EP9 未来の学舎

 次の日、俺とレイザは共に学校へと向かう。家族に挨拶をし、母さんにハグをされてから家を出た。


『面白い程のマザーコンプレックスですね。』


「そうなんだよ……って俺!?母さんがムスコンプレックスだ、とかじゃなくて!?」


『ムスコン……はい?嫌なら突き放せば良いではないですか?その年頃でしたらそれくらいやってもおかしくないでしょうに。』


「いやまぁ……そうなんだろうけどさ……。」


 ごもっともな指摘だ。でも……。


「もう、誰も俺から離れて欲しくない。俺を好きでいてくれる人を、誰も悲しませたくないんだ……。」


 噛み締める様にそう呟く。


(それはサナエ・カミゾノという少女が関係しているのでしょうね……)


 レイザが神妙な表情をしていたが、俺は意に介さず歩いて行く。そこから他愛のない会話を続けていると、学校にたどり着いた。


 「ここがサンノマル王国国立士官学校だ。大きいだろ?……どうした?」


 彼が校舎を見つめていたので声をかけるが、若干俺への反応が遅れるほどに夢中で見ていた。


『あら、申し訳ない。なんだか初めて見る気がしなくて……。』


「へぇ、何か思い出せそう?」


 彼は眉間に指を当てて考えるが、すぐに顔を上げて首を横に振った。


『今は何も。ただ、この場所に来るのは初めてではない。そんな気がするのです。』


「ほーん。まあ無反応じゃなかっただけでも大きな収穫だ。色々見てみると良いさ。とは言っても、俺は授業があるからあんまり自由には見せられないけど。」


『では、貴方に付いて行きましょう。』


「それが一番だな。」


 そんな会話をしながら、俺とレイザは校舎へ向かっていった。



 教室に入ると既にレオンが来ていた。俺が声をかける前に俺に気がついたのか、手を振ってこちらにやって来た。

 

「随分と嬉しそうじゃん?」


「だって、お前以外によく話す相手がいないんだもん。」


「悲しい事を言うなよ〜」


「だってよ〜……事実だし……」


「あー……うん。まあ、俺も似た様なもんだし……」


 二人揃ってがくり、と項垂れる。


『ええ……』


 そんな困惑した声を出さないでくれレイザ。視線が痛い。だがレオンは顔を上げ、スマホを俺に見せてくる。


「んな事どうでも良いんだよ!それよりほら、見ろよ見ろよ。」


「ん?」


 彼のスマホにはネットショップの画面が映っていて、ある商品が表示されていた。それを読み上げる。


「えっと……アヴァラングユニット……え!?アヴァラングユニットォ!?」


 俺は飛び上がるかの様に驚いた。


「まじか!"アストレア"の新武装セット、いつか来るとは思ってたけど……今か〜!」


 俺の持っている可動式ロボットフィギュア"アイアンビルド"シリーズ。その中で一番気に入っている機体の追加オプションが商品化されるという訳で、俺とレオンは大いに盛り上がっていた。


「9月15から一次予約開始、あと二週間もないぞ!もちろん買うだろ!?」


 その問いに対し、俺は笑顔で肯定……と言いたいところだが、とある理由によりそれは叶わなかった。


「いやー実はさ、昨日そこそこに高いフィギュアを買っちゃってさ……。資金が足りないから2次まで待つかな……。」


「そういえばなんか買ってたな。なんだったんだあれ?」


「『白鳥の踊り子』って奴。これだよ。」


 そう言って俺は昨日家で撮った大量の写真を見せる。


「おろ、これか。なかなか良いが……お前が版権品以外を買うなんて珍しいな。いつもは買わないのに。」


「こいつにビビッと来たんだよ。トウシューズの質感からチュチュの表現、綺麗なアラ……」


「分かった。もう分かった。レオ分かっちゃった。」


「ホントかな〜?」


 俺の説明を遮ったレオンに詰め寄る。だがそれの間に一人の男子生徒が入って来た。


「おいお前たち。」


「「あ"?」」


 声でわかる。聞くだけで耳が腐りかねない不愉快な音。神園親衛隊の隊員にして先日俺を罵りレオンを殴り飛ばした大馬鹿者。シュウイチ・フジモトだ。後ろにはもう一人、仲間が同じ様に不機嫌そうな顔をしている。

 

「昨日の無礼を謝罪するなら今のうちだそ。」


「「それは存在が無礼な奴の言葉か?」」


『息が合いすぎてびっくりしました。』


 俺たちのシンクロした言葉を受けてフジモトは青筋を立てたが、すぐに我を取り戻して言葉を続ける。


「俺は喧嘩をしに来たわけでは無い。昨日、お前たちは俺に対して煽り行為をした。その謝罪を聞きに来ただけだ。」


 なるほど(超速理解)。こいつはどうやら昨日俺とレオンが行った煽りを根に持っているらしい。この程度で謝罪しろとは、俺に対する今までの愚行を棚に上げて随分と頭のおかしい奴だ。

 まあ奴らが揃いも揃って傲慢で害悪で最悪なのは知っているが。


 こういう奴らは黙って無視するに限る。いつも通りそうすることにした俺だが、レオンは彼に言い返した。


「ん?知らないな……。武装もろくに回せないクソザコパイロットなんて知らないなぁ?」


 彼はわざととぼけるふりをしてフジモトを嘲笑う。我慢の限界だと言わんばかりに拳を握るが、その手をレオンが遮った。


「おっと。前回と同じ様になると思うなよ?」


 前回は数で劣っていた上、ハルトに叩きのめされていたという落ち目があった為なす術もなかったが、今は違う。レオン一人でも十分に制圧できていた。


「食堂で俺たちを殴るなんてさ、いつかやるだろうと思ってはいたけど流石に短絡的すぎやしないか?」


 確かにレオンの言う通り親衛隊は今まで俺たちに対して罵倒や侮辱こそしていたが、直接的な暴力はしてこなかった。けれど先日ついに拳が飛んだ。あれ、足だっけ?ままええわ。 

 理由はわからない。どうせ程度の低い親衛隊共の事だ。俺が反撃しない事につけ上がっていたのだろう。


「だっ、黙れ!俺たち親衛隊が揃えば何もできない雑魚の癖に……!」


「今この瞬間の話をしている。いちいち別の状況など考えられるか。群れなきゃ何もできない癖に。」


 彼はいつも何もしない俺の代わりに親衛隊に反撃してくれている。なぜそこまでしてくれるのか、昔聞いたことがあるのだが『お前はハルトに強く出てくれてるだろ?だから俺は親衛隊からお前を守る!』と言っていた。義理堅い奴だと思うが、なんだかんだ言って嬉しい。

 レオンの言葉にフジモトは反論ができなくなったのか顔をダルマの様に赤くして沈黙した。そして後ろの仲間と共にバツの悪い表情を浮かべる。


 だが彼らの表情は今教室に入って来たクラスメイトを見た途端、まるで別人の様に顔を明るくしてその人物に近寄っていった。


「「おはようございます!姫様!」」


 彼らが姫様と呼ぶ女性こそ、サナエ・カミゾノその人だ。

 同学年の人間を姫などと呼び、他を排斥する。とても文明人のやることでは無い、気色悪い行動だと言わざるを得ない。……それに割って入れない時点で、俺も同類だと言われればその通りかもしれないが。


 いつもなら表情の一つ変えずに自分の席へと向かうのだが、今日は違った。彼女は顔をとても顰め、蔑むような目で二人を見たのだ。流石の親衛隊も声こそ出さなかったものの、明らかに動揺していた。俺も彼らほどではないが、同類の反応はした。

 今までこのような事は無かった筈だ。サナエは彼らを刺激しない程度にあしらい、無関心を貫いていた。なのに何故?


 驚愕のあまり彼女を見つめていると、不意に目があった。慌てて逸らそうとするが、どういう訳か目が動かない。首も同様に固まっているとサナエは、親衛隊にバレない様に気をつけながら、そっと俺に手を振った。


「!?」


 まさかサナエがこのような事をするとは。驚愕のあまり言葉を失った。横のレオンも見ていただろう。


「レオン今の見たか?」


「ああ、お前に手を振っていたな。」


 そう聞くと彼は俺と同じく小声で返した。やはり見間違いでは無いらしい。一昨日の膝枕といい今日といい、どういう訳かサナエと触れ合うことが多い。それを嬉しく思っている事、そして彼女が俺を嫌っては無いのかもしれないという事を、俺は見て見ぬ振りをしてしまっていた。それを自覚してしまえば俺の"何か"が崩れるかもしれないという、根拠のない不安があった。

 それに気を取られ、俺はレオンの口角が上がっていた事に気づけなかった。



 朝のホームルームも終わりが近づいていた。


「さて、今日のモーニングショートホームルームは終わりだ。これからグラウンドに向かい、1on1の実戦を行う。全員可及的速やかにロッカールームで着替え、整列するように!」


 先生の言葉でクラスメイトが一斉に立ち上がり、各々グループに分かれてグラウンドへ向かう。無論俺はレオンと二人でそこへ向かう、と言いたい所だが彼は化粧室へ駆け込んでいった為、今はぼっちざ。間違えたぼっちだ。


『今から何が始まるんです?ロックとか?』


「戦闘訓練だよ。士官学校だからな。」


 レイザの問いに答えるが、彼はさらに質問を重ねる。


『何故、戦闘訓練をするのですか?士官というのは部隊を指揮する立場の事の筈です。』


 彼の言う通りだ。士官というのは少尉以上の階級を持つ軍人のことで、部隊の指揮や後方支援が基本的な任務だ。だが俺たちの訓練は一般的な士官が行うにはいささかやりすぎだろう。


「島国であるサンノマルは、大国に比べて人的資源の差は歴然。しかもこの国は過去の所業が原因で、積極的な軍備拡張はタブーとされているんだ。」


『それはサンノマルが"セカンド・ワールド・ウォー"の敗戦側、そのトップだからでしょうね。』


「そそ。でも流石にいつまでも過去に囚われて、自衛を疎かにしすぎるのはダメだっていう考えが広まっていった。けどだからといって今すぐ徴兵なんて馬鹿な事が出来るわけがない。じゃあどうすればいいと思う?」


『兵士一人一人の質の向上ですか?』


「正解。少数の精鋭に高い階級とそれに見合った待遇を与え、高い戦闘技能と強力な装備を持たせる。敵が一千の兵なら、こっちは一人で十人を倒せる兵を十人。それが今のサンノマルのやり方だ。」


『なるほど。』


 勿論本来の仕事である指揮官としての任務が消えたわけでは無い。それを任された士官を"指揮士官"、戦闘が主な仕事である俺たちは"戦闘士官"と呼んで区別している。名称がまんまだが分かりやすいから良いだろう。格好つけて変な名前になるよりマシだ。

 

「この国にはこの学校含めて三校、そんなエリート育成する機関が存在するんだ。それら毎年輩出される。上位約三十名、合わせて約百人。彼らは"ハンドレッドナンバーズ"って愛称で呼ばれてるんだ。」


『その上位30名に選ばれなかった人達はどうなるのですか?』


「補充要員や一般兵士として重宝されるか、軍人の道を辞めて普通に就職かな。まあそもそもこの学校に入れてる時点でこの国のトップ層である事に変わりは無いし。」


 サンノマル国立第一士官学校は士官学校である以前に、偏差値が高く常に最新の教育を受けることができる場所だ。下手な私立どころか名門校をも上回る程に。


『貴方もそのトップの一人でしょうに。自画自賛ですねぇ。』


 レイザがそう茶化してくるが、俺に自分がエリートだという自覚は無い。本当のエリートなら今頃幼馴染と疎遠になどなってないだろうに。


『……あら……貴方気づいてない……?』


 レイザが何かを言った。よく聞き取れなかったのでもう一度聞こうと思ったが、後ろから足音が聞こえてきたのでやめにしよう。

 振り返るまでも無い。恐らく先程、化粧室へと駆け込んでいったレオンだ。そもそも足音で分かる。


「れ〜い〜。待っていてくれたのか?」


「別に待っていたわけじゃねーよ。ゆっくり歩いていただけだ。」


『「それを待ってるって言うんだが?」

              ですけどね。』

「ブッフォ!」


 見事なシンクロを見せられては吹き出しても仕方ないだろう。レオンが怪訝な目でこちらを見てきたが、思い出し笑いを我慢できなかったと誤魔化した。彼は「タイミング最悪で草」と笑ってくれたから多分大丈夫だろう。……だよな?バレたりしないよな?

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