EP15 幼馴染の暖かさ

 サナエの前に立ち塞がる二人の親衛隊員。フジモトともう一人の男子生徒が、不満げな表情で俺たちを見ていた。


「……二人ともそこをどいて。私はレイを保健室に連れて行かなくちゃいけないの。」


 サナエは凛とした声で彼らを咎める。彼女からそんな声が出ていることに若干驚愕した。それはフジモト共も同じようで、目を見開いたがすぐに元の太々しい態度に戻った。

 この程度で彼らが引くはずがない。奴らの図々しさ、節操のなさ、迷惑さは俺が1番知っているから。


「そうは行きません。我々、神園親衛隊は貴方の手足となる存在。ここは私達の任せてくれませんか?」


 奴らが敬語でサナエに接するのは、一種のロールプレイだろう。彼女を姫と崇め、自分たちがそれを守る騎士。そんな所だろうか。反吐が出る。


「貴方達に頼る必要は無いわ。」


「そう仰らずに。その様な下劣奴、姫の手を煩わせるまでもありません。」


「私達が対処します故、どうかお休みくださいませ。」


 不愉快を垂れ流し続ける奴等との会話はまさに傲慢そのもので、サナエの瞳から徐々に光が失われつつある。


「レイ・ラース、お前も何か言ったらどうだ?」


「そうとも。自分が姫に迷惑をかけていると言う自覚を持ち、彼女を説得する事が今のお前の役割だと理解していないのか?」


 挙句俺にまでいちゃもんを付けてくる。俺が迷惑を掛けているのは事実かもしれない。だがお前達はどうなんだ?

 そんな俺の視線など意に介さず、痺れを切らして手をサナエに伸ばしてくる。当然の権利と言わんばかりに。


(俺がこんなにもサナエについて悩んでいたと言うのに……何故お前達はこんなにも傲慢な態度を取れるんだよ……!)


 そんな俺の感情なと届くはずもないだろうから、俺は彼女に自分を離す様に言おうとした。両手が塞がっているこの状況では、反撃すらできないだろう。


 だがその手は後ろからやって来た、二人の介入者によって振り払われた。


「悪いな、そこから先は通行止めだ。」


 何とそこにいたのはレオンとアンドウだった。その後ろには、シバとマトイまで居る。


「何だお前達は!部外者が入ってくるな!」


「何言ってんだよ。お前らがラースとカミゾノさんの間に入ってくる、部外者だろうが。」


 沸点が馬鹿みたいに低い親衛隊共が大声で威嚇するが、アンドウは冷静に反論する。清々しいまでの正論は非常識な奴にもある程度は効く様で、フジモト共は悔しそうに歯軋りをする。


「なんで、助けてくれたんだ?レオンはともかく、アンドウ達まで……。」


「ああ、ツイノメに引っ張られて来た。」


 なんと、アンドウとマトイはシバに連れられて来たと言うのだ。


「お前が来るなんて、どういう風の吹き回しだ?」


 疑問を投げかけると、彼女は不敵な笑みを浮かべて答えた。


「勘違いしないでくださる?私のライバルである貴方達が、このような下劣な物共に邪魔をされるなどあってはならない事。私はただ自分の為に動いてるに過ぎません。」


 あーはいはい、いつものだ。


「うーん、いつもの。」


「あーいつもの。」


 シバの反応が予想通りだったのと、二人の発言も一致していたのもあって、思わず吹き出してしまった。


「全く……何がおかしいのですか?」


 流石は女傑と呼ばれる人物。自分が笑われていようともその態度を崩す気配すらない。だがその毅然とした態度は、より笑いを引き立ててくるから腹に悪い。レオンとアンドウも笑いを必死にこらえていし、サナエとマトイでさえ肩を震わせている。


「ま……まあそんな所だ。ほら、早く行けよ。」


 レオンにそう急かさせれて、サナエはグラウンドの出口へ早足で向かう。当然それを止めようと親衛隊共は動き出すのだが。


「だから通行止めだって言ってるだろ。」


 案の定、レオンよって阻まれてしまう。


「ここは私達に任せて。ラースくん、大事にね?」


 マトイがそう告げると、彼らは俺たちと親衛隊の間に陣取る。壁のように横一列で並ぶ姿は、とても頼もしく思えた。


「ありがとうな……みんな。」


 俺がそう言うと、レオンが振り向いた。笑顔でピースをしてくれたのだが、俺より上の角度を向いている様に見えた。気のせいだろうが、俺ではなくサナエにピースサインをしたかに思えた。



 レオンら4人はサナエが行ったのを確認すると、フジモト達に向かい直る。


「さて、4対2のこの状況。貴方達のような俗物如きが、私達の防御を突破できるか見物ですねぇ?」


 事実その通り、彼らのピケットラインを乗り越えてサナエの後を追うのは難しい、と言うか不可能だろう。この中では1番格闘戦が弱いマトイですら、片方を鎮圧する程度ならできるのだから。

 それを理解出来ないほど、親衛隊共は馬鹿ではない。不愉快げな表情を隠そうともせず、観覧席へと戻っていった。


「ふう……なんとかなったな。」


「ああ。流石のあいつらも、四人で囲っちまえばこの程度さ。奴らは群れてないとクソザコナメクジだからな。大人数だと流石の俺でもキツイが……」


 アンドウが安堵からかため息を吐くと、親衛隊の処理に慣れているレオンがそう言った。


「これでラースくんとカミゾノさん、ちゃんと仲直りできると良いけど……。」


「まあ、それに関しちゃ……レイがどこまで自分を許せるか、だな……。」


 レイとサナエの関係を知っている4人は心配だったが、これ以上介入出来ないと判断し、見守る事にした。



 保健室にやって来ると、俺はベッドに寝かされた。冷蔵マクラの冷たさが心地よい。


「次の授業は休んで良いって言われてるから、今は落ち着いて。」


「分かった。……ありがとう、ここまで運んでくれて。」


「うん、どういたしまして。」


 俺が礼を言うと、サナエは笑って答えてくれた。その表情一つとってもあの頃と変わっていなくて、俺だけが先に進み過ぎてしまったのだと思わされる。 


「でも、何でここまでしてくれたんだ……?」


 俺がそう尋ねると、彼女は少し考えた顔をした。ほんの数秒だけそうした後、ゆっくりと話し始める。


「言いに来たの……レイは試合の前に言ってたよね。何で俺に話しかけて来たんだ、って。」


 確かにそう言った。サナエの真意が聞きたくて、俺は試合前という大事な時にも関わらずそんなことを聞いてしまった。


「それはね……」


「いや、待って。」


 俺はサナエの言葉を遮った。俺の質問に答えてくれようとしていたのだろうが、俺はそうした。


「どうしたの?」


 それを聞くのは今ではないと感じた。俺が彼女に勝利した時、初めて知るべきだと思ったから止めた。

 くだらない意地だと思われるだろう、だがそれが俺なのだ。幼馴染に意地を張って、周りに敵を作って、それでも勝ちに執着する。

 今まではサナエとの決別が目的だった。だけどもし、彼女と再び幼馴染として居られるなら、俺には新たな戦う理由が必要になってくる。理由が無いと戦えない、弱い俺にはこう言うしかなかった。


「今は、良い。俺は負けたからな……敗者が勝者に要求するのは、ちょっと違うと思う。」


「そっか……なら私も言わない。レイの想いを尊重する。」


 サナエは表情を弛緩させ、元の笑顔に戻った。俺の頭に手を伸ばし、そっと額に触れる。


「今はゆっくり休んで。回復するまで、私はそばにいてあげるから。」


 細く綺麗な指で撫でられては、顔を赤くせざるを得ない。


《ありがとう……レイ……。》


 彼女に触れられながら、俺は過去を思い出していた。

 病弱という程ではないが、昔は俺について来て無茶をしがちだったサナエは、度々体調を崩していた。昔から一般的な家庭と比べて家族が不在になりがちだった彼女の面倒を、俺は率先して見ていた。


《えへへ……大好き……》


 俺は彼女の笑顔が好きだった。俺が何かをしてあげた時、好きだと言ってくれたサナエが好きだった。俺は彼女が……好きだった……。


(今は……どうなんだ……?)


 分からない。長い時の果て、俺は忘れてしまったのだ。幼馴染を好きでいる方法を……。あんなにも当たり前に愛していたのに、俺は彼女への愛情をもう覚えていない。

 今の俺が覚えているのはサナエの攻撃パターン。そして親衛隊共に囲まれている時の、どこか悲しげな顔。

 悲しい事だとは思う。それでも今はサナエの愛撫に報いるべく、彼女と同じ様に笑顔でいよう。それを嬉しく感じている事に、俺は気づいていなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る