6話 偽りの真実

 なに?俺が世界を滅ぼそうとした大罪人?何故そうなるんだ?

 要約すると、300年前に世界の覇権を奪おうと考えたらしい俺は災厄龍を使役して地上を襲撃するが失敗。最期は自爆して世界を滅ぼそうとしたらしいがそれも失敗に終わったとのこと。

 そんな馬鹿げた話があるか。この俺がそんな大雑把な野望を抱くわけがないだろうが。しかし間違った歴史が後世に語り継がれているのは事実である。


 誰かが意図的に改竄した?だとしたら一体何の目的があってそんなことを。


「ところでお二人はこの場所で何をされていたんですか?ここには滅多に人は来ないはずですが」


 衝撃の事実を知らされて何も言葉を返せずにいると、いつの間にか剣呑な雰囲気を漂わせ始めていたアビゲイルがそう問い掛けてきた。

 もしかして俺たち怪しまれてないか?


「えーと、それは……」


「まさか、セオドアさまの遺品を狙った泥棒じゃないですよね?それならこのまま見逃すわけにはいきません!」


 言って、険しい顔のまま足下から魔法の杖を拾い上げるアビゲイル。

 これは困った。こうなったら俺がセオドア本人であることを明かすか?しかしそれを実証する証拠は無い。ならばここはもっともらしい嘘をついて煙に巻くとするか。


「ええと、実は俺たち彼の古い友人でな。想い出巡りの途中で立ち寄ったんだ」


「300年も前の人物のお知り合い?にわかには信じられません」


「そ、そう言われれば確かにそうかもな」


「それに生前の彼は天涯孤独でご友人を作ろうともせず、また少しでも気に入らないことがあればお屋敷の使用人に当たり散らすほどの気性難だったと聞いていますが?」


 おい、そろそろ嘘エピソードを広めた奴に怒りが湧いてくるんだが?俺にだって友人の一人や二人いたよ!……うん、いたと思う。それに使用人たちには努めて紳士的に接してきたつもりだ!……実はこの件に関しては内部告発だったなんてことはないよな?と言うかアビゲイル?君、よくもまあそんな性悪エピソードばかりの人間を「目標の人です!」なんて言えたね。


「マスターマスター」


「ん、なんだエリー?」


「ここは本当のことを正直に話した方がいいと思う。じゃないともしも戦闘になったらあの子に怪我させちゃうかもしれないし」


 流石は腐っても最強種。自分が負けることなんて夢にも思ってないな。まあ現時点ではその通りではあるが。


 さてどうしたものか。悩ましいが、でもやっぱりここは。


「……もしも本当に俺たちが泥棒だとして、見逃さないのならどうするつもりだ?」


「っ!白状、されるんですね?」


 あえてこの状況に乗ってみる。悪いが二人とも俺のわがままに付き合ってもらうぞ。危険ではあるがこのような場面で彼女がどう判断するのか興味がある。


「世間共通の認識としての彼は間違いなく悪党の部類に入る。であれば同じ悪党の俺たちが遺品を頂いたって問題ないと思うが?」


「違います!セオドアさまは悪党なんかじゃありませんっ!」


 ついに激昂してみせるアビゲイル。杖を握る手に力が入るのが見てとれた。


「ではそう言い切る理由は?アビゲイル、君は賢い子だ。理由があってそう確信しているのだろう。それを訊かせてくれないか?」


 対して俺は彼女を刺激しないようになるべく冷静に返した。暫し押し黙った後、意を決したように彼女は重い口を開いた。


「……随分と前に彼の魔法指南書を読んだことがあるんです」


「ほう?」

 

 ちなみに俺は極力魔導書の類を書かないようにしている。何故なら実際の会話と紙面上の文字の羅列とでは相手に伝わる言葉のニュアンスに若干の齟齬が生じてしまうことがあるからだ。


「初めは驚きました。こんなにも魔法について熱心に研究されてた方だったんだって。その本からは彼の大自然への深い理解と感謝の想いが強く感じ取れました。そして」


「そして?」


「そしてこう思ったんです。こんなにも魔法を愛している方が世界を滅ぼそうとするはずがない、きっと何か別の理由があって戦わざるを得なかったんじゃないか?って」


 思わず感嘆が漏れる。アビゲイルは直感的に気づいているのだ。今まで語られてきた歴史が捻じ曲げられたものであるということに。

 色々と打ち明けたことで少しは落ち着いたのか今は穏やかな表情をしている。しかしまだ何か言おうとして戸惑っている様子だったので、こっちから水を向けてみた。


「まだ話したいことがあるんじゃないか?構わないから言ってごらん」


「うぅっ。絶対に笑わないって約束してくれますか?」


「今だってちゃんと聞いていただろう?約束するよ」


「……私、聞こえるんです。目には見えませんが何かの声が。そしてそれが言うんです『彼は悪者なんかじゃない。私たちの家を守る為に戦ってくれたんだ』って」


 思わずハッとした。まさか、いや間違いない。彼女には聞こえているんだ、妖精たちの声が。

 そうか。俺以外にもいてくれたんだな、彼らの存在を認識してくれる人間が。ありがとうな、アビゲイル。


「最後まで笑わないで聞いてくれてありがとうございました。はぁ……会ったこともない人のことをここまで信じてるなんて、可笑しいですよね」


「いや、良いんじゃないか?きっと彼も君にそこまで信じてもらえて嬉しいと思うよ。さて」


 ここで一呼吸置く。


「それじゃあ話を戻そうか!俺たちは泥棒で彼の遺品を頂こうとしている。でだアビゲイル。君はどうする?」


「気は進みませんが戦います。そして考えを改めてもらいます!」


「よしその意気だっ。さあ来い!」

 

「はい!」


 即座に距離を取ったアビゲイルはスッと杖を構えると可愛らしい声で魔法詠唱を始めた。


「__"水よ。我が命に応えよ。我、敵を押し流す絶大なる力を欲する者なり"」


 すると杖の先に荒れ狂う水流が現出。徐々に球状へと変化していった。


「どうか当たってくださいっ!『水流弾アクアボール』!!」


 そして撃ち出された水の弾丸は物凄い速さでこちら目掛けて迫ってくる。すかさずエリーが間に割って入ろうとした。


「マスター!」


「いい仕上がりだ、だが心配するな。このくらい魔法障壁で防ぎ切れるさ」


「でもマスター。魔力尽きてない?」


(へ?あれ?)


 次の瞬間、全く無警戒だった腹部に容赦のない一撃がクリーンヒット。憐れ俺は無様に吹っ飛ばされてしまった。


(ぐはっ!おお強烈ぅ……はは、俺としたことがなんて初歩的なミスを……ガックシ)


「マスター!!」


 急いで走り寄ってきたエリーに心配するなとテレパシーで伝えた。しかし今すぐ再起するのは難しそうなのでやむなく選手交代を宣言する。


(すまんが後は頼んだ)


「分かった。必ず仇は取る」


 いや俺まだ死んでないから。なんとか致命傷で済んだから。

 無様に散った(散ってない)主人の意志を引き継いだ使い魔は亡き骸(死んでない)を一瞥すると静かに振り返る。その瞳の奥にはほのかに闘志が宿っているように感じた。


「うっ……つ、次はエリーさんの番です!」


 気負いながらもしっかりとした手つきで杖を構え直すアビゲイル。再度攻撃魔法の詠唱を始めた。


「うん、いつでもいいよ。でももう私は誰にも負けないから」



 瞬間。アビゲイルは絶句した。



 彼女は見てしまったのだ。エリーの背後に天を突くほど巨大で恐ろしい姿をしたドラゴンの幻影を。

 にわかに足が震え心臓が早鐘を打った。杖を持つ手にはじわりと汗が染み出し全身から血の気が引いていくのが分かった。


「あぐっ……ぅぁっ……」


 もはやまともに言葉も出せずただ嗚咽だけが虚しく口をつくだけだった。相変わらずゆったりとしたペースで歩み寄ってくるエリーは緩い口調で話し掛ける。


「来ないの?ならこっちから行くよ。このまま真っ直ぐ行って叩き込むからちゃんとガードしてね」


 おもむろに片手で握り拳を作る。あまりの握力にググっと筋肉が鳴った。


「ッ!………こ、来ないでください!!」


 僅かに残った自制心をかき集め杖を振り回すことで精一杯の拒絶の意思を示す。


 そして杖を高々と振り上げた時にそれは起こった。


「あ」


「えっ?ふぎゃあっ!!?」


 振り下ろしたはずの杖が空中で静止。そして不意に糸が切れたように持ち主の頭の上に落下した。あまりの痛みに悲痛な呻き声を上げたアビゲイルは耐え切れずそのまま気絶してしまった。


「えっと、それじゃあ。ウィン?」


 何が起こったのか分からずその場に立ちつくすしかないエリー。困惑しながらも誰に向けるでもなくVサインを作った。


 勝者ウィナー。エリー

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