EP19 幼馴染と買い物

 そうして‘‘テンカ‘‘へやってきた。ファッション関連の店が多く連ねるここ‘‘ファッションエリア‘‘は、今の俺たちにとって最も適した場所と言っていいだろう。というかなんでもここに来ればある、最強だよ。

 他にもサブカルチャーエリアを含めた4つのエリアがあるのだが一旦おいておこう。今は眼前で商品を吟味しているサナエの方が重要だ。


「うーん……」


 サナエは色々考えているようで、様々な靴を手に取りながら唸っていた。俺も一緒に選ぼうと思ったが、それは野暮というものだろう。彼女が選んだ物から最終的な結論を出すだけに留めていた方が良い。


「これが良いかも……」


 そう呟きながら、サナエは二つの靴を取って立ち上がった。


「どっちが良いかな?」


 サナエは二つの靴を俺に見せた。

 どっちが良いのだろう。俺は心の中で頭を抱える。


「そうだな……」


 俺にとって服装は清潔でレオンの隣に居て恥ずかしくないのなら何でも良かった為、そう言った知識は無い。異性のそれなどもっと知るわけが無い。


( ᐛパァ)


 俺が固まっていると、クソデカい溜息が聞こえた。俺は慌てて彼女の表情を確認したが、そこにいたのは上目遣いで俺を伺うサナエ、あら可愛い。となると疑うべきは一人しかいない。


(んだよレイザ。文句あんのかよ?)


 俺が尋ねると、クスクスと笑う声。


『貴方の人間性は素晴らしい。ですが女性の扱いは残念ですね、レイ。』


(うっせ。そんなこと言ってるお前はどうなんだよ?女の扱いってのは慣れてるってのかよ。)


『勿論ですとも。例え記憶がなくとも、レディへの礼儀作法は頭に入っています。』


 自身気に腕を組んでそう答えるレイザ。


『お教えしますけれど、私とばかり会話していてよいのですか?貴方が目を向けるべきは別にいるでしょう。』


 レイザに言われるがままに視線をサナエに戻すと、不安そうに俺の顔を覗き込んできた。


「どうしたの?ひょっとして……似合ってない?」


「あ、いや!そうじゃなくて……」

 

 言葉に詰まる。どちらも彼女に似合っていると思うからこうなっているのだ。だかここで「どっちも良いよ」などと言ってはいけない。それは男の禁句、優柔不断クソ野郎以外の何者でもない。


『じれったいですねぇ……大人しく貴方の好みで選んでいいのですよ。』


(え!?いいのそれで!)


『はい。だって彼女はそれを望んで……助言はこのくらいに留めておきます。活路は開きました。あとは貴方の力で道を切り開いてください。』


 最後に言おうとしたことがとても気になるが、今はそれを考えている場合ではない。彼の助言に報いるべく俺はサナエに向き直る。


「えっと……個人的にはこっちかな?」


 俺は黒いハイヒールの方を選んだ。……そっちのが俺の好みに合っているから。


「こっちね!うん、これにする!」


 彼女はその靴を手に持ってレジへと向かっていった。その後ろ姿はとても嬉しそうで、こちらも嬉しいと思える。


『良かったですね。彼女に喜んでもらえて。』


(ま、お前のおかげだわ。ありがとな?)


『どういたしまして。それにしても、貴方はああいったヒールの高い方が好きなんですね?』


(ん、そうだな。…良いと思わないか?)


『良いですよね……。』


(……分かるのか?)


『はい(迫真)』


 なんと言う事だ。俺と彼の好みは近しい物らしい。見た目だけでなくそんな所まで似ているとは。これは彼と酒を酌み交わし、良い談義ができるのではないか。


「レイ!」


 だがそんな思考は彼女の呼びかけによって遮られてしまった。振り返るとサナエがいて、早速購入したハイヒールを履いていた。


「どうかな?似合ってる?」


 普段制服と一緒に着用するローファーより踵が高くなるからか、すらりとした印象を受けた。見慣れた制服でさえどこか特別で、上品な物にも見えてくる。


「ああ、似合っていると思う。それにして正解だったな。」


「うん!選んでくれてありがと!」

 

 満面の笑顔を浮かべるサナエの笑顔が眩しい。それに思わず見惚れてしまう。

 一しきり俺に見せて満足したのか、彼女は靴を脱ぎ始めた。


(やべ……見えてる……)


 俺への信頼故かあるいは、後ろを向いた事によって無防備に晒された御御足が見える。ふくらはぎから太腿にかけての女性らしいライン、膝を曲げる度に表情を変えるひかがみ。そして全年齢コンテンツにおける絶対領域であろう足裏。黒タイツ越しでも、否だからこそ強調される美しさ。


『はしたないd(だまってろ)アッハイ。』


 レイザには悪いが返答している余裕などない。今は目の前で繰り広げられている光景を目に焼き付ける事が先決だ。目をかっ開き、彼女の一挙手一投足を逃すまいとする。だがそうしていると彼女の膝かこちらを向いた。


「俯いてどうしたの、何かあった?」


「い、いや!なんでもないよ……」


 君の脚に見惚れていたなんて口が裂けても言えなかった。言える訳がないのだ。


「もう、変なの。」


 彼女は俺の挙動不審に訝しんでいたが、それでもどこか嬉しそうだった。


「ま、まあいいじゃないか。それより他に行きたい所はある?」


「あるにはあるけど……付き合わせちゃっていいの?」


「今日はサナエに着いてくよ。とことん付き合うさ。」


 何かするでもなく、サナエと居れるという事象だけで俺は嬉しい。今まで離れていた分、彼女の頼みをなんでも聞いてあげたいと思う。


「ならもう少し買い物に付き合ってほしいの。もう一つ、行ってみたいお店があって……」


「良いよ。行こうじゃないか!」


「うん!」


 サナエは笑って俺の横に並んだ。少しだけ上の高さにある幼馴染の笑顔は、記憶の中にある物より大人びていて、とても可愛らしいものだった。



 そんな二人を物陰から観察する、三つの影。


「ラースってあんな顔するんだな?」 


「そうだね〜。ミツルギくんとか、あとアッシュといる時もあんなに笑顔になった事無かったのに。」


 マトイ、シバ、そしてアッシュもといユウの三人が後を付け、レイ達の行動をストーキングしていたのだ。


「ええ、ちょっとだけ……妬いてしまうほどに……」


 シバの発言に二人が、主にマトイの方が魚の如く食いついた。


「シバさん!?もしかしてラース君の事が!?」


「んな訳ないでしょう!あの男が誰と付き合おうが私の知ったことではありません!!」


 マトイの言葉にシバは凄まじい剣幕で反論した。だが人呼吸置いたのち、彼女はゆっくりと弁解し始めた。


「ただ、私では彼の心を晴らすことができなかった。私と話している時より、カミゾノさんといる方がずっと楽しそうで。それが少しだけ、悔しいのです。変……でしょうか……?」


 形こそ違えどシバもまた、レイ・ラースという人間を見ていた。幼馴染という理由はあれど、自分とより楽しげに会話をしている彼の姿を見れば、心穏やかではないといえる。


「それやっぱりラース君の事が「ですから違うと言っているでしょう!そもそも私はあの様な品のない性格ではなく、もっと大人な男性と……ハッ!?」


 マトイが先程までラース達の様子をメモしていたメモ帳に自分の情報を書き込んでいるのを見て、シバは自分の発言を振り返り、そして顔を赤く染めた。


「フムフム……シバさんは大人な性格の男の子が好み……と。」


「そのメモ帳を渡しなさァァァァい!」


「やだよ〜ん!」


 キャットファイトを繰り広げる横で、ユウはため息をついた。

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