EP13 共鳴する想い

 何もできないとは、これ程に心が痛むものなのか。


 私の宿主であるレイ・ラースとその相手、サナエ・カミゾノの戦いは熾烈を極めていた。彼女から放たれる光線の雨、三次元軌道を描く近接突撃。それらをレイは必死の形相で捌き続けているが明らかに追い詰められている上に、先程の様な反撃の策も無い。


『このままでは……!』


 彼は負けてしまう。何か出来ることはないのか、だがどうやっても私の存在が露呈してしまうだろう。霊体のままでは法術が使えない事も証明済みだ。


 分かっている。神聖な決闘に水を刺す様な事をしてはならない。なによりそれをレイは望まないだろう。 

 だが私には聞こえていた。彼の心に渦を巻く憎悪を。彼が誰よりも憎んでいるのは他でもなく自分自身だった。"女神の福翼"【ディバインド・ウィング】、あの翼は呪いではなく祈りだった。幼い刻にレイがサナエ・カミゾノに贈った愛の証。

 だが自らの弱さがそれを歪ませ、呪いへと変わり果ててしまった。だから彼は勝利に固執していた。彼女に勝つ事で弱い自分を払拭し、黒歴史と化した過去を無き者にしようとしたのだ。


 光の弾幕が彼を襲う。彼の身体には傷が増えていき、その度に声が聞こえる。


(また……また俺は負けるのかよ!嫌だ…‥嫌だ負けたくない……。勝ちたいんだよ俺は!サナエに勝たないといけないんだッ!)


 勝利を渇望する声が聞こえる。それは悲壮だった。愛する者を悲しませてしまった哀しみ、自分はその人に相応しく無いのだと悟った者の嘆き。まだ成人もしていない少年が背負うにはあまりにも重すぎる絶望。


 着実に敗北へと近づいていく。だがいくら思考を張り巡らせても妙案は思いつけず、ただ時間だけが過ぎてゆく。

 遂に会心の一撃がレイを襲い、仰向けに倒れる。それでもなお立ち上がろうとする彼にトドメを刺すべく、サナエは両剣に力を込める。


『やめてください……そんな事、貴方も望んでいないでしょう!何故……何故そんな事を!?』


 思わず叫んだ。サナエ・カミゾノもまた苦しんでいた。レイを通して、彼女の想いも私に伝わっていた。サナエは本当に彼を愛している。だからこそレイを罪に穢れさせてしまった事を後ろめたく思っていのだろう。

 だから親衛隊によるレイへの危害を止められず、何もできずにいるのだ。

 

 互いを想い合っているからこそ自らを傷つけあう地獄絵図がそこにはあった。

 胸の奥から込み上げてくる物を感じる。憤怒とも哀惜とも取れぬ、ましてや自分の物かすらわからぬそれはマグマの様に熱を持ち、喉元まで迫り上がってくる。


『もう……これ以上……』


 見ていられない。視界が滲んでゆくその瞬間、私に落雷が如き衝撃が走った。


『こ……これは!?』


 私の魂を貫いた神の声とでも言うべきそれは、一瞬で全身へと広がって行く。


『レゾナ……?共鳴……そんな……事が……!』

 

 私は歓喜した。レイを救うことができると理解したから。私の内で太陽が如く沸る衝動、まるで宿主と一体化した様な感覚、彼の絶望が、憎悪が私の物の様に思えた。


『レイ……私は貴方の事を理解しました。貴方は心のどこかで助けを求めている。……貴方がそれを否定しようとも、私は全て知ってしまった。』

 

 迫る刃を見つめるレイ。その表情は見えないが、恐らくサナエと同じくとても悲しい表情をしているだろう。


『もう大丈夫です。私が居ますから……!』



『両ユニット間の共振率、100%に到達。"レゾナ・ブースト"発動。』



「クハッ……!」


 俺の右肩を光線が貫き、激痛と共に鮮血を吹き出す。既に限界に近づきつつあった身体はそれだけで地に伏してしまった。

 サナエの両剣が光を帯び、止めを刺すべく俺に振り下ろされる。


「くそぉ……!」


 また負けるのか。俺の渾身の攻撃らことごとく撃ち破られ、また敗北してしまうのか。

 無念を抱きながら、俺は彼女の刃が振り下ろされるのを待った。だがその時だった。


『レゾナ・ブースト!』


 何処かから声が聞こえた。いや、俺の心に直接響いていると言った方が正しいのかもしれない。凛とした声が俺の心に響き渡る。

 その瞬間に世界が一変した。レイザの想いと共鳴したかの様な感覚。五感が研ぎ澄まされ、頭が透き通る。

 

「貴方を負けさせはしない!」


 すると勝手に俺の身体は動いた。自分ですら捉えきれない速度で振り上げられた俺の剣は、サナエの回避不可と思われた一撃を防いだ。

 攻撃を弾かれたサナエは大きな隙を晒すこととなる。防がれることを想定していなかった為か。


「ハァァァッ!」


 何かに操られているかの様に、俺の身体は俺の意志と関係なく動き続ける。目にも止まらぬ速度で繰り出される刺突の連続攻撃。サナエを防戦に押し込むほどのそれが自分の身体から放たれているという事実に驚愕しながらも、俺はなんとか我に帰った。

 俺の身体を動かしているのは、レイザだ。どういう訳か彼が体の制御権を持ち、剣を振っている。だが恐怖は感じなかった。


(コイツは悪意があってこんな事をしている訳じゃない。)


 レイザと魂の共鳴をしたからだろうか。彼の想いが流れ込んでくる。俺の為に涙を流してくれた彼の気持ちが伝わってくる。


「クッ……"シャインプレッシャ"ー!」


 とはいえサナエもやられっぱなしでは無い。光の圧力波を放つ事で強引に俺を離す。互いに距離を取り、睨み合う形になった。


「レイザ……。」


「レイ!……ごめんなさい……貴方の邪魔をしてしまいました……。でも、私は……」


 俺の頭の中では無く、口から言葉が発せられる。


「私は貴方の全てを知ってしまった。貴方の苦しみ、悲しみ、そして怒り……過去さえも……。」


 彼の言葉に嘘偽りは無い。俺にもまた、彼の全てが流れ込んできたからだ。記憶無きまま目を覚ました心細さを埋めてくれた人間への───俺への感謝が。


「私は貴方に救われた。貴方は私に居場所をくれた!だから今度は私が貴方を救います!貴方が私にそうした様に……」


 レイザの感情が高ぶっていくのを感じる。それと共に彼と一つになり、より感覚が先鋭化されていく。


「別に……俺はそんな立派な事をした訳じゃ無い。ただ、あの時はサナエの事を考えたくなくて……お前の相手をして忘れたかっただけだ……。」


「それも分かってます。それでも私は嬉しかった。貴方がそうしてくれたから、私は孤独に押し潰されずにいることができた。……だからこそ、力になりたい。」


「そうか。」


 それ以上は何も言わなかった。言う必要がないと感じられたから。


「なら力を貸し……いや、一緒に戦ってくれ!」


「はい!」


 剣を構え直し、サナエと対峙する。彼女の目には驚愕が浮かんでいた。恐らく俺の身に起きた異変が気になるのだろう。だが容赦はしない。寧ろ一気に畳み掛ける!


「うおおおぉぉぉ!!」


 迷わず突貫。例え相手が女神の祝福を纏ったサナエだろうとやれる。今の俺にはそう思えた。

 当然彼女も武器を持ち直し、迎撃をするべく構える。鍔迫り合いに持ち込まれ、火花が散る。


「レイ……いや、貴方は……誰?」


「なんだと……?」


「レイだけじゃない……もう一人いる。私の様に……。」


 俺の中にもう一人の人間が、レイザが居ることにサナエは薄々気がついているのだろうか。恐る恐ると言った風に俺に尋ねてくる。


「……全てが終わったら教えるよ……だから…今は!」


「ぐはっ…!」


 彼女の腹部に膝蹴りを喰らわせて怯ませる。その隙を逃さず拳を握り、思い切り打ち付ける。


「くぅ……"スターライ……」


「遅い!」


 休む間もなく追撃。サナエは反撃をしようとするも、発生を潰されて後退りする。


「は、早い!?」


 俺の攻撃を防ぎつつ反撃に転じようとするサナエだが、その動きは既に見切っている。


「動きを合わせて!おう!」


 俺のラッシュの合間を縫って放たれる紫の矢。


「タイミングは……今だッ!同時攻撃ィ!!」


 今度はレイザの蹴りに重ねて俺の火柱がサナエを襲う。量と質を両立した波状攻撃を食らい、彼女の額には汗が滲んでいる。それが分かるほどの距離で戦っては彼女の得物もその特性を発揮できず、徐々に追い込まれているのを自覚し初めている。

 

「ッ!このぉ!」


 零距離インファイトは不利と判断したのか、彼女も武器を捨てて殴りかかってくる。俺の顔面を直撃するコースで、鋭いジャブが放たれる。


「………」


「なん……で……ッ!?」


 だが俺はそれを避ける事なく真正面から受けて、微動だにせず耐えてみせた。動揺のあまり拳を引っ込める事を忘れたその刹那を見過ごさずに手首を掴み、背負い投げの要領で投げる。


「あぐぅっ!?」


「力が漲る……」


 すぐに体勢を整えて着地するも、地面から飛び出した巨大な腕によって突き上げられる。レイザが使った、名も知らぬ法術。


「ガハァッ!」


 打ち上げられた彼女に向かって炎、否沸々と湧くマグマの奔流を叩きつける。辛うじて回避されたが片翼の一部が焼け焦げていた。


「魂が燃える……!」


 翼の再生が間に合わず地面に叩きつけられたサナエに飛びかかる。起き上がりに合わせた蹴りを難なく交わしてハイキック。側頭部に衝撃を喰らって動けない彼女に、灼熱のラッシュを叩き込む。


「俺のマグマが迸るッッ!」


 世界を、刻を、全てを叩き潰せるとさえ思えるこの全能感。総てを掴んだこの高揚感!強敵を蹂躙するこの快楽!

 身体から溢れるエナジー、時間すらも振り切るスピード、そのどれもが俺の望んだ力。サナエを打ち倒し、過去の業を払拭できる力!例えそれがレイザと一体化したことによってもたらされた借り物であったとしても、今の俺に自重ができるはずがなかった。


「もう誰にもッッッ!止められねぇェェェ!!!」


 鳩尾を確実に捉えた正拳突き、決着の一撃を叩き込む。


「舐め……るなぁ!」


 激昂したサナエから凄まじいまでの光が放たれる。それは物理的な圧力を伴って俺を襲い、大きくノックバックしてしまった。

 彼女は空に上がり、無数の魔法陣を展開する。少し前の、数十秒前の俺ならば絶望するであろうその光景。だが、今は。


「舐めてるつもりは微塵もねぇよ!全力を以てお前を倒す!」


 俺の周りにも同じ様に無数の魔法陣が現れる。そんな俺を見たサナエは、これまでよりずっと大きく動揺していた。

 その顔は俺を大いに昂らせ、勝利は目の前なのだと感じることができた。


「私が魔素を維持します。貴方は存分に戦ってください!サンキュー!んじゃ、行くぜ!」


 互いに放たれる無数の光線。虹より多い色が間を彩り、幻想的な光景を作り上げる。その中でさえ俺はサナエをはっきりと捉える事ができていた。執念を込めた攻撃が彼女の肩を掠め、放たれる火線がほんの少しだけ弱まった。


「今だ!はい!」


 その瞬間、全ての防御を捨て、吼える。


「「"トリプル・デッド・ディザスター"!」」


 俺から放たれる荒れ狂う大雨、迸る稲妻、激しく螺旋を描く竜巻。三つの天災を模した大技が合わさり、神をも呑み込む超災害を巻き起こす。


「「ウオォォォォォォォォォッ!」」


 超災害とでもいうべき破壊の奔流。俺の、いや俺とレイザの全身全霊を込めた必殺の一撃。


「……まだよ!"ゴッド・ピラー"!」


 サナエも必死に抵抗する。神光の柱を創り出し、押し返えさんとする。だが俺達も一歩たりとも退かない。


 互いのエネルギーがぶつかり合う。だが徐々に押し始めたのは俺たちのほうだった。


「これでぇぇぇぇぇ!トドメダァァァァァァ!」


 もはや俺を止めるものは何もない。柱を圧し折り、破壊の奔流がサナエを飲み込まんと迫る。

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