EP16 届けたい声

 いつまでそうしていただろうか。サナエは一しきり俺を撫でた後、満足そうに手を離した。


「調子はどう?」


「だいぶ良くなった、と思う。……ああ、ちゃんと立てる。」


 ベッドからゆっくりと立ち上がる。先程と違って足は思い通りに動いてくれた。


「すまなかったな。ここまで連れてきてもらった上に、看病までしてくれて。」


「どういたしまして。とは言っても、私は別に何もしてないよ。ただ近くにいただけ。」


 サナエはそう言っているが俺はそれでも嬉しかった。病室で一人でいる時ほど心細い物はない。彼女がいるだけで、大分楽になれた。


「それに、私にも私の目的があるから……」


 彼女の目的、その一言で俺は察しがついた。試合の時に俺が使った未知の技。その正体を知りたいのだろうか。


「あの時レイが使った……ううん、レイの体に起きた現象を知りたい。だってあれ、法術の類じゃなかった。魔素を感じなかったの。」


 サナエ以外に特段怪しまれなかった理由がそこにある。どういう訳か"レゾナ・ブースト"は魔素を一切使用しない、特異的な技だからだ。異常な魔素の量が検知されなかった為、アシモフ先生らには無茶をしただけだと思われている。

 だがサナエは俺と直接戦った為、見ているだけだった人達より俺の異変を察知しやすかったのだろう。


「やっぱり、気づいていたのか。」


「うん……。あれは一体何だったの?あなたの身体に、一体何が……。」


 俺は迷った。俺の身に起きている異常事態を彼女に伝えて良いのだろうか


『ここは伝えるべきだと考えます。』


 俺が悩んでいると、レイザはそう言った。


(良いのか?)


『下手に嘘をついて誤解されるより、本当の事を言った方が良いかと。私は彼女がそう簡単に暴露する様な人間に見えませんし、何より貴方がそれを1番理解しているのでは?』


 確かにそうだ。サナエは誰かの、というか俺の秘密を暴露することは絶対に無かった。とても信用に足る人物である事は、俺の過去が証明している。


『それに、彼女に貴方が嘘をついている所を見たく無い……とにかく、少しだけ私に任せてください。もう一度"レゾナ・ブースト"を使用し、私に身体を動かさせてくれませんか。』


(分かった。お前に任せるよ。)


 目を瞑り、もう一度件の呪文を唱える。


『「"レゾナ・ブースト"」』


 俺とレイザの思考、感情が一つになり全天が観えている感覚。脳内物質が過剰な分泌をしていた戦闘時と違い、疲労上がりの肉体には少々キツイがレイザが内側から支えてくれている。

 ゆっくりと目を開けると、驚愕を隠せないといった顔のサナエがいた。


「やっぱりあの時と同じ、雰囲気が全然違う……。それに目の色が……左の目が紫色に変わってる……」


 どうやら俺たちが共鳴した場合、左の目が紫色になる様だ。


「貴方は……誰?どうしてレイと一緒にいるの……?」


「私の名前はレイザ。今はレイ・ラースの中に意識体として存在していて……」


 レイザはここまで言った後、少し考える素ぶりをした後にこう続けた。


「……これだけしか言う事ができません。何故なら私にも分からないのです。自分が何者なのか、どうして彼の中にこの様な形で居られるのか。分からないことばかりで……」


「何も分からない……?」


「そうなんだ。コイツは昨日起きたら隣に急にいたんだよ。しかも裸でさ。ソフィアを誤魔化すのに苦労したよ……。」


「となっ……!はだっ……!」


 俺がレイザと出会ったことの顛末を話している間、どうしてかサナエが顔を赤くして口をパクパクさせている。一通り話した後でもそうしていたので、どうしたものかと戸惑っていた。


(そんなサナエも可愛いな……)


 ついそんな事を思いながら彼女を見ていると、見かねたレイザが咳払いをした。それによって我に帰ったサナエが居住まいを正す。


「まあとにかく、コイツは悪い奴じゃないから安心してくれ。俺の身体の中に居るけど、特に害は無いから。」


 俺がそう言っても、不安げな表情を隠せないと言った感じのサナエ。だが仕方ない事だ。むしろ適応している俺の方がおかしいと言える。

 

「うーん……じゃあさっきの試合で急に動きが変わったのは、そのレイザって人が貴方に力を貸したからなの?」


「まあそんな感じだ。貸したとは違うけど、俺たちは…なんでかは分からないんだが、"レゾナ・ブースト"って言って……こう……二人の心を共鳴?させて能力を上げる事?ができて……それであんな風に動けたんだ。」


「二人を……共鳴させる……?」


 俺の説明を聞いても、サナエはいまいちピンときていないようだ。無理もない。俺だって未だによく分かっていないのだから。


「感覚的には、俺とレイザ、二人分の出力と思考能力を足したような状態になってるんだと思う。」


「んん……。」


 サナエは腕を組んで何かを考え始めた。理解しようと努力しているのだろう。俺は彼女の言葉をじっと待つ。

 そして暫くした後、彼女はゆっくりと口を開いた。


「正直、まだ完全に理解したわけじゃない。でも……信じる。レイがレイザ……さんを信じているなら、私もそうする。」


「信じてくれるのか……!?」


「うん。レイが信用してる人を無碍になんてしたくないから。」


「あ、…ありが「ありがとうございます……!」


「良いの。レイからちゃんと聞けて良かった。レイザさんも、彼と仲良くね?」


 サナエは少し照れ臭そうに微笑む。その笑顔を見て、俺は心の底からホッとした。


 それによって気の緩みが生じたからだろうか、突如鋭い頭痛が俺を襲った。


「っ……!そろそろ……限界……かな……」


 俺はレゾナ・ブーストを解除した。


「どうしたの……!?また体調が崩れ……」


「違……う。レゾナ・ブーストは身体と脳に大きな負荷が掛かるんだと思う……。今は座ってるだけだったから、軽い頭痛ですんだけど、やりすぎるとさっきの試合みたくなるんだ。あくまで俺とレイザの推測だけどな……。」


「そうなの……?無理だけはしないでね。私は……貴方の側にいつも居られるわけじゃないから……」


 そう言ってサナエは俺の頭を撫でてくれる。それだけで痛みが和らぐかの様に思えた。だがその手は俺を離れ、彼女は立ち上がった。


「もう行かなくちゃ。そろそろ戻らないと、あの人達が何するか分からないし……。」

 

 あの人達というのは親衛隊の事だろう。彼女の言う通りこれ以上俺とサナエが二人で居ては、あのどちらかといえば人より猿に近い奴らが暴走してもおかしくない。

 だがそれを認めていいのか?確かに神園親衛隊は悍ましい思想を持つ悪人、それが徒党を組んでいるのだから恐ろしい。実際に俺がサナエと疎遠になってしまった理由の一つが、彼らの脅威があったからだ。


 けれど俺の魂は真反対の事を叫んでいた。親衛隊如きなどに構う必要があるのかと。もっと彼女に触れたい。抱きしめたい。サナエ・カミゾノという尊い存在を堪能したいと。


 そして同時に、先日の出来事がフラッシュバックする。


『ごめんね……レイ……私が弱い所為で……離れ離れになっちゃって……』


『違……君は……弱くない……弱いのは……』


 弱いのは俺、あの時の俺はそう言いかけて声が出なくなった。認めたくなかった。だが俺が彼女に捧げた祝福が、俺の弱さで呪いの翼へと変えてしまった。その翼をへし折る為には、彼女を超えなければいけないと常日頃から思っていた。

 だがもし武力を以てでなくとも、呪いを解く方法があると言うのなら俺は知りたい。その方法を、俺はサナエに触れられた事によって思いついているはずだ。


(声が……出ない……?)


 なのに俺から声が出る無かった。目の前に失っていた大切な存在があるというのに、もう届かないと思っていたアイする人が居るのに。

 だがそれは当然なのかもしれない。長い間、俺のサナエに対する接し方といえば戦闘だった。戦って戦って、戦って戦って。その果てに俺の中にある彼女の記憶━━仕草、笑顔、癖や声、匂いは全て攻撃パターンへと塗り替えられてきた。


 寂しげな表情を浮かべて離れていくサナエを引き止めるプログラムは今の俺には無い。


(ここまでなのか…ここまで来て……俺は…?)


 結局俺はまた、サナエから離れてしまうというのか。突き放してしまったあの日の様に。


(違う!違う!俺ははそんな事をしたい訳じゃない!)


 俺がサナエと戦ってきた理由、それは彼女を取り戻す為だ。完全な決別を願っていた時もあったが、少なくとも一昨日からの俺を動かしている物は、俺の根底にあった物は前者だと言える。


(動けよ俺! 動いてくれ!)


 手だけでも良い、足だけでも良い。声が出なくとも何かきっかけさえあれば、それさえあれば。


(動けぇぇぇぇぇぇぇ!)


 だがその言霊も虚しく、サナエは歩き出す。目の前で希望の扉が音を立てて閉められていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る