソフィアは俺を開放すると、ぱたぱたと駆けて行った。ふっチョロ娘め。俺も行動するとしよう。メインシステム、料理モード起動。


『シスコン……』


 レイザはとんでもないことをを言った。そんな事があるか俺は兄だ。年上の身内として親身に接しているだけだ。シスコン?あり得ない。


(それよりさ、父さん達はどこに行ったんだろうな。)


『露骨に話題を逸らしましたねぇ。ま、いいでしょう。けれどソフィアさんの言った通りでは?』


(でもさ、こんな時間に行くなんて変じゃない?前にも何回かこんな事あったし、ちょっと不安だなってさ。)


『なるほど……その気持ち、よくわかります。ですが待つ者に出来ることは待つ事。前も無事に帰ってきたのなら、今回も大丈夫ですよ、きっと。』


(ならいいけど……)


 彼の言うとおりだ。どれだけ心配しても出来ることは待つことのみ、なら大人しくそうしよう。



 日が落ち行く郊外で、それは行なわれていた。ただでさえ人の通行が少ない場所であるにも関わらず自衛軍により封鎖されているそこで、戦いが繰り広げられていた。


「ゴガアァァァァア!!!」


 その怪物は剛腕を振るい立ちふさがる者を粉砕するべくせまる。アスファルトが割れ、凹むほどのその一撃は常人であれば即死も免れない。だが己の倍はあろうかというこの怪物に立ち向かう者もまた、並みの戦士ではなかった。

 白を基調としたデザインの武装に身を包んだ男は怪物の腕をひらりと躱し、手に握っているライフルの引き金を引く。拡散して放たれた光線は怪物の巨体を捉え、火花を散らせた。


「ゴアァ!?」


 怪物が怯むと彼は距離を取る。だが己を傷つけた相手を逃がすほどこの怪物も優しくはなかった。巨体を活かした突進はそれ自体が凄まじい質量攻撃となり、防御を削っている彼ではひとたまりもない。だが彼は勝利を確信していた。


「‘‘ブレイドレイダー‘‘!」


 彼と怪物の間に割って入ったのは、大剣を振りかぶって怪物に飛びかかる彼の仲間だ。怪物は脳天に強打を受け、叩き付けられるように地面に這いつくばった。


「ゴガァ!?」


 幾ら巨体を持っていようとも、必要な力が違うだけで頭部を殴られればひとたまりも無い。もがき苦しむ怪物に、先程の男が照準を定める。顔はヘッドギアに覆われておりその表情は伺えないが、微かに憂いを感じているようにも見えた。


「ターゲット……ロック……」


 銃口のパーツが展開され、エネルギーが収束していく。


「撃ち抜け……アクセルブラスト!」



 必殺の光線が放たれ、光の奔流が怪物を呑み込んでいく。憎悪の籠った断末魔を反響させながら、それはそれは消滅していった。

 光が止み、アスファルトを焦がす匂いが辺りを染める。怪物が先程までいた場所には黒い繭の様な物体と、それの周りに飛び散る残骸。


「"ホワイトマスター"より全チームへ。"クリスタント"を鎮圧した。」


 怪物、もといクリスタントの無力化を味方に通達すると、安堵の雰囲気に包まれるのが通信機越しにも分かる。


『コマンダー"イクス"よりホワイトマスター。こちらでもクリスタントの無力化を確認。"スーサイド"確保の為、"メテオール"第三小隊を向かわせます。』


「了解した。……ありがとう。」


 通信を終えると、ホワイトマスターは地面に腰を下ろした。そんな彼に近づく人影が一つ。彼を支援する、‘‘メテオール中隊‘‘の指揮官。"ノーネイム"のコードネームを冠する好青年だ。

 余談だが小隊とは本来30~60人、分隊にして二~三個で構成された部隊を指す。だがメテオールにおける一個小隊の構成人数は四~五人と少ない。これは彼ら一人一人が単騎で一分隊相当の戦力を持っているからである。


「後は我々に任せてください。貴方は休息を取るべきです。」


「ああ……残りは任せるよ。"スレイヴ"の処理はどうなっている?」


「第二小隊が行なっておりますが、すぐに終わるかと。みんな貴方に鍛えられた精鋭です。優秀さは保証しますよ。」


「確かにな。しかも第二小隊の動きは前より良くなってる。特に"ノスター"君だったか、彼は第一小隊に迫る程だ。"ジャックナイフ"の教え方が良いのだろう。」


 自分の名が呼ばれた、ジャックナイフという名の持ち主であろう屈強な男がやって来た。先程ホワイトマスターの援護に大剣を振るった人物で、手には煙草が握られている。仕事後の一服といった感じだろうか。


「まだまだこんなモンじゃないですよ。アイツはもっと強くなる。アンタやアンタの後継人の役に、十分立ちますよ。」


 自身気にそう言いながら吸い殻をポケット灰皿に入れると、再び戦いの跡に目を向ける。そこでは残った者達が事後処理を行なっており、今から大人数で向かう必要もなさそうだと感じた。


「さて、私は本部へ戻るよ。後の処理はよろしく頼む。」


「了解しました。後は我々に任せてください!」


ノーネイムが敬礼をすると、ホワイトマスターも敬礼で返した。そして彼はその場を後にした。


「お疲れ様です。ホワイトマスター。」


 本部の役割を持つ大型車両に帰還したホワイトマスターを出迎えたのは、彼の部下である。コードネーム"イクス"、またの名をアキラ・


「ここでその名を呼ぶのはよしてくれ。俺たちと君たちの中だろう。」


「そうでしたね……ジェイソンさん。」


 ホワイトマスターの正体、それは食材の仕入れに行った筈のジェイソン・ラースであった。彼はこうして時折家を抜けて、クリスタントと呼ばれる怪物と戦っているのだ。それはイヴも同じであり、ジェイソンのオペレーター兼技術顧問として協力している。


「また……助けられなかった……。俺の装備じゃあスーサイドを救うことはできない……分かってはいるが、いつまでたっても慣れるものじゃないな……。」


「仕方ありませんよ。今の技術力では、彼らを生きたまま浄化する術はない。……‘‘フォースシステム‘‘の完成、それさえ成し遂げられたら良いのですが。」


「宛はある。もうじき俺の‘‘協力者‘‘が来る筈だ。彼の持ってくるデータがあれば何とか形にできるはず。それだけの技術基盤を、この15年間で作れた事だけは幸運だった。この国の技術力に乾杯だな。」


「それは貴方のおかげですよ。貴方がこの国にもたらしたデータは、小規模なシンギュラリティを起こした。‘‘失われた30年‘‘と呼ばれた暗黒期を取り換えせる程に。……ですがこの技術を作った者が、私たちの敵だとは……」


 アキラは恐怖を隠せないといった風だった。技術者である彼だからこそ、未知なる技術の恐ろしさを理解している。


「やれることはやっている。後は信じるしかないさ。」


 ジェイソンはそう言い切ると、一呼吸置いてから口を開いた。


「そういえば、レイの検査結果を見ていなかったな。今出せるか?」


 先日レイ・ラースが資料館で倒れた際、彼の治療を行ったのはアキラだった。


「出せますが……」


「なら頼む。」


 アキラがモニターを操作すると、ジェイソンはそれを覗き込む。映し出されたレイの検査結果を見て、彼は険しい表情を浮かべた。そこに写っていたのは特殊な機械を用いて計測した脳波とでも言うべきものだが、情報量が異常であった。


「発現の予兆……ならやはり、‘‘あれ‘‘が目覚めたということか……」


「近くにいた生徒の証言で、展示物に触れたと報告があります。……偶然でしょうか?」


「いや、必然だろう。ホワイトマスターとしては幸運に思うが……アイツの親としては……いや、俺に親を名乗る資格なんて……」


「そう思うなら貴方は寧ろ父親を全うすべきだ。彼が……レイ君がその真実に直面した時、支えになる為に……!」


 アキラはジェイソンの全てを知っている。血塗られた過去を知りながら彼を支え、共に戦ってきたのだから。


「そう……だな。すまん。ちょっちナイーブになっていたかもしれない。少し気分転換してくるよ。」


「あ、でしたらイイものがありまして」

「?」


 車外に出ようとしたジェイソンを呼び止めてアキラはスマートフォンを彼に見せた。


「さっきサナエから送られてきた物なんですが……」


 そこに写っていたのは彼らの子、そのツーショット写真。恐らくサナエから送らせたのだろう。


「なっなななななにぃ!?レイがサナエちゃんと放課後デート!」


「デートとは気が早い……いずれそうなれば嬉しいですがね。」


 先程の落ちた気分と一転。息子の恋路に驚愕と興奮を隠せないジェイソンであった。


(息子の吉報を聞いて喜べるなら大丈夫。貴方はちゃんとした父親だ。)


 尊敬する者の痴態を眺めながら、アキラは呆れ半分ながらも安心した。

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