EP4 謎の剣
授業をサボった俺たちは、アシモフ先生の説教を喰らっていた。
「フードスペースでトラブルを起こした挙句、その相手がハルト様だとは……ああ、全く……」
青ざめた顔で俺たちを叱る彼を見ては、申し訳ない気持ちにもなる。どんな事情があろうと俺がやった事は不敬罪であり、相手が相手なら停学もありうる事だ。昼の出来事を聞いた時の先生は気が気ではなかっただろう。
「ラッキーなことに、今回は不問にしていただけるそうだ。全く……実に全く……」
「「すみません……」」
俺とレオンは頭を下げる。
「将来はソルジャーであるお前は、国民を守る為にここでスタディに励んでいる。ハルト様らもまたその人だ。その相手といがみ合っては元も子もないだろうが……自分たちの在り方をもう一度考えておくのだな。」
開放された俺とレオンは自分たちの席に戻る。だがある事に気がついた。親衛隊達の姿がないのだ。どうしてかと首を傾げていると、それに気がついたのか先生が口を開いた。
「ああ、彼らはグラウンドをランニングさせている。手を上げた彼らには君たちよりずっと重いペナルティを与えてあるから安心してほしい。」
なるほど。それなら親衛隊どもがいないのも頷けるし、何より溜飲が下がると言うものだ。ざまぁないぜ(cv.飛田 ○男)。
レオンも同じ思いだろう。今にも笑い出しそうな顔で、必死に声を抑えている。
「さて、このカリキュラムでは本来、ヒストリー科目の一学期の復習が予定されていたのだが……スケジュールを変更だ。今からアウトドアラーニングを行う。」
「やったぜ!」「Foo↑〜」「良いねぇ!」
それを聞いたクラスメイトから小さな歓声が上がる。やはり学生というものはたとえ士官学校生であっても、机に座っての勉強より外に出ての方が好むのだ。
「やったな、レオン!」「ああ!」
「ビークワイエット!これは遊びではないのだぞ!将来武力を以てこの国を守る、というジョブに就く君たちはそれ相応の心構えが必要だ。過去の偉人達が歩んだ道を知る事は、自らの在り方を見つめ直す良い機会となる。しっかりと取り組むように。特にそこの若干二名!」
「「はーい……」」
消沈した声で返事をすると、周りから小さな笑いが起こった。くそう、笑わなくてもいいじゃないか……
「行き先は御剣資料館だ。ミツルギ家の敷地内に入る為、粗相のないよう注意するのだぞ。」
行き先はレオンの家の敷地内にある資料館に決まった。俺は彼に案内されて何度か行った事があるが、それでも楽しみだ。
*
俺たちは学校のバスに乗って資料館にやって来た。そこは多少古びてはいるものの整備が行き届いており、歴史的な風情を感じさせる。それでいて最新の設備を景観を損なわない程度に導入していて、この国の歴史を楽しく学べる良い施設だ。
先生の指示で皆は班を作り始める。だがグループが徐々にできていく中、俺とレオンは立ち尽くしていた。
「………」「………」
お互いがお互いしか友達と呼べる存在がいない俺とレオン。無論クラスメイトと会話ができないという訳ではないがこういった仲の良い人同士で纏まる様な状況の時、話しかけられる程親しくはない。
アシモフ先生がこちらを鋭い目で見つめている。ヤバい早くしないと。だが既に多くのグループができており、とても俺たちが入れる隙などなさそうだ。
だが優しい人はいるもので、一人の生徒が声をかけてくる。
「ねぇ、良かったら私達と組まない?」
彼女はマトイ・ハクユ。その後ろに居るのは彼女と組んでいるであろう、ユウ・アンドウとシバ・ツイノメという男女。
「私達三人しかいないから、二人を入れてちょうど五人でグループが作れるよ。」
「良いのか?」
「良いからこうやって聞いているんだよ。俺にとっても、男子が増えるのは嬉しいしな。」
俺の問いにアンドウが快く返した。レオンにどうか聞く為に振り向くと、「いいんじゃないか?」といった表情だった。
「じゃあよろしく頼む。ありがとうな、三人とも。」
「礼をされるような事でもないですよ。ただ、あなた方のみっともない姿をこれ以上見たくなかっただけ。」
シバからなんとも失敬な事を言われる。彼女は多少言葉にトゲがあり、近寄り難い女性だと評判だ。容姿も言動と相応にキリッとした美人で、その鋭い視線からは高いプライドと俺への敵対心を感じる。
「ちょっと……シバさん……」
「あなた方二人は学年のトップに近しい存在。そのようにナヨナヨとしていては、面目が立ちませんよ?」
「相変わらずだな、ツイノメさんは。」
彼女もまた、こうやって俺に絡んでくる。彼女は代々続く家系の長女であり、女性でありながら一家の事実上の跡継ぎらしい。そんな環境で育ったためかプライドが高く、自分よりだらしない俺が彼女より実力が上であることを快く思っていないのだろう。
親衛隊よりはずっとマシだが、彼女もまた俺に取って面倒くさい相手だ。
「じゃあさ、俺に勝ってから言おうか?」
「勿論、貴方には勝つ。いずれ下す相手を牽制する事のなんの問題があるのですか?」
堪らず煽り返す。だがそれは想定内だった様で、済ました顔で返された。
やりにくい相手だ。これなら煽ったらすぐ発狂する親衛隊の方が……いや、流石にそんな事はないな。
「まあ二人とも、早く行こう?」
マトイが止めてくれなければ、ずっと重たい沈黙が流れていただろう。
「ああ、そうだな。」「ええ、そうですね。」
俺とシバは互いにそっぽを向いて、資料館の散策を始めた。
*
歴史のある物というのは中々面白いもので、皆メモをとりながら夢中で展示物や映像を見ていた。俺たちもその限りではなく、先程の出来事など忘れたかの様に過ごしていた。
俺は奥の方に展示されていた、一振りの細剣を見つけた。この国の歴史の中で産業革命と呼ばれる出来事があった時代、外国の文化を次々に模倣していた時代に作られたとされる、サンノマルらしからぬ洋風な得物だ。
ちなみにレオンは俺の横に展示されている、この国の"宝剣"に夢中な様だ。
「ん?どうしたんだ、ラース。そんなに夢中でそれを見つめてさ。」
近づいてきたアンドウに気が付かなかったほどに夢中になっていたらしい。
「んあ?……ああ、アンドウか。これが気になってさ。」
俺はこの細剣から妙な親近感を感じずにはいられなかった。初めて見るはずなのに、どこか懐かしい気がする。
「これか……確かに良いものだけど、そんなにか?」
彼の言う通り、見た目はただの細剣。強いて言えば、紫を基調とした落ち着きのある装飾が目を引き、魔道具としての能力を持っている。だが館の奥に展示されている物の方が文化的価値のある物だろう。
「触れてみたらどうだ?」
「そうだな……。」
この館では一部の展示物は実際に触ることができるのだ。アンドウのいう通りその細剣の持ち手に手を近づけてみる。
だが俺の手が触れたその瞬間、頭に激痛が走った。
「なぁぁっ!?」
痛さのあまり、手を離して頭を抑える。
「おい!?大丈夫か、ラース!?」
「しっかりしろ!レイ!」
横にいたレオンも来たのだろう。二人の声が頭の中でこだまする。
「アァァァァァァ!?痛い……頭が……!」
痛みは治る気配はない。頭の中を掻き回される感覚に必死で耐えながら、俺は奇妙な物を見ていた。
(なんだ……これは……?)
それらは俺が見た事の無い景色、それが頭に流れ込んでくる。それだけでは無い、俺の中に響き渡る様々な感情。それらは明らかに俺のものではなかった。
「なんなんだ……!俺の中に…入るなぁぁっ……!」
「おい、レイ!しっかりしろ!」
レオンの声が遠く感じる。激痛の余り気絶しそうになる身体を必死で立て直す。ここで意識を手放したら、もう2度と起きることができない様に感じられたから。
やがて永遠にも感じられた時間が過ぎ、痛みは治った。だが激痛の残滓か、頭が重い。
「はぁ……はぁ……。」
何とか耐え切れた。目が充血してるからか、視界が若干赤い。
「先生を読んでくる!ミツルギは係の人を!」
「分かった!レイ、ちょっと待ってろよ!」
「ああ……頼む……。」
レオンとアンドウが走っていく。その背中を朦朧とする意識の中で見つめていると、
「レイ!」
俺の名を呼ぶ声がした。その声を聞いた俺の心臓が跳ね上がる。何故ならその声の主は、この学校で俺が1番意識している人物であったからだ。
「レイ!レイ!しっかりして……!」
俺の身体をゆするのは疎遠になった幼馴染、サナエ・カミゾノだった。
「なん……で……お前が……?」
思わずそう問いてしまう。それを聞いた彼女は少しだけ悲しそうな顔を見せた。
「あ…ごめん……でも……っ!?」
俺は弁解しようとしたが、彼女の行動に驚愕したあまり言葉を詰まらせる。なんと彼女は床に正座し、俺の頭を膝に乗せたのだ。
幼馴染に膝枕をされているという今の状況は、不覚にもドキドキしてしまう。
仰向けになって寝転ぶと、サナエが俺の顔を覗いてきた。彼女は心配そうな顔ながらも、どこか懐かしむような表情だった。
「ありが……とう……でも、どうして……?」
「アンドウくんが走って行ったのを見て胸騒ぎがして、彼が走ってきた方を見たら、君がいたの。そしたら、倒れてたから……」
まともに話す事すら久しい。俺の額を撫でながら彼女は言う。それに、と一拍おいて語り始める。
「今はあの人達がいないでしょう?だから、何も気にせずに君とこうして話せると思ったの。」
神園親衛隊の俺に対する敵意は凄まじく、とても関わりたいと思えない。しかし困ったことに向こうから近づいてくる。それだけじゃない。俺に親しい人物へまでも攻撃を仕掛ける為、遂に俺の友達と呼べる人間はレオンだけになったしまった。
無論サナエが俺に話しかけることなど不可能に近い。
太腿の柔らかさに気恥ずかしさを感じていると、俺の頬に水滴が落ちた。何事かと思ったら、サナエの瞳から涙が溢れていた。
「ごめんね……レイ……私が弱い所為で……離れ離れになっちゃって……」
「違……君は……弱くない……弱いのは……」
弱いのは俺、そう言いかけて俺は声が出なくなった。認めたくなかった。だが事実、俺の弱さが彼女を傷つけ、俺との中を引き裂いてしまっている。
言葉に詰まる俺を彼女はそっと抱きしめてくれた。顔を胸に埋められ、視界が穏やかな黒に包まれる。微かに彼女の鼻を啜る音が聞こえる。
やがて瞼が重くなってきた。少しずつ微睡の中に落ちてゆく。だが先程の様な危機感は感じない。柔らかな感触に包まれたまま、俺の意識は沈んでいった。
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