EP8 刻を跨ぎし者
良き案内人に連れられ、私は今の時代がどのようなものか理解することが理解できた。科学は進歩し、法術はより扱いやすさを増し、豊かな国となっている。とはいえ国際的、経済的な問題は昔より複雑化し、一概にも今のほうが良いとは言えないとレイは言っていた。しかし、私はこの時代の方が素晴らしいと感じる。今眺めているフィギュアと呼ばれる人形を見れば尚更。
『ここまで精巧に造られた人形が、一般に出回っているとは……!』
サブカルチャーエリアと呼ばれる場所にやって来た私は、何度目かわからない感激の声を漏らした。
ちなみにサブカルチャーエリアとはこの"テンカ"という施設にある5つのエリアがあり、その一つがここ。アニメや電子ゲームといった現代の大衆文化を扱う店や遊技場が集う場所の様だ。だが今は、他のエリアについて話す時ではないだろう。
今はただ、目の前の美しい人形を目に焼き付けるのみ。”白鳥の踊り子”という名のそれはバレエを踊る少女を模したフィギュアなのだが、本物と見間違う程によくできている。
(そんなに興味があるのか?)
『ええ、これは良いものです。』
苦笑まじりに聞いてくるレイに応えるが視線は眼前のプリマに釘付けで動かない。
(そんなにこれが欲しいなら買おうか?)
『なっ、なななんですって!?』
突如衝撃的な事を言われて戸惑ってしまう。クオリティも凄まじいフィギュアだが、それ相応に値段も凄まじい。0が四つも付いている物をそんな簡単に購入しても良いのだろうか。
(金なら気にすんな。そこそこに持ってるから。)
なんの躊躇いもなく商品を手に取り、大事そうに抱えてお会計へと向かう。
『あっ、あ……そ、そんなあっさり……?』
包装を済ませて袋を貰い、私達は店を出た。
(なんだよ。欲しかったものが手に入ったんだから、もうちょっと喜べよ〜。)
『そ、そうは言われましても……』
(じゃあ……これは返しちゃう?)
『い……いえ……それは勿体無いかと!』
私が返品に反対すると、悪戯に成功した子供の様な表情で笑った。彼もこの様な表情をするのだと感心した。
「お、レイじゃないか。」
そんな私達にレイを呼ぶ声が聞こえた。声の方を振り向くとそちらには青みがかかった黒い長髪が目を引く、レイと同じ年齢であろう男性がいた。
「おろ?レオンか。どうしてここに?」
「お前の存在を感じてここに来た。」
「え、こわ。」
「いや、嘘に決まってるだろ。」
レイが冗談まじりに引くと、同じくレオンという少年は笑って返した。なるほど、レイの記憶の中にあった、彼の親友だというレオンか。
「待ち合わせをしていてな。それまでちょっと時間が空いてるから、フィギュアでも物色しようかなっと思ってたんだが……。お前がいるなら予定変更だ!ゲーセン行くぞ!」
「ゲーセンか。……あー……っと。今はちょっと……」
レオンの誘いに歯切れ悪く応えるレイ。恐らく私の事を考慮して断ろうとしているのだろう。
『良いですよ。その代わり、ここにまた連れて来て下さいな。』
「いや行こう!すぐ行こう!」
私がそう言うと彼はぱあっと笑顔になり、レオンに快く返事をした。
彼らは手を繋ぎゲーセン、恐らくゲームセンターの事だろう。そこへ向かって歩む。彼らがここまでワクワクして向かう場所なのだから、さぞ楽園の様なのだろう。私も少し楽しみだ。
そう思っていたのだが。
『頭が痛い……』
けたましく響き渡る音や目が眩むほどの光。視覚的にも聴覚的にも喧しいこの場所は、私の好みでは無い。
だがレイ達はそれら情報の本流を意に介することも無く奥へと進んでいき、両替機の前で止まった。
「さてレイ、"湾岸"か"エクバ"かどっちをやろうか?」
「エクバで!」「よし!」
頷きあって彼らが向かった場所には、同じ筐体というマシンがずらりと並んでいた。似た様な画面が表示されているのを見るに、これ全てが"エクバ"だというのか。
二人は並んで座ると、下部に100円玉を入れた。
『スーパーロボット・エクストリームバーサス!』
タイトルコールと共に壮大な音楽が流れる。
「じゃあ俺"まさよし"使うな。」
「おけ。じゃあこっちは300乗るわ。"セブソ"で良い?」
慣れた手つきで操作しているレイ達を見て、私は少々レイという人間に対して考えを改めていた。彼にはとても言えない事だが、私は彼の記憶を見た。
それによって私が彼に抱いた印象は「孤独」であった。サナエ・カミゾノという少女に対しての感情を拗らせ、家族に対しても心の奥で鬱陶しさを感じている。更には"親衛隊"、そして王子殿下という明確な敵。自らの性格が災いし、素直になれず己を傷つけてしまっていると。
だがそんな彼の記憶にも温かいものがあった。それがこのレオンという存在だ。
「そっちユニコーン行った!」
「おけ、ユニコーン松村了解。」
「松村is誰www」
彼らが何を言っているのか分からないが、今のレイからは悲壮感を全く感じない。無邪気に笑い友と遊ぶ、年相応の男子高校生がそこにいた。
「レツゴゥ!」
「ゴ…あ待ってこれ咥える可能性ある結構。」
「ああ咥える可能性はwwwよく分かんないwww」
何試合か観戦して私もこのゲームがどういうものか分かってきた時、招かれざる客がやってきた。
「イグゥゥゥ……あ、これフジモト。」
「フジモトォ?」
次の対戦相手のフジモト、というのは恐らく親衛隊のメンバーだろう。直近のものらしき記憶の中にいた、レイを侮辱した人間だ。
「アイツもこのゲーセンに来てんのかよ……」
「どうする処す?処す?」
二人は言葉を交わし、ニタリと笑った。
私は彼らにそこそこ好印象を抱いていた。勝ち試合でも油断せず、負け試合でも諦めない。敗北の原因を相方に押し付けず互いに反省といった風に、理想のコンビだった。それでいて対戦相手にも敬意を払っているのだ。
電子ゲームというのは知らないが、私も生きていた時は色々なゲームをやった記憶がある。その記憶の誰よりも、二人はゲーマーとして理想的な立ち振る舞いをしていた。……のだが。
「「アッハッハッハッハッハッハwwwww」」
対戦相手を小馬鹿にした様な立ち回りを繰り返し煽る。操作機体を小刻みに揺らす"シャゲダン"という行為まで行い、先程までのスポーツマンシップはどこへ行ったのか。
無論相手のフジモトとやらも最初こそ善戦していたものの、レイ達に煽られては正常な判断が出来なくなるほどに頭に血が上っているのだろう。徐々に立ち回りが粗くなっているのがわかる。
そして何回目かの駆け引きの後、相手の機体が爆散し、レイ達の勝利が決定した。
「foo〜!10連勝〜!」
「こんなんで10連勝………www」
「こんなんで言うな〜!」
そうやって笑い合う二人だが、突如どこからか強く物を叩く音がした。レイとレオンは顔を見合わせると、筐体から立ち上がり駆け出す。
「どこにいる!?ラース!ミツルギィィィ!」
「やっべぇ!逃げルォ!」
「逃げるんだよ〜!」
怒りを露わにしているのは恐らくフジモトだろう。素早い身のこなしで他の筐体を避け、出入り口へと向かう。
先程の言葉は一部撤回しよう。年相応の男子高校生などではなく、多少幼稚だ。けれど私の宿主は孤独ではない。自らの全てを曝け出し、共に笑い合える親友がいるのだ。それが分かっただけでもまあ、良しとしようじゃないか。
顔を見合わせて満面の笑みを浮かべながら、人混みを掻き分け爆速する二人を見れば、尚更そう思えた。
*
湾岸とはこの世界で流行っているレースゲーム、『湾岸デイブレイク』の略称となっております。実際の個人、団体とは一切関係ありません!
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