EP17 共鳴する者達

 俺の叫びも虚しく、サナエは教室から出ようとしている。彼女の背中がだんだん小さくなっていく程に俺の心臓の鼓動は早くなる。

 何かしなければ、何かを言わなければ。ここで彼女を止めなければ俺は"レイ・ラース"じゃない。今までの俺になんて言えば良い。だが身体が思う様に動かない。人間は訓練をしていないと突発的な事態に対して何もできないというが、今の俺がまさしくそれだった。


 だがそんな俺の背中を押す感覚。それがレイザのものだと気がつく前に、俺はベッドから立ち上がっていた。


「あの!」


 俺の口から出た言葉は俺の物かそれともレイザか、よくわからない状態だった。

 サナエが振り向く。その表情から何も読み取る事はできなかったが、何かを待っている事だけは分かった。


「その……えっと……」


 言葉に詰まり、くぐもった声しかでない。それでもここまで来てしまったのだ。何か言わなければいけない状況は、それだけで決定的な行動原理となる。

 頭をフル回転させて最適な結論を算出。言語オペレーティングシステム起動、今のサナエと会話するためのプログラムを構築。その間僅か1.2秒。しかし無限の刻にも感じられたそれが過ぎた後、俺は今度こそまともな言葉を発する事に成功した。


「せっかく……また話せたんだ……今日は、いっしょに帰らないか?寄り道とか…してさ…………どう……かな……?」


 サナエからの反応はない。表情も固まったまま動かない。小数点以下たっぷり5.55秒、某携帯モチーフのバイク乗りを連想させる時間の後。


「……ん!うん!いいよ!!」


 胸元で両手を握り、サナエの顔に満面の笑みが浮かぶ。それが見れただけでも報われたと思えた。同時にもっと早く言うべきだったとも思ったが、それは違うと断ずることができる。何故ならこうしてサナエの笑顔を見れたのは、"もう一人"いたからだ。俺一人ではなし得なかった。だからここまでの時間もまた、必要な物なのだと思う。


「楽しみにしてるね!レイ!」


「ああ!久しぶりに色んな話をしよう。いくら話しても、時間が足りないからな……!」


 嬉しそうに俺の名を呼ぶ幼馴染の、少し高い位置にある顔を見ているだけで涙がでそうだった。



 レイ・ラースとレイザの魂の共鳴。それは二人を一つにし、人間の限界を超えた力を与えた。結果としては敗北だったもののサナエ・カミゾノの心をも動かした。一時的ではあるが彼ら幼馴染の間にある長い時が創った溝に橋をかける事となった。


『……!体温の上昇を確認。という事は……なるほど。』


 そしてその共鳴が引き起こした"波"とでも言うべき不可視の衝撃は、海を越えて一人の男を目覚めさせた。


 多くの機械が一つの生き物の様に蠢き、幾つものモニターからの明かりが暗い室内を照らす。そんな部屋で、彼は目覚めた。


「んん……あぁ……!」


 人が一人だけ入るほどのポッドから起きた彼は、長き眠りによって凝り固まった肉体をほぐすべく大きな声と共に伸びをした。

 まだ幼さを感じる容姿に、燃える炎の様な赤い髪。瞳は眠気をまだ拭えていないのか虚ろだったが、見た者を射抜くかの如き鋭い意志が隠れている。そんな男だった。


「………」


『お前は感じているはずだ。"レゾナ・ブースト"が発動した際に広がる感応波を。お前はそれによって目を覚ましたのだから。』


 部屋には男以外の人物はいない。だが声を怪しむ素ぶりはなく、関節を解しながら答えた。


「………ああ。頭に直接響いたこの声がそうなんだろ?でも、案外遅かったじゃないか?」


『16年間はお前にとってはそうかもしれないが、俺にとっては1秒とたいして変わらん。』


 男はポッドが設置してあった部屋に響く声と会話している。その声の主は部屋を管理している人工知能の合成音声だ。


『さて、悠長なことをしていられない。いずれ"奴ら"もそう長く無い内に感応波に気がつくだろう。そうすればケイン達の居場所が発覚してしまう。』


「それまでに俺たちが彼らに接触。対抗手段を作らせる、か。でもよ、それで間に合うのか?今から向かって技術を渡した所で、すぐに実用化できるとは思えないぜ?」


『その為に17年前、ケイン達を先行させたのだ。彼らなら十年以上の時間があれば、技術の基盤を用意しておける。』


「なるほどね。確かにアイツならそんくらいできるか。なら俺たちの働きが無駄にならずに済む。」


 マシンの一つからスマートフォンに似た端末が現れた。それと同時に機械達の電源が、意識を失ったかの様に落ちる。

 そして同じ声が端末から聞こえた。部屋の主である人工知能がそれに機能を移したのだ。


『そういう事だ。今すぐに出るぞ。この端末を持って隣の部屋に向かえ。武装を用意してある。』


「了解だ。……行くか。」


 男は決意を露わにして、確かな足取りで歩き出した。"計画"を止めるために。



 その小さな孤島はサンノマルと海を隔てた隣国の、国境線ギリギリに位置するこの国の領土であった。大雨の中その島で誰も知らぬ間に、誰も知らぬ基地が炎を上げて燃えていた。


『指令、聞こえるか!こち、な、なんだ!?ギャアアアアアアッ!!』


『何があった!?』


『ツヴィア小隊、通信途絶!他のブロックでも同様に、通信が混乱している状態です!』


 突如として響き渡る、怒声と混乱の嵐。


「外部からの攻撃ではありません……基地の各所で、原因不明の爆発事故が発生中!被害は尚も増大中です!」

 

 オペレーターの悲鳴にも似た声を聞いた、中心に座る人物は落ち着いていた。


「事故ではないな…とすると内部からの工作?一体誰が…いや、こんな事をできるのは‘‘彼‘‘しかいない。けどどうやって?....まさかスリープしていたフリをして、設備に細工を……。ふふっ、彼ならそのくらいするかな?」


 その人物は手元の端末を気怠そうに眺める。そこには被害の状況がリアルタイムで更新されており、彼が落ち着いているのは状況を理解できていないからという訳ではない。その後ろで扉が開き、四人の人物が入ってきた。


「同士ツカサよ。何が起きたのだ?」


「敵襲…というわけじゃないでしょうね。」


「だろうな。この場所がそう簡単に見つかるとは考えにくい。まあどんな奴が来ようとも、我が両腕で捻りつぶしてくれるがな!ハハハハハ!」


「図体だけでなく声まで鬱陶しい…」


 ツカサと呼ばれたその人物に問いかける、四人の男女。


「ああごめんね皆、騒がしくしてしまって。少しばかり"面白いこと"が起きていてね。」


「ほう……!一体どのような事が起きているのか、是非とも知りたいものだな!」


「ああもううるさい!アンタの声は鼓膜が破れそうになるのよ!」


 賑やかに言い合いをする彼らとは対照的に、ツカサの顔に冷めた顔が一瞬だけ浮かぶ。それに誰かが気付くより早く彼はいつもの、底の見えない笑顔に戻った。その時、オペレーターの一人が叫ぶように報告した。


「司令!第三ハッチが開放された模様。ファイタータイプが一機飛び立とうとしています!」


 それを聞き、一同の表情が一層引き締まる。


「乗っているのは誰だ!?」


「パイロットデータ照合…これは!?データベースに該当がありません!データにない人物が搭乗している模様!」


「なんだと!」


 ツカサは驚愕する一同に目もくれず、コンソールのキーボードに指を走らせる。あっという間に離陸を試みる航空機の通信機にアクセスすると声を発した。


「一体なんのつもりだい?そこにいるのが君だってわかっているんだよ、ヤガミ。」


 ヤガミ。その名を聞いた、この場にいる全ての人が驚愕した。なぜならそれは昔に機能を停止していた人工知能の名だったからだ。16年前のとある事件の責任から身を引き、スリープしていた。そんな奴がなぜ乗っている?


『ツカサか。久しぶりだな。』


「フン!裏方に消えた貴様が動くとは、余程の自体だというのか?」


『そんなところだ。裏切り者が一名、ボートを使って逃走した。俺の管轄のコンピューターを使っての犯行だった為、お前たちより早く察知出来たというわけだ。今からそれを追う。』


「成程。みんな聞いたね?そういうことだから、援護に行って欲しい。」


「フッ、任せておけ!裏切り者など我の敵ではない!」


「了解よ。」


 四人は部屋を出ていく。それを確認したツカサはそっと呟いた。


「さて、あの脳みそ無し共はいつ気がつくのかな?…その裏切り者がヤガミそのものだって事に。」


 そして彼は胸元のロケットペンダントをそっと撫でると笑った。



 しばらくして、俺は教室に戻った。サナエの提案で別々に戻った方がいいと言われたのでそうしたのだ。確かに親衛隊を今刺激するのはよろしくない。彼女と共に帰る為には仕方ない。

 入るとすぐにレオンが迎えてくれた。俺にどんな異変が起きようと、こいつは相変わらず友でいてくれる。それが嬉しかった。


「お前ヤバかったな。S覚醒ゼノンみたいな動きしてたゾ?」


「えっなにそれは。怖すぎでしょ…(畏怖)」


 インターネットミームすら躊躇することなく発言出来る奴は彼だけだ。最高の親友、それが俺のレオン。例え天地がひっくり返ろうとも、彼だけは俺の味方でいてくれると断じれる。

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