水着姿だからといって泳ぐとは限らない

⑨キューピー、駅で目覚めたのちサバゲ―ビルへ向かうのこと。


 雑踏の音が糺一の頭蓋骨の内側をかき回した。

 彼は硬いベンチで上体を起こしかけた。

 起こしかけたからだに不意打ちの痛みを覚え、鋭いうめき声をあげた。

 

 かすんだ目で周囲をみわたした。

 目の前を人々が足早に行き交っていた。

 駅のなかだった。

 

 しばし糺一は自分の記憶を点検するように、ぼんやりとベンチにかけていた。

 からだに服はきちんと着せられていた。

 

 やがて彼ははっとしてポケットをまさぐった。

 財布、スマホ、アパートの鍵などを身体検査のようにベンチの上に並べていった。

 

 ほっと安堵の息をつくと、こんどは外套のポケットから、黒のレースでできた薄い紐状のなにかを手品の万国旗のようにずるずると引き出した。

 

 糺一はその派手な女ものの下着を両手にひろげてつくづくと観察した。

 

 彼は通行人たちがすばやく無表情な一瞥をくれているのを尻目に、念入りに調べるとやがて納得いった顔でを丁重に懐にしまった。

 

 糺一はからだの痛みに顔をしかめながら立ち上がった。

 酔っぱらったようにぎこちない歩きかたでタクシー乗り場のほうへ向かっていった。


               ◇


 そのビルの外壁はサイケ調やらポップ調やらその他なんだかわけのわからないロゴ、フレーズ、チーム名などなどで埋め尽くされていた。

 

 糺一はタクシーから降りた。

 小雪がちらつくなか、彼は急いで入口へ向かった。

 

 ビルの内部は暖房がガンガンきいていて、糺一は上気した顔で息をついた。

 受付で記帳をすませて廊下をすすむと、曲がり角から人影が出てきた。

 

 現れたのは水着すがたの瀬乃で、彼女はビキニのほかには頭にのっけたサバゲー用ゴーグル、それに手袋とコンバットブーツ履きといういでたちだった。

 そこに首から電動エアガンのイングラムをぶら下げていた。

 

 瀬乃は糺一を発見すると目を吊り上げた。


「糺一さん」

 とがった声で彼女はいった。

「どこで油売ってたんだよ」

 

 瀬乃をみた糺一は彼女に駆け寄った。


「トヨさん」

 彼は安堵の声をあげた。

「よかった」


「ナなによ、その――迷子になった子どもが親を見つけたときみたいな顔は……」

 瀬乃は戸惑いがちにいった。


「そのとおりだ、地獄で仏にあった気分だ」


「どうしたのよ」


「なんだか混乱している」

 糺一は頭を振っていった。

「自分が強制的に別の人間にされたような心境だ」

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