EP12 呪いの翼
私は大いに感嘆していた。私が取り憑いているこの少年が持つ、凄まじいまでの実力を。剣術と法術、そして射撃の腕。どれをとっても同年代を大きく凌駕している。
その少年が勝てない相手とはどんな化け物かと想像していたが、まさか可憐な少女だったとは!
幼馴染という長い関係を持つ二人は互いの動きを完全に読み、常に最善手を繰り出す。互いに想いあっているからこそできる芸当が殺し合いに発揮されているとはなんとも皮肉だ。
レイのカミゾノという少女に対する思慕は痛いほど伝わってくる。それを勤めて見ないふりをしていることも、その感情を知ってしまったら、もう武器を持てなくなってしまうかもしれないという恐怖も。
私が二人の間を取り持つ事ができたら、どれだけ素晴らしい事だろうか。そこまで考えて私ははっと我に帰った。出会ってまだ数日も経っていないというのに、私は随分と彼に入れ込んでしまっている事に気がついた。
(私にしては随分と人好しですね……。それとも記憶を失う前もそうだったのでしょうか?)
それとも、たったこれだけの時間でレイ・ラースという人間の虜になってしまったとでも?いやその可能性は否定できない。彼は私に衣食住を与え、友として接してくれた。あまつさえ自分の欲するものを買う筈だったお金を使って、高額な模型まで私に恵んでくれたのだ。
(惚れない理由……無いですね……。)
身寄りはおろか記憶すら、挙句肉体もなかった私が孤独を感じる事がなかったのは彼のおかげだろう。それに恩義を感じない筈がない。
だがもどかしい事に私には、彼に何かする事は出来ない。そもそもしてはいけない。私というイレギュラーが憑いているという事実は、誰にも知られてはいけないからだ。
(ならば。)
ならば祈ろう。彼の勝利、そして恋の成就を。私の感謝が、友を思う心が、彼を勝利へと導くと信じて。そう思えば思うほど彼との距離が近く感じるのは、決して気のせいなどではないだろう。
だがその想いは、私の知らぬあまりにも強大な力によって打ち砕かれる事になる。彼らの間にある因縁が、私の想像を超えるほどの物だと私が思い知る刻は、すぐそばまで迫っていた。
*
【………間の…同調……上……シ……ク…boo……st……使用…可……マデ……アト……7…3%……】
*
幾回目かの攻防を繰り返された。お互い有効打は与えられていないが、それでも確実にダメージを与えている。私はレイを追い詰めている。
しかし、彼はまだ何かを隠している。それを確信したのは私が彼の動きに何か引っ掛かりを感じでいたからだ。彼は何かを待っている。ただ追い詰められている訳ではないと分かるし、何より表情に僅かな自信が見て取れる。レイの自信がある時にする仕草を私は知っているから分かるのだ。
ならばこれ以上、彼に好き勝手させるわけには行かない。何が仕込まれていたとしても、彼に中遠距離で私が勝てる道理はない。したがって勝つには接近戦しかないからだ。そもそも手練同士の戦いにおいて遠距離攻撃は決定打にはなりにくい。法術があろうと、結局最後に信じられるのは己が磨いて来た剣の腕なのだ。
フィールドの端へ追い詰めた彼に向かって、思い切り大地を蹴り加速する。だが、突如として地面が爆発した。
「ちぃっ!」
案の定罠が仕掛けられていたが、間一髪で跳躍し難を逃れた。これは"マナマイン"という地雷型の法術だ。爆炎が私に迫るより速く回避したが、なんと着地した先にもマナマインが仕掛けられていた。けれどこれも想定内。
そもそも彼程の強者が、トラップを1〜2個設置しただけで満足する筈がない。恐らく至る所に仕掛けられているだろう。だが私なら全ての地雷を爆発する前に駆け抜ける事が可能だ。
そう判断した瞬間、背中に衝撃が走る。背後から強烈な一撃を喰らい吹き飛ばされる。
「ぐぅっ……!」
振り返るがそこには何もない。一体何が、どうやって私に攻撃をしたのだろうか。その答えは視界の端で起きた出来事によって明白になった。
地面に埋まっていたマナマインの魔素が飛び出して浮遊していた。それが複数、私を囲む形で。
「まずい……!」
咄嗟に避けようとするが、足が動かない。よく見ると私の足元には黒いツタの様なものが巻き付いている。"ダークネスハンド"という闇属性の法術で、本来は鞭の様に使う技だ。けれど彼はそれを地中に忍ばせ、私を拘束している。
「……!」
驚いた。レイは複数の法術を操っている。しかも本来の使い方とは逸した方法で、工夫を凝らして運用しているのだ。並大抵の努力でできる技では無い。いや、そもそも努力だけでこの様な事ができる訳ではない。彼は才能を持っていながらそれを驕らず、常に高みを目指している。それは今も昔も変わらない、私が側にいた時もそうだった。
やがて周囲の光玉が私を目掛けて突撃してきた。回避不可能のオールレンジ攻撃が私を襲う。
『こんなの喰らったら、流石の"私"も持たないわよ?』
わかっている。しかもレイからは魔素をまだ溜め込んでいる気配がする。更なる追撃が来るのも、私が木っ端微塵に爆殺される事も明白だった。
『どうするの?そろそろ私の出番じゃない?』
だが私にはこの状況を打開できる方法を持っている。
「うるさい……分かってるなら早くしなさいよ……。」
『相変わらずつれないわね。……ほいっと……。』
私の身体を光の魔素が満たしていく。力が沸き上がり、傷が癒えていく。背中から翼が生えるこの感触だけは、いつまで経っても慣れそうにない。
「……ごめん……」
謝罪が無意味だと知っている。この私の姿を見て、レイが悲しむ事も。……できればこの力、彼に使いたくなかった……。
*
息が苦しい。鼓動が高鳴る。額には脂汗が浮かんでおり、俺の身体のキャパシティを越える程のマルチタスクを実行していると誰もが分かるだろう。だがここまでしなければ彼女に勝つことはできない。それがサナエ・カミゾノだ。彼女の手強さは俺が一番知っている。
彼女を翻弄しながら仕込んでいた罠達は見事に活躍してくれた。いよいよ最終フェーズ、トドメだ!
左手を前に突き出し、掌をサナエに向ける。神経をそこに集中させ、魔素達に最後の命令を下す。
「爆ぜろ!」
広げた手を力強く握りしめて叫ぶと、サナエを囲っていた光の玉が一斉に彼女へ突撃。大きな爆発と共に轟音が響き渡る。だが終わりでは無い。一瞬の隙すら与えず確実に仕留める!
再び柄を頬に当てがい、剣先を煙幕へと向ける。
「"フラッシュキャノン"、発動!」
勢いよく放たれる水の弾丸。一見すると爆発への追撃には不向きな法術。だが俺はこれが最良の結論だと確信していた。
『何故水による追撃を行ったのです?ここは火や雷属性が最適でしょうに。』
レイザもこう言っている。だが水塊が煙幕を直撃した次の瞬間。先程より大きな爆発が巻き起こった。それはそこそこ距離をとっている俺の位置まで届く程に大きな物だ。
「水蒸気爆発さ。」
目を丸くしているレイザに俺は正解を伝える。
水は熱せられて水蒸気となった場合に体積が大きく膨れ上がる。そのため大量の水と高温の熱源が接触した場合、水の瞬間的な蒸発による体積の増大が起こり、それが爆発となる。
ちなみに"高温の熱源"とはマナマインの魔素の事。一部を爆発させず煙幕に忍ばせていたのだ。火属性法術であるそれらは、高温の物体であるから起爆剤として十分に機能してくれる。
2度の爆風を爆心地付近で受けたのだ。流石の彼女も"あれ"を発動させる間も無く木っ端微塵だろう。
そう、思っていたのだが。
『……レイ!あれを!』
レイザの指差す方へ視線を向けると、煙の中から何かが飛び出した。
「うそ……だろ……」
俺は目を疑った。確かに倒した筈だ、確かな手ごたえがあった。だが幾ら心からそう叫ぼうとも現実は容赦なくやってくる。サナエ・カミゾノの生存という絶望的な事実を伴って。
『あれは……使霊術……?しかも神法撃……あの歳でそこまでのことができると言うのですか……!?』
現代的なスーツに、天使の様な純白の翼。その釣り合っていない歪な姿。だがそれは見るもの全てを魅了し、戦慄させる美しさを兼ね備えている。"女神の福翼"【ディバインド・ウィング】。それがサナエの持つ切り札、彼女を最強たらしめている力。
そして俺という人間の罪禍の証、彼女と俺の仲を引き裂いた呪物の残滓。
「あと……もうちょっとだった……サナエに勝てていた筈だった……」
『レイ………』
今までもそうだった。勝利が見えた事はこれが初めてではない。だがその度にあの翼に阻まれ、敗北してきた。何度も、何度も。何度も…何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度もッッッ!!!
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
許せなかった。サナエがではない。その光、その翼、彼女を化け物へと仕立てあげた怨霊共が!
あの日、あの場所に行きさえしなければ、彼女は普通の少女でいられた。不要な注目を浴びる事もなかった。俺の側で笑っていられた筈だった!
「"ターボトルネード"ォ!"オーロラ・ブレイク"ッッ!」
俺から放たれる荒れ狂う竜巻。七色のオーロラ。並の雑魚ならば束にして蹴散らし、それなりの手練れすらまともに受けること困難な威力を込めた全身全霊を込めた一撃、それが二つ。だがサナエはひらりと回避してみせた。踊る様なその動きは憎たらしい程に華麗だった。
だが、まだ終わりではない。最後の一秒、俺の命が終える最後の瞬間まで命を燃やし続ける。今までも、これからも変わらない。
涙を拭い、俺は空に浮かぶサナエを見上げる。その威容はまさに太陽。ならばそれに無謀にも立ち向かう俺はイーカロスか。だが引き下がる事はできない。もう俺に、諦めるという選択肢はないのだから。たとえ俺という存在が蝋の様に溶けようとも、死にゆく最期の瞬間まで抗ってみせよう。
「…‥来い!」
震える手を抑えて武器を構え直し、俺はサナエを睨みつけた。
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