⑩JK、遅刻の弁明はじめるキューピーを鼻で笑うのこと。


 瀬乃は鼻を鳴らした。

「そんな謎めかしたこといって遅刻を誤魔化そうとしてもそうは問屋が卸さないぜ。ていうか遅刻の件だけじゃなくて、その他もろもろの話も今日こそキッチリさせてもらおーか」


「誤魔化してるわけじゃないんだ」

 糺一はいった。


「じゃあ」

 ドアを親指で示して瀬乃はいった。

「向こうで話そう」


 瀬乃が先に立って部屋に入った。

 天井の高い、薄暗い部屋にはアンプや楽器のスタンドが雑然と置かれていた。

 床にはケーブルやコードがあちこちへのびていた。

 

 瀬乃と糺一はつまづかないように足元に注意しながら奥の作業用デスクほうへ向かった。


 机のそばには海パン姿の男がふたりいた。

 ゴリラが毛皮を脱いだような筋肉ダルマの小男と、断食したフランケンシュタイン(の怪物)みたいな長身痩躯の大男のコンビだった。

 二人とも手にしたエアガンをかまえたりポーズの練習をとったりしていた。


 ゴリラのほうがこちらにやって来た瀬乃と糺一に気づいた。

「お。やっとお出ましかい、大将」小男は手にしたトンプソン機関銃の銃口を糺一に向けていった。


「なにかと忙しいのだ」


「キミになんの用があるのさ」


「色々だ。洗濯機のクズ取り網の掃除とかな」


田沼たぬまン」

 瀬乃はフランケンシュタイン(の怪物)にいった。

「糺一さんになにか食べるもの買ってきてあげて頂戴」


「いや折角だけど、ものを食べる気分じゃないんだ」糺一はいった。


「これから大仕事だってのにお腹になんにも入れてなかったらぶっ倒れるでしょ」


「なんで食べてないってわかるんだ」


「見りゃわかる」

「田沼ン、お願い」


 田沼と呼ばれた大男はひとつ無言でうなずくとドアのほうへ大股で歩いていった。


「ホ! 見ただけでわかる腹具合」

 ゴリラが茶々を入れた。

「世話女房の熱意たっぷり」


 瀬乃は筋肉ダルマをみた。

「そりゃ熱意ありまくりよ」

「あたしの立場になったら誰だってそうならあね。糺一さん、座って」


 糺一はデスクの椅子にかけた。


「瀬乃ちん、怒らないでくれよ」

 ゴリラはなだめるようにいった。

「ボカァただ大将が羨ましかっただけなんだからさあ」


「怒ってないからすこし黙っててよ江本えもとン」


 江本と呼ばれた小男は黙ったが、それでも追っ払うような瀬乃の目くばせに耐えられなくなったらしく、田沼のあとを追うように部屋から出て行った。 

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