EP3 敵

 やがて四時間目の授業も終わり、昼休みとなった。俺はレオンを連れて食堂へと向かい、食事を摂っていた。


 他愛のない会話をしながら食事をとる俺達。


「昨日の永田さんの動画は見たか?」


「見た見た。とんでもないレシ虐でずっと笑ってたよ。」


 レオンが声を抑えて笑う。


「『吠え面をかかせてやるぜぇぇ!』」


「『ナンデソウイウコトスルノ⁉︎』」


「「スッゲェ似てる!」」


 お互いのモノマネに笑ってしまった。

 とあることが原因で、この学校ではろくな友好関係を築けなかった。そんな俺の数少ない友であるレオン、彼は中学生の時に知り合った。

 彼はサナエと俺の関係も知っており、俺も彼のある秘密を知っている。俺たちは互いに支え合う事ができている良き友人同士だ。

俺たちは互いに他人には言いにくい事も素直に言い合える、親友と言ってもいい男だ。


 そうやって共通の趣味の話で盛り上がっていた最中、突然周囲からざわめきが聞こえてきた。何事かと思って周囲を見回すと、三人の生徒が食堂に現れたところだった。

 その人達を見て俺たちは顔をしかめた。とある理由により、俺たち共通の苦手とする相手だからだ。


 三人の中心にいる男子の名前はハルト。レオンと同じく爽やかな顔立ちに清らかな長い髪は中性的な美しさが見てとれる。だがどこか憂いを帯びているレオンとは対照的に自信に満ちた表情は、自分こそ帝であると宣言しているかのような印象を受ける。


 そんな彼の両脇を固めている女子生徒二人。二人は周囲の視線など気にせずに堂々と歩いており、その堂々とした態度は馬鹿みたいに綺麗だった。彼女らはハルトの使用人であるマリナ・ミヅキとその妹であるアリサ・ミヅキだ。

 二人の容姿は双子であるからかそっくりだが、凛とした雰囲気の姉に対して、妹は柔らかな見た目を持つ。


 ちなみにハルトには苗字がない。それは彼がサンノマル国の皇太子であるからだ。レオンと容姿が似ている理由は、皇族の分家であるミツルギ家の血筋が原因で、この家は皇族の本家の血を強く引き継いでいるからだ。


 近くの女子グループから小さく会話が聞こえて来る。


「やっぱりハルト様は今日もお美しいわね……」

「えぇ! 本当に……」

「あの透き通るような白い御髪が素晴らしいわ……」

「ああ……しゅきぃ……」


 そこかしこからひそひそと聞こえる黄色い声援。それを聞いてレオンは思わずため息をつく。


「相変わらず人気だな、ハルト様は。」


 声音からも表情からも、彼へ抱いている感情がいい物ではない事が分かる。容姿が良く似ているだけでなく本家と分家という立場、物心ついた時よりずっと比較され続けたレオンからしてみればいい気分ではないだろう。

 無論俺も彼は嫌いだ。レオンの敵は、俺の敵なのだから。

 だが今の問題はそこではない。


「……で、そのハルト様はなんでこっち来てんだ?」


「え?えぇ……。」


 俺の問いに対して歯切れの悪い返事をするレオン。その理由はすぐに分かった。なぜならこちらに向かってきたハルト達が俺とレオンの席に座って来たからである。


「やあレオン、レイくんも久しぶりだね。」


「……どうも、ハルトさん。」


 人懐っこそうな笑みを浮かべるハルトに対し、俺は作り笑いで返す。もはやレオンは見向きもしていない。

 俺とレオンの反応を見たハルトは少しだけ悲しそうな顔をしたが、すぐに気を取り直したように言った。


「二人とも調子はどうだい?」


「別に……普通ですけど。」


「………」


 俺は適当に答えた。レオンは押し黙ったままだった。

 周囲の視線が痛い。ハルトという人気者に声を掛けられていることに対する嫉妬、それを蔑ろにしたことに対する怒りの視線をひしひしと感じる。 


「………!」


 俺が睨み返すと連中は罰が悪そうに目を逸らす。このくらいで気分を害するなら最初から関わろうとするなよ……。


「それよりレオン、来週実装される新機体“オーヴェイロン”をどう評価する?」


 ハルトの付いて行けないゲームの話題に無理矢理変える。


「いや……すごい作品から引っ張って来たなって思うな。発想とストーリーは悪くないけど、オカルト全開すぎて笑いがでるぜ。」


「いや原作の話はしてないよ。」


「ああ、そうか……。そうだな、変形時の機動性と強化時の爆発力は目を見張るものがある。特に強化中サブ武装の照射ビームは250コストの機体が所持していいものじゃない。有象無象の300コストはねじ伏せることができるだろうな。」


「けどさ、PVを見る感じ降りテクの類はなさそうじゃね?生時は弱そうだし。」


「いや、あれであったら壊れだろ……それに生時の貧弱さを補って余りある出力が強化時にはあると見える。」  


 だが俺たちの会話にハルトが入ってくる。


「面白そうだね。僕も興味があるよ。」


「ハァ〜」「チッ」


 俺の溜息とレオンの舌打ちが重なった。お前を退ける為に話題を逸らしたんだが、何故入ってくる?

 しかもタチが悪い事に、彼がこうやって俺たちにダル絡みしてくるのは初めてではない。何度も軽くあしらってきたがそろそろ限界だ。

 その態度に対して流石に限界を迎えたのだろう。マリナが机をバンと叩きながら立ち上がった。2度も言うが限界なのはこっちなんだがな。


「さっきから随分と失礼ではないですか!?レイ・ラース!」


 怒りに顔を赤く染めたマリナが勢いよく立ち上がる。……めんどくせぇ……。


「ハルト様を蔑ろにするとはいい度胸ですね!」


「姉さま、落ち着いて下さい!」


「落ち着け、マリナ。」


 ハルトとアリサがなだめるように言うが、俺からしてみればこいつらも大概だ。


「お前たちはどの面を下げて中立を気取っている?お前こそ紛う事なきレオンの敵、それとその犬じゃないか。」


「なっ……!」「……」


 表情一つ変えずに黙るハルトとは対照的に、犬扱いされたアリサが顔を真っ赤にして押し黙る。それに対抗して俺も立ち上がり、真っ向から対峙する。


「庶民や分家にも平等に接する、それが皇族のイメージアップのパフォーマンスかどうかは分からないが、それらの行為がどれだけレオンを苦しめているか理解できているのか?」


 周りの生徒からどよめきが聞こえてくる。それは無礼な庶民に対する非難か恐怖か。

 俺はゆっくりと彼女らに接近し、アリサの耳元で囁く。


「特にアリサ……お前は別格の屑野郎だ……。レオンに砂をかけ、ハルトに尻尾を振る……この雌ブッッ!?」


 ハルトに胸ぐらを掴まれたと思った次の瞬間、机に叩きつけられた。背中に強い衝撃が走り、息が詰まる。


「ぐぅ……」


 痛みに悶えてろくに身動きが取れず、そのまま床に伏してしまう。そんな俺を見下すハルトの瞳には、明確な怒りが込められていた。


「僕の従者であり、許嫁達に対して随分と失礼な物言いだね?」


 アリサとマリナを許嫁と言ったハルトを前にして、愕然とするレオンの姿を視界の端に捉えた。

 

(こいつ……レオンの前でそのセリフを……!)


 激痛により悲鳴を上げる肉体を無理矢理動かして立ち上がる。今度こそ一発叩き込むつもりだった。だがレオンに制され、振り上げた拳は行き場を失う。


「やめてくれ……レイ……。」


 絞り出すような声が聞こえた。


「ハルト様…私の友人が……無礼を……どうか……許してやってください……」


 レオンは深々と頭を下げる。だが俺からしてみれば、その姿は屈辱以外の何者でもなかった。


(駄目だレオン!お前が頭を下げてはいけない!そんな事をしたら……本当にお前は……!)


 うまく声を出せず、俺はただ必死に目で訴えるしかなかった。

 彼が俺を庇うために自ら泥を被っている、なにより俺がそうさせてしまった事実は途轍もなく悔しかった。


「……もういいよ。レオンに免じて今回は不問にする。ただし次はないよ。」


 ハルトの言葉に周りからは安堵のため息が漏れる。


「レオン……」


 俺がレオンの名を呼ぶと、彼は気にするなと言わんばかりに笑ってくれた。だがその笑顔は痛々しく、見ているこちらが辛くなるほどだった。

 なのに、俺たちに追い打ちをかける出来事が起こる。


「随分と情けない様だな?レイ・ラース。」


 背後からかけられた聞き覚えのある声。そこにいたのは、今この瞬間の俺を最も見られたく無い人間だった。


「フジモト……!」


 彼の名はシュウイチ・フジモト。怒りのあまり睨みつける俺に対し、勝ち誇ったかのように俺を見下している。彼の後ろには同じような表情をした人間が六人程控えていて、俺を見てクスクスと笑っていた。


 彼らの名前は"神園親衛隊"。その名の通りサナエに付き纏い、彼女に近づく男に危害を加える蝗、過激なファンクラブだ。そして彼らは俺が彼女の幼馴染である事と俺たちの過去を知っている為、弱みを見つけては俺に攻撃をしてくるのだ。

 それにしても、こんなタイミングで来るとは……最悪だ。


「ハルト様に楯突くとは、随分と身のほど知らずだな。」


「……」


「……どうした?何も言えないか?まあ、そのザマじゃ当然か。」


 俺は何も言い返せなかった。ここで何を言おうと俺の立場が悪くなる事は明白であったし、なにより無様に抗う俺を見られたく無い人物がいるからだ。


(サナエだけには……見せたく無かった‥‥!)


 親衛隊どもがいるとなると、必然的にサナエもこの食堂にいる事は明白だろう。

 俺は口をつぐんだまま、目の前のクソ野郎から目を逸らす。するとそれを挑発と受け取ったのだろうか、親衛隊の一人が前に出てきた。


「なんとか言ったらどうなんだ?えぇ?」


 胸ぐらを掴まれて、強引に顔を上げさせられる。


「おい、やめておけ。」


 俺の胸ぐらを掴むそいつの腕をレオンが掴み上げ、俺を助けようとしてくれた。


「レオン……」


 だが次の瞬間、レオンに親衛隊の蹴りが直撃する。


「ぐぁっ!?」


 レオンはそのまま仰向けに倒れ込んだ。


「レオン君!?」


 アリサが悲鳴に近い声で叫び、ツジモトとレオンの間に立つ。


「もうやめてください!これは私達の問題です!貴方達が介入する権利はありません!」


 毅然と言い放つアリサの横に、ハルトとマリナが並び立つ。流石の親衛隊も皇太子の前では手出し出来ないようだ。


(レオンだって分家とはいえ、皇族なのに……)


 命名しがたい負の感情を抱えたままレオンに駆け寄る。肩を貸してゆっくりと立ち上がらせるが、彼の目からは光が消えていた。


「大丈夫か……?」


「ああ……すまない……。」


「なんでお前が謝るんだよ……。」


 レオンの謝罪を聞いて余計に罪悪感が募る。俺たちは逃げるように、食堂を後にした。



 屋上のベンチに腰掛け、二人で空を見上げる。俺たちの間に交わす言葉は無く、ただ沈黙が流れるだけだった。

 お互いの苦手とする人物とエンカウントしてしまい、挙句醜態を晒してしまった。とても話せる状態ではない。


「ごめん……レオン……。」


その中で先に口を開いたのは俺だった。


「……何故レイが謝る必要があるんだ?」


「いや、その……」


 詰まる俺に対してレオンは笑うが、その笑顔はとても弱々しいものだった。


「レイが気に病む必要は無いさ。」


「でも……」


「むしろ嬉しかったさ。お前がハルトに楯突いてくれてさ、むしろ今、気分がいい。」


「そう……なのか……?」


 冗談っぽく言うレオンだったが、やはり無理をしているのだろうか。そんな彼を見ていると俺まで辛くなってきた。


「それにさ……アリサが……俺のこと、庇ってくれただろ?」


 レオンの声が僅かに震えている。彼の目から涙が零れる。


「昔を思い出したんだ……。ハルトと比較されて、落ち込んでいる時にいつも声を掛けてくれた……」


 レオンの目から溢れる雫は次第に量を増していく。レオンは嗚咽混じりに想いを口にする。今まで抑えてきた気持ちを吐き出して、彼は泣いていた。


「うわぁぁぁぁ!!あぁぁ!!」


 レオンは堰を切ったかのように号泣し始める。俺はただひたすら彼の背中をさすり続けた。レオンが落ち着くまでそうしていた。


 やがて落ち着きを取り戻したレオンは俺から離れた。


「すまなかった……つい……」


「別に気にしないよ。それより、午後の授業はどうするよ?行かないで早退するか?」


「いや、帰らないさ。ここで帰ったらアイツらに負けたみたいで癪だからな。」


 六時間目の始業チャイムが鳴る前に、俺たちは教室へと戻っていった。

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