EP18 Re:久しぶりの幼馴染

 サナエと下校を共にする約束をしてから、俺は人生で1番学校生活を長く感じていた。どれだけ時計を見ようと針が前進むことなく、1秒1秒を噛み締めさせられる。新作ゲームの発売日を待つ感覚と言えば大体想像できるだろうが、実際に俺が感じたのはそれを1000倍くらい濃縮したものだった。

 食事も喉を通らず、昼飯でさえ満足に食べることができなかった。レオンが二人分の飯を食べる羽目になった事は言うまでもないだろう。……彼には後日詫びを入れなければ……。


 それでも時というのは確実に前へと進んでくれる。無事に最後の授業を終え、ホームルームまで辿り着く事ができた。幸いにもそれは行われ、規定時間通りに終わる事ができそうだった。


「起立!礼!」


「「「「さようなら」」」」


 そうして放課後を迎えた瞬間、俺は勢いよく立ち上がった。他所からも同じような声が聞こえた。見るまでもない。サナエだろう。俺たちは一瞬だけ目を合わせ、そして教室の扉を見据える。


「「!!」」


 メインシステム、戦闘モード起動。忘れずにカバンを手に取り、目にも止まらぬスタートダッシュを決める。


「ひ、姫!?お待ちください!」


「なんのつもりだ、レイ・ラース!」


 俺たちの動きについてこれない親衛隊二人を無視して、教室から勢いよく出ていく。

 視界の端で奴らがスマートフォンを取り出すのを確認した。恐らく他のクラスにいる仲間に連絡を入れているのだろう。遅い遅すぎる。俺たちの出力があれば振り切れるはずだ。


 だが靴箱の前に二つの人影。確認するまでもない、クラスの違う親衛隊だろう。


「連絡にあった通りか……!」


「レイ・ラース貴様!我らの姫に何を吹き込んだかは知らんが、身勝手な行為は許されないぞ!」


 意外と早い奴らの動きに驚きつつ、俺は顔を顰めた。身勝手なのはどちらだという話だ。馬鹿な奴らめ。そんな奴らには教えてやらねばならない。人も車と同じように、急には止まれない事を。


「分かったなら速やかに姫を解ほ…待て!止まれ!」


「オラァッ!」


 慣性のままに片方を蹴り、その反動を生かしてもう片方にも蹴りを叩き込み鎮圧。


「グハッ!」「ギャッ!」


 奴らを一瞥すると、速攻で靴を履き替える。


「フクダ!オガワ!……ラースを止められないとは、役立たずどもか……!」


「姫!勝手は許しませんよ!我々の所へお戻りください!」


 くだらん騎士ロールプレイをしながら俺たちを追いかけてくるがもう遅い。昇降口から脱出、勢いそのままに校外へと抜けていいった。



 無様にもレイ達を取り逃した親衛隊の面々は、自分たちも靴を履き替えて彼らを追おうとする。


「……ない!俺の靴がない!」「俺もだ!」「フジモト、お前も無いのか!?」「ああ……おかしい……少し前に見た時はあったと言うのに……。」


 だがどういう訳か、彼らの外靴が全てなくなっていた。彼らは心当たりのある場所を全て探ったが、いずれの場所にも無かった。


「……馬鹿な奴らだ……」


 そんな様を冷めた目つきで一瞥し、昇降口を後にする人物がいた。


「レイとカミゾノにとって……お前らは邪魔なんだよ……。」


 強い怨念の籠った声でそう呟く。

 彼は親衛隊のメンバーを学校で足止めしてレイ達を確実に二人きりにできるように、そして日頃の恨みを晴らす為、彼はある事をした。それは下駄箱掃除を担当していて、アシモフを始めとした教師達にある程度は信用されているレオンだからこそできる芸当だった。


「今日は大事な日……アイツらにとって、再出発の日……。そんな時に、お前らに好き勝手されちゃ困るからな……」


 彼の横を一台の車両が通る。学校方面から来たそれの荷台には、幾つかのゴミ袋が乗せられている。


「悪いとは思わねぇぞ……このクソ外道どもが……!」


 車に積まれたゴミの山を確認した彼の口角は、意地悪げに嗤っていた。



 いつまで走っていただろうか。俺とサナエは目についた公園に寄り、呼吸を整えていた。


「……やっべ疲れた……喉乾いた……。」


 最大出力での全力疾走は、鍛えた肉体であろうと想像以上に堪えた。


「はぁ……はぁ……」


 それはサナエも同じようで、俺の隣で必死に呼吸を整えていた。俺は買って来た2本のペットボトルの片方を差し出すと、彼女はそれを一気に飲み干した。僅か数秒で500mlの半分が消し飛んだのは俺も同じで、まだ"夏"が残る9月の暑さは、想像以上に体に応えた。

 クールダウンしながら、俺は同じようにしているサナエを見つめていた。そんな俺の事前に気がついたのか、彼女も俺の顔を覗き込む。


「「………」」


 そうやって数秒間程見つめ合っていると、なんだかなんだかおかしくなって来た。


「ぷっ、ははは!」


「ふふふ……あははっ!」


 どちらかともなく俺たちは盛大に笑っていた。学校を全力で駆け抜け、校外へと飛ぶように消えてゆく。こんなに馬鹿な事があるかと。


「ハハハハハ!馬鹿みてぇだな!」


「そうだね!だって、レイ……すっごい顔してた……ふふ!」


「君こそ、すごい顔してたぞ……!」


 俺たちは笑いが止まらなかった。幼馴染と久しぶりに愉快な事ができたのだ。面白いに決まっている。


「ハハハ……はぁ…さてこれからどうしようか?」


 一しきり笑った後には体力もそこそこに回復していた。これから何をするかを考えるとしよう。


「レイは行きたいところとかある?」


「俺は……そうだな。一応考えてきてはいるけど、サナエはどう?」


「ん~?」


 少し考える素振りを見せてから、彼女は口を開いた。


「新しい靴を買いに行きたくて……ショッピングに行きたいな。」


「靴……買い物か……。」


「うん。……それで……その……レイに、選んで欲しいの……お、男の人の意見っていうのかな!?…それ…聞きたいから……」


 尻すぼみに小さくなる声でサナエはそう言った。


「俺が選んでいいのか?」


「うん。寧ろ、貴方に選んで欲しいの……」


 俺が返すと頰を赤らめ、嬉しそうにそう言った。嬉しいことを言ってくれるじゃないか。


「良いぜ!なら一番似合う奴を選んであげるよ!」


 俺がそう返すとサナエはとびっきりの笑顔で「ありがとう!」と返してくれた。彼女が笑顔になるとこちらも嬉しかったし、その笑顔を自分が見られる事が何よりも幸せに感じた。

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