⑧キューピー、順調に被虐趣味の過程を経てゆくのこと。
※この回は、被虐嗜好の描写があります。
糺一はもがいたが、手足の縛めはびくともしなかった。
「やめ――」
彼はとうとう叫んだ。
「やめてくれ、もうかんべんしてくれ!」
口に出してそう言った途端、堰を切ったように糺一は泣き叫びはじめた。
金切り声をあげながら身をよじった。
鞭の一撃ごとに全身の毛穴が開いていった。
糺一の顔は涙と鼻水と涎にまみれ、からだはワセリンを塗りたくったように粘ついた汗におおわれた。
おもむろに鞭がやんだ。
女が大股で一歩、拘束されている糺一に近づいた。
彼女の目は催眠術にかかったように輝いており、息が上がって重たい乳房が上下していた。
SM女は刺すような眼差しで犠牲者の顔色を検分していた。
糺一の顔の筋肉の動きひとつ見逃そうとしない勢いだった。
彼女は鼻を鳴らした。
そうして再びうしろへ下がると、またも容赦なく鞭をふるいはじめた。
「くたばれ畜生!」
糺一は悲鳴をあげた。
しかし彼の絶叫は部屋の四隅へとかき消えていった。
空気を切り裂くような鞭の影が、天井の照明で壁に動いていた。
糺一はもはやなりふり構わず赤ん坊のよう泣きわめいた。
「やめてくれ!」
彼は懇願した。
「なんだ、なにが望みなんだ、なんでも言うことをきくから勘弁してくれ」
瘧にかかったように真っ青になって震えながら糺一は訴えた。
それでも鞭は無情にふり下ろされた。
そのあいまに、女の声があった。
「まだまだ」
「まだわかっていないわ。もっと自分を開放しないといけないのよ」
そういいながら汗だくになって鞭をふるった。
「だからなにをさせたいんだ」
糺一はうわごとのようにいった。
「すぐにわかるわ」
「わからないから訊いているんだ」
「だからそれがまだなのよ!」
「なんのことだ」
「まだ言葉に頼ろうとしている」
「言葉を超えなければはじまらないのよ」
そういって彼女は執念深く糺一を責めつづけた。
やがて糺一の全身が電気椅子にかけられたようにわなわなと震えた。
彼は犬が小便を漏らすように失禁した。
いつしか糺一の目から怯えの色が消えていった。
ふるわれる鞭を熱を帯びたような目でみつめはじめた。
女は鞭をとめた。
彼女は息がかかるほどの近さで糺一の顔を見回した。
「そうよ」
女はあえぎながらいった。
「見えてきたでしょう?」
糺一は朦朧としてうなずいた。
「ひとは、完全無力な奴隷に己が身を賤しめることでのみ、完全なる自由に至れるのよ」
そういいながら女は糺一の目をのぞきこんだ。
「わたしに踵で頭をぐりぐり踏みにじられたい?」
糺一はうなずいた。
「わたしの前後の穴を舌で掃除したい?」
糺一はうなずいた。
女はせせら笑った。
「だめ」
彼女はそういって糺一を緊縛している縄をナイフで断った。
糺一は女の足もとに供物のように崩れ落ちた。
彼のかすんだ目は、女のブーツが片足、ついでもう片足と上下したのをみていた。
女の脱いだ下着が、床に這いつくばっている糺一の顔に落ちてきた。
「この続きは」
女はかすれ声でいった。
「自分で探しなさい」
女の白蛇のような腕がふたたび糺一の首筋に巻きついた。
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