EP10 Re:試合開始

 更衣室に行くと既に皆着替えを始めており、あまり時間が無いことが分かる。可及的速やかに着替えを済ませよう。

 自分の名前が書いてあるロッカーの電子ロックに指を触れる。静脈認証でロックが解除され、俺は中から"プラクティススーツ"と呼ばれる戦闘着を取り出した。上下が繋がったウェットスーツに似たそれを着ると排気機能が働いて中の空気が排出され、体にフィットする。着替え終えた俺をレイザがまじまじと見つめていた。


(どうした?何か変かな?)


『いや、その……この年の学生が着るにしては、少し刺激が強いのではないかと思いまして……。』


 確かに彼の言う通りだ。このプラクティススーツは至る所にバイタルデータの観察や温度のコントロール、生命維持といった機能を持つ端末が動きを阻害しない程度に搭載されているが、思春期の発達した体躯のラインがくっきりと出る為目に毒だ。けれどこの構造は決して意味のないものではない。


 訓練用に作られたこのスーツと実戦仕様である"タクティカルスーツ"はどちらも驚くべき防御力を持つ。刃物は勿論、銃弾や爆発、各種法術にも耐えうる。流石に長時間それらに晒され続ければもたないが、それでも人が着用するには十分過ぎるほどだ。

 そしてこれらスーツの繊維が特性を発揮するには、繊維と守る対象との隙間と、繊維のたるみをできるだけなくす必要がある。そのためこれら二つのスーツは全身をぴったりと覆う構造をしているのだ。


『なるほど。意味があってのその構造だと。』


(伊達や酔狂でこんなもんつけてたらやべーだろ。)


『それは確かに。』


 更に手足、それと胸元を守るアーマーを装着して着替えを完了すると、同じく着替え終えたレオンがこちらへやってきた。

 レオンを見たレイザは彼から視線を外した。だがそれは無理もない話だろう。彼は180センチに迫ると屈強な体躯を持つ。それでいて美しさをも兼ね揃えたその肉体は、下手なグラビアを鼻で笑えるほど良い物だ。スーツによって強調された筋肉は男の俺から見ても色気を感じる。嫉妬すらバカバカしく思えるほどに。


「ちょっとは自重しろー?」


「ぬっふっふっふっふ( ^ω^)」


 やっかみと尊敬を込めて彼の腹筋を裏拳でコンコンと叩くと、マッスルポーズを取って俺を煽り散らかす。俺より一等身ほど高いその顔面には殴りたい程の笑顔が張り付いていた。

 俺も毎日鍛えているし、力の強さで比べたらレオンより良い成績が取れる。だが俺の見た目だけはどうしても変わらず、いつまでも子供っぽいままだ。


「なんでこんなに不公平なんですかねぇ?神様がいるってんなら、グーで殴ってやりたいぜ。」


「皇太子殿下はぶん殴って良いぞ?」


「いやぁアイツはグーじゃあたりねぇ。ケルベロスドラゴンを出せ。」


「超火災扱いは草。」


 そんな会話をしながら皆が並んでいる場所へと向かうと、すでに殆どの生徒が列を作っている。授業開始までもう少し時間はあるが、速やかに並ぶのが良いだろう。彼と共に駆け足で向かう。



 軍人を育成する機関である以上戦闘訓練は必修科目であり、この学校も例外ではない。通常の授業が50分なのに対し、この授業は間に十分の休憩をとって計110分と多くの時間を取っている。前半は標的を使った基礎練習で、後半が対人戦の模擬戦となっている。そんな俺たちの訓練を、レイザは興味深そうに眺めていた。

 時折頷いて感嘆した様に声をあげている辺り、悪い印象は抱いてはいないだろう。寧ろとても興味深そうにしている。


(それで、昔と比べて今の法術はどんな感じだ?)


『そうですねぇ……やはり威力を取って見れば、今のそれは劣っていると言わざるを得ません。』


(おお……いきなり手厳しいな……。)


 法術の衰退、その直接的な原因が俺ではないにせよ、前世代の人間に批判されるとダメージを受けてしまう。


『ですが、私はそれを衰退だとは思いません。むしろ昔より法術の精度、暴発リスクの低下や全体的な習得難度の緩和、それらを踏まえれば威力低下は必要な対価として見れば安いでしょう。』


(ほう?)


『私にはありありと感じる事ができます。この地に息づく魔導の叡智を、過去より紡がれた遺産を。未来を見れた事、それに触れられること、貴方には感謝してもしきれない。』


 レイザが笑った。今までに見せた物よりずっと明るく、それでいて心の底から幸せを感じているように思う。


『貴方と出会った事、その対価が私の記憶なのだとしたら、私は良き買い物ができた。そう思います。』


(やめろよ恥ずかしい……けど、お前がそう思ってくれるなら、嬉しいかな?)


 こう素直に感謝されると恥ずかしい、けれど嫌な気分ではない。彼に色々教えたり案内した事がこんなにも嬉しか思ってくれているのなら俺も嬉しい。

 などと会話をしているうちに、時間は過ぎて行く。

 

「よし!カリキュラムの前半はこれにてフィニッシュだ!皆今日もよく頑張った。テンミニッツのレストタイムののち、1on1の模擬戦闘を行う。水分補給を済ませておく様に!」


「「「「了解!」」」」


 先生の号令に返事をすると、グラウンドを囲む座席へと戻る。隣に座ったレオンと会話をしながら休息を急速にとる。……フフッ


『は?』


(ごめん……ごめん……)


 俺のしょうもないギャグにレイザが蔑む様な目で見てくる。いや違うんだ。待って話を聞いてくれ。


『私は居候の身。貴方の思考に口を出すなどとはおこがましいと承知してはおりますが……。ほどほどにね?』


(はい……)


 くそう……聞かれてた……。恥ずかしい……。まさか親フラならぬ脳フラを経験する日が来るとは思ってもいなかった。


「おい?どうしたよそんな顔を赤くしてさ。」

 

「え?あぁ……レオンはさ、親フラって経験した事ある?従者フラでもいいけど。」


「いや、俺はないなみんなドアを叩いてから……って、まさかお前っ!?」


 レオンは俺の質問に何かを察したのだろう。天を仰ぎ、俺の肩に手を置いた。顔面には憎たらしい程に哀れみの表情が張り付いている。

 彼は何も言わなかった。その優しさが逆に腹立たしい。別に親フラを食らったわけではないのに勘違いをされ、挙句それを弁解する術を俺は持っていない。弁解してしまったらレイザの正体を察せられてしまうかもしれないから、それはダメだ。


 行き場のない怒りを抱えながら、俺はレオンの生暖かい視線に耐えていた。



 一対一の模擬戦はグラウンドを四つのスペースに分け、4組ずつ行われる。今日もいつも通り他の試合を観戦しながら自分の番が来るのを待っていた。

 当然だがそれら4組にはそれぞれ先生が監督として就いている。


『ちょっと待ってください!なんで彼らは本気で殺し合っているのですか!?』


 レイザは眼前で繰り広げられる戦闘に驚愕を隠せない様子だ。


(あ、言ってなかったな。ここでは"オーギュメント・ペイン"っていう法術が作動してるんだ。)


『"オーギュメント・ペイン"……!』


(そそ、発動範囲内で起こった事象が全て仮初めの事となる。中で傷ついたり死んだりしても、外に出れば何事もなく元通りという訳。だから死を恐れず、全力で戦うことができる。)


『なるほど……。』


(だから安心しな。それよりほらあれ、見ろよ見ろよ!)


 俺はある試合を指差し、レイザの興味を向けさせる。それはレオンの試合だ。相手はちょうどと言うべきかフジモト。レオンは先程までの鬱憤を晴らさんと言わんばかりに得物を振るい、圧倒していた。


「ハハハッどうしたどうしたぁ!?さっきの威勢はハッタリかよぉ!」


「ク、クソォッ!」


 試合が始まる前、相手はレオンに対して散々な事を言っていた。だが所詮はサナエに群がる烏合の衆。有象無象如きでは彼には勝てない。


「お前如き、俺が本気を出せばすぐに……グフッ……」


 レオンは相手の戯言を無視して刀をふるい続ける。フォーム、威力、技後の隙のなさ、どれをとっても優秀で非の打ちどころがない。


「くそがぁぁぁぁ!粋がるなよ!所詮は皇族の腰巾着が!」


 良い様にされ続けたためか、遂に相手がキレた。怒りに身を任せてレオンに突っ込んで行く。レオンはそれを冷静に見つめ……あ、いや怒ってる。そりゃそうだこんな事言われたんだもの。

 

「死ねぇぇぇぇぇ!」


 だがレオンは相手の攻撃を正確に回避した。大きな隙ができたのを見逃さずに反撃に転じ、刀身から電流が迸る。


「くらえ!『ライトニング・スラァァァッシュ』!」


 雷鳴と共に振り下ろされた刃が直撃し、フジモトに叩きつけられた。だがギリギリのところで防壁を展開していたのか、辛うじて耐えている。

 けれど全身で雷撃を受けては、まともに動く事などできないだろう。できる事とすれば相手の追撃から目を逸らす事のみ。


 レオンは刀を構え直し、力を込める。すると彼の後ろに龍の幻影が現れる。


「必殺!"龍王・クロス斬り"ッッッ!」 


 龍の爪の如く、十字に切り裂かれた一撃がフジモトを襲う。彼はその斬撃を喰らい、地に伏した。


「いよっしゃぁ!レオンの勝ち!」(おい見たか!あれが俺の親友にして、ミツルギ家の次期当主!レオン・ミツルギの実力よ!)


『確かに腕前はすごいですか……なんですか"龍王・クロス斬り"って。あれは龍陣斬という正しい名前が……』


(細かいことは良いんだよ。一種の略式詠唱みたいなものさ!)


 法術の詠唱とはあくまで脳内でのイメージを補強するためのものでしかなく、決まった形で詠唱する必要は無い。例えば"ブラストハリケーン"という法術を"ブラスト"と省略しても良い訳だし、逆にレオンの様に好きにアレンジしても良い。


『全然省略できてないですけどね。』


(アッハッハッハ。それより、お前はさっきまで誰を見てたんだ?)


 レイザは俺がレオンを指差すまで別の方を見ていた。彼が興味を示す対象が誰なのか気になってしまい聞いてみることにした。


『あの女子生徒を見ていました。』


 そう言って指を示す方にいたのはシバ・ツイノメ。二刀流を巧みに操り戦っている。


(へぇ、彼女か。何か気になる事でもあるのか?例えばお前が二刀流の使い手で、今の戦い方を見たいとか?)


『いえ、私は細剣を使用しています。』


(あらら、違うのか。じゃあどうして彼女に興味を?)


『なんだか初めて見る気がしないのです。それどころか彼女を守りたいとさえ思う程に……。』


 自分の言葉が恥ずかしいのかそう言って顔を手で覆う。


(ちょっとその話、詳しく聞かせてくれないか?もしかしたら……)


 お前の記憶の手がかりになるかもしれない。そう言い終わる前に、レイザが大声で俺を遮った。


『わーわー!ストップストップ!この話は終わり!もうやめ!』


 とても恥ずかしそうに大声を出す。


(え、えぇ……。いや、でもお前記憶を取り戻したk『終わりと言っているでしょう!!』


(アッごめん。)


 凄まじい剣幕で止められては続ける気も失せるし、彼に申し訳ない。


『もう……私の記憶は私の問題です。積極的に強力してくださるのは嬉しいですが、やっている事自体は私のプライバシーに関わる事だというのを忘れないでください。』


(すまん……)


『それよりここに居て良いのですか?そろそろ貴方の出番ですよ。』


 ふと電光掲示板を見ると、俺の前の試合は終わっていた。こうしてはいられない。速やかにグラウンドへ降りるとしよう。

 すでに相手が準備を完了しており、ウォーミングアップして俺を待っていた。


「……サナエか……。」


 なんと相手はサナエ・カミゾノ。俺の唯一勝つ事の出来ない相手にして、2日前から俺の脳内の大半を支配している女子。もう関係は終わっているのかと思っていた幼馴染。


「レイ……。」


 俺が彼女の名を呼んだ様に、彼女も俺の名を呼ぶ。ただそれだけなのに時が止まった様な感覚。そんな無限の沈黙を突き破ったのは、なんと俺の声だった。


「なんであの時、俺の元に来たんだ……?」


 その言葉が自分の口から出た事に驚いた。なぜ、そんな事が気になるのだろうか。

 彼女が沈黙から脱することは無かった。代わりに表情を強張らせ、心なしか怯えている様にも見える。だがここまで言ったのに引き下がれる程、俺は臆病ではない。乾いた口を無理やり開き、言葉を紡ぐ。


「俺達にもう、そこまでの関係性は無い筈だ。なのに何故だ?」


「それは……」


 彼女は答えに詰まる。当たり前だ。今まで疎遠だった幼馴染に突然話しかけられているのだ。戸惑っても仕方ない。


「言えないなら、それでもいい。」


「……っ!」


「何があっても、俺はお前と全力で戦う。だから……手加減すんなよ……!」


 支離滅裂なことを言っている自覚はある。サナエの戦意を惑わせるこの行動は、全力で戦いたいという俺の気持ちと矛盾しているだろう。それでも俺は想いを言葉にしたかった。直近の出来事で揺らぎが生じた、俺の"サナエに勝ちたい"という想い。三年以上も無理矢理繋ぎ止め続けたこの感情を、俺は失いないたく無かった。

 サナエは何も言わなかった。ただ頷き、試合の場へと向かって行く。俺にとってはそれだけで十分だった。俺も彼女に習って歩む。


 距離を取り、互いに向き合って武器を構える。すると俺たちを囲う半透明な半球状のドームが形成された。これが"オーギュメント・ペイン"。俺たちの戦いを取り仕切る法術の審判。


「始め!」


 監督の先生が挙げた手を下ろし、試合開始の合図をする。


 ……今日こそ勝つ。

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