EP14 Re:一歩踏み出す

 破壊の奔流がサナエに迫り、その翼ごと呑み込まんと咆哮する。あと少し、あと少しで勝利へと届く。サナエに勝つことができる!


「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」」


 だが現実とは残酷なもので、借り物の力によってもたらされる勝利などが許されるはずもなかった。膨大な力への代償は突如としてやってくるもので、勝利への扉は俺の目の前で閉じられてしまう。

 具体的には俺の肉体から力が抜け、糸の切れた操り人形の様に地面に倒れた。当然雷と大雨を伴った竜巻は、サナエに直撃する前にかき消えてしまった。

 

 地面に伏した俺は身体の異変に襲われていた。


「はぁ……はぁ……なんだこれ……体が、熱い……痛い……!」


 全身の痛み、ありえない程の疲労、火照りというにはあまりにも熱い灼熱地獄。


『レイ……気をしっかり……。』

 

 いつの間にかレイザとの共鳴も終わっていた。彼の声が頭の中から聞こえる。どうやら彼も俺と同じ様で、声から苦痛が伝わってくる。

 歪む視界にヒビが入り、景色が崩れ落ちて行く。"オーギュメント・ペイン"の効果が切れたのだろう。どちらかが死なずとも、監督者の先生に戦闘不能だと判断された時点でこの法術は解かれるのだ。


 気がつけば、俺は試合が始まった時に立っていた位置にいた。オーギュメント・ペインは体を発動前の状態に戻す。その為俺を襲っていた痛みと熱は消えていた。だが俺はまだ拭えぬ程の疲労を感じていた。"魂の疲れ"ともいうべきだろうか。身体の苦痛が無茶な挙動のツケならば、それはレイザとの共鳴の反動だろう。彼もまた息を荒くしている事から、そうだと推測できる。

 

「レイ・ラースの戦闘不能により勝者、サナエ・カミゾノ!」


 監督の教師がそう告げる。確かにあのまま試合が続いていれば、動けない俺にサナエはトドメを刺していただろう。その為この判定は正しいと言える。

 それでも俺は失意の余り膝から崩れ落ち、がくりと項垂れる。


「また……負けた……。」


 俺は天井を仰いだ。視界がボヤけていき、照明の光が乱反射して幻想的な情景を作り出す。やがて瞳に溜まった液体は涙となって、俺の首筋を伝う。嫌というほど味わった苦汁の味は、いつになっても慣れる事はなかった。

 また敗北した。今回も負けてしまった。渾身の戦法も、奇跡の共鳴も、全て彼女の翼の前では無意味だった。


「レイザ……ごめん……お前が一緒にいたのに……なのに負けた……」


 今日はいつもよりずっと悔しかった。きっと彼も、俺の様に悲しんでいるのだろうか。


『…………そうやって、謝ったりなんてしないでください。』


「で……でも……!」


『貴方は精一杯戦いました。例え結果か敗北だとしても、共に全力で戦えた事を私は嬉しく思います。』


「そんな……」


 そんな言葉なんて無意味だ。敗北の現実は変わらない。いつもの俺ならそう言っていただろう。けれどその言葉は、意外とすんなり飲み込めた。


「いや……ごめん……。俺はなんて事を……。そう……だよな……少なくとも、お前と共鳴してた時は熱くなれた……。」


『あ、ありがとう……ございます。ええ、私も熱くな……れ…………』


 レイザは俺から視線を逸らして別の方を向くと、言葉を澱ませた。そして彼の表情が、少しだけ明るくなった気がした。


『先ほどの言葉は修正が必要そうですね。貴方に共鳴したのは、どうやら私だけではない様ですよ?』


 彼は俺に向き直るとそう告げた。意味が分からずに首を傾げていると、俺の耳に足音が聞こえてきた。それはこちらへと来ており、俺はその音源を確認すべく視線を向けた。


「え……?」


 なんと、そこにはサナエがいた。俺の方に向かって彼女が歩いて来ているのだ。何故だ?そんな疑問を抱きながら、俺は彼女から視線を逸らした。試合前にあの様な啖呵を切ったのにも関わらず負けたのだから、合わせる顔を持っていない。

 足音はだんだんと近づいてくる。やがて俺のすぐ近くまでやって来ると、そこで止まった。


「レイ……」


 彼女が俺の名を呼ぶ。けれど俺はそれに返さない。返せない。

 しばしの間流れる沈黙。サナエの息遣いさえ聞こえそうな程の、重たい静寂が支配する。


「最後の方、レイが……レイじゃないみたいに……いや、確かにレイだった。けど、何だかもう一人……。」


 彼女はレイザの存在に薄々気づいているのだろう。何もおかしい事ではない。互いに全力を出してぶつかったのだから、俺の異変に気づくこともあるだろう。

 けれど幼馴染同士の久しい会話が不正への追求だとは、悲しいことだと思える。


「ううん……今は、そんな事聞いちゃダメだよね……。」


 彼女は更に一歩踏み出し、俺のすぐそばまでやってきた。


「良い試合だったよ。お疲れ様。」


 俺は耳を疑った。サナエが俺に労いの言葉をかけてくれたのだ。驚愕のあまり、彼女の顔を見てしまう。


「なん……で……」


「なんでって……レイとミツルギくんだって、試合が終わった後にそうしてるでしょ?私も、レイに『お疲れ様』って言いたくて……」


 サナエはそう言って笑う。その笑顔は俺が昔見ていたそれと全く変わっていない、綺麗な笑顔だった。

 何度も挑み続け、ずっと敗北し続けてきた相手。そんな彼女からの労いの言葉は……


「……え……あ、あれ……どうして……?」


 自分の頬に温かい液体が流れるのを感じた。慌てて拭っても、次から次に溢れ出てきて止まらない。


「ああぁっ……!うぅっ……!」


 涙を拭う気力すら消え、俺はただ涙を流した。

 何度も挑み続け、ずっと敗北し続けてきた相手。そんな彼女からの労いの言葉は暖かかった。その一言だけで、報われた気がした。

 

 褒められいから、認められたいからと言う理由でやっていた訳ではない。自らの自尊心のエゴの為だ。それでも彼女からの賞賛は何よりも嬉しかった。

 俺は泣きじゃくり、嗚咽を漏らしながら呟いた。


「ありが……とう……。うぐ……うぅ……うわあぁぁ……!!」


「どういたしまして……かな?」


 彼女に撫でられながら、俺はしばらく泣き続けていた。


『良かった……本当に……』



 しばらくして、俺は顔を上げた。サナエはどうやら俺が泣き止むまで待っていてくれたらしい。


「さ、戻ろう?まだ試合が終わってない人も居るし。」


「そうだな……」


 まだ授業は終わっていない。俺たちがいる場所以外では、まだ試合が続けられていた。それでも俺がここから退去させられなかったのは、クラスメイトと先生の気遣いあってのことだろう。

 サナエが差し伸べた手を握り、立ち上がろうとする。


「……あれ……?」


 だが俺の身体は言うことを聞いてくれなかった。うまく力が入らず、立ち上がれない。


「どうしたの?」


「いや……なんか変なんだ。うまく力をコントロール出来ないって言うか……ちゃんと感覚はあるし、動かせるんだけど……」


「分かった。ちょっと待ってて。」


 俺が戸惑っていると、サナエは先生の所に行った。彼と少し話をすると、すぐに戻ってきた。

 そして彼女は俺に腕を回すと、そのまま俺を持ち上げた。


「え……ちょ!?サ、サナエ……!」


 世間一般的にはお姫様抱っこと呼ばれる形で、俺は持ち上げられた。突然の出来事に頭が混乱する。


「ご、ごめんなさい……でも、その……こ、これしか貴方を運ぶ方法はないでしょう……?」


「そ、そうか……そうなのか……?」


 女の子に抱きかかえられる、ましてやお姫様抱っことなれば平常心を保てるはずが無い。けれど今の俺に何かできるはずも無い。精々彼女の腕に体を預けることしかできないから、事実そうした。


(ってか……当たってる……)

 

 とにかく今は身体に当たるサナエの豊満な感触を務めて意識外に押し出し、平常を保つ事が最優先だろう。

 

(昔は、逆だったのにな……。)


 サナエと抱き合ったは何度かあった。けれどそれらは全て、俺が彼女を包み込む形で行われた物だ。

 だが今はどうだ。俺が彼女に抱き抱えられている。一人の男としては、情け無いと言わざるを得ないだろう。けれど俺は、"レイ・ラース"としては、この状況を嬉しく感じていた。形はどうであれ、サナエ・カミゾノと触れ合えている。それは好ましいと思えよう。


 俺が抵抗を諦めたのを確認すると、サナエは満足気な表情で歩き始めた。クラスメイト達の視線が痛い。おいレオンなんだその顔は、その生暖かい顔をやめろ。シバお前は何なんだ、何故俺を蔑む目で見る。


『うわぁ……すごい顔してる……』


 レイザ今なんて言った?顔?俺の表情だと???もしや今の俺は途轍もない表情をしているのだろうか?考えただけで顔が熱くなる。

 けれど、幸せなのは確かだった。ついさっきまで俺が抱えていた、三年間の執念など嘘の様に、サナエの側にいて、彼女に介抱されているという事実を受け入れていた。


 そんな幸福を邪魔するなどと言う非常識ムーヴメントはしない。良識のある君達はそう考えるだろう。けれどいるのだ、そんな事をするバカタレは。

 例えばそう、今サナエの前に立っている神園親衛隊の二人奴とか。

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