7話 いざ街へ

(いや一応弁解させてもらうとだな。魔法のクローゼットや浮遊魔法の使用で大量に魔力を使ってしまっていてな?だから全てはエリーのためにしたことであって何も責められるようなことでは)


「……マスター?」


(ひっ!?)


 魔法が使えないのでテレパシーでの会話をする。何故か俺は顰めっ面のエリーに詰め寄られていた。あのエリーさん?もしかして何か怒ってらっしゃいます?ちなみにアビゲイルの無事は確認済みだ。今は時計塔から引っ張ってきた毛布の上に寝かせている。直に目が覚めるだろう。


「…………」


(えーと、エリー?黙ってたら何も分からないぞぉ?一体どうしてそんなに不機嫌そうにされているのでしょうか…………って、おわっ!?)


 無言で近づかれ、またもや抱き抱えられる。そう何度も人をひょいひょい持ち上げるものじゃないぞ。


「……良かった無事で。今度からは無茶なことしないで?約束」


 さっきまでの禍々しいオーラはどこに行ったのか。一転してしおらしい声音でそう語りかけてきた。そっか。一応は俺のこと心配してくれていたのか。ありがとうなエリー。少しは可愛げがあるじゃないか。

 

「くんくん……マスター。なんか臭うね」


(え"!?そ、そうか?)


 もしかしたら濡れた身体で地面の上を転がったから土汚れとか生乾きの匂いで臭いのかもしれない。


「ちょっとごめんね」


 そう言っておもむろにぬいぐるみの身体を……絞り始めたエリー。


「痛たたたた!?や、やめろ破れるっ!綿が出てしまうぅ!?」


「……あれ、ここは?」


 あまりの悲鳴の煩さに眠っていたアビゲイルが目を覚ました。


「そうだ私。エリーさんに負けたんでしたね」


 そして直ぐに事態を理解するとなんとその場で泣き始めた。


「うぅ、ごめんなさいっ!たくさんひどいことしちゃってえ!!うわあぁーん!!」


 泣きながら未だ話せず動けずのままであるテオドールに縋りつく。


(お、おぉよしよし。自分の非を認めて反省できるのは素晴らしいことだぞ?好きなだけ胸を貸してやろう)


 ……反省も何もわざとアビゲイルを煽って戦うように仕向けたのはどこの誰だったか?と言いたげなエリーの視線が突き刺さるが今は無視無視。


「くすん、くすん……私いつもドジばっかりで魔法もダメダメで……必死に直そう直そうって頑張ってはいるんですけど、どうにも上手くいかなくってぇっ……うぅう」

 

 いやアビゲイルのドジの原因には少々心当たりがある。元々彼らは気に入った人間へのイタズラが大好きなんだ。まぁしかし今回はあまりにもやり過ぎではあるがな。


(それに魔法の完成度もなかなかのものだった。あの時アビゲイルはわざと水系魔法を使ったな)


「?何でそう思うの?」


(本来こんな地形では炎系魔法が有効だ。燃え広がりやすいからな。でも彼女はあえて水系魔法を選択した。きっと俺達やこの花畑を傷つけたくなかったんだろう)


「ふーん」


 半信半疑そうなエリー。事の真相を確かめるため主人に代わってエリーが既に泣き止みかけのアビゲイルに実際のところを訊いてみる。


「はい。その通りです。さすがお見通しなんですね」


「それとマスターが『謝らなければならないのはこっちだ。君をからかうようなことをしてすまなかった。今は話せないが事情があって俺達はここにいたんだ。信じてもらえると嬉しいのだが』だってさ」


 ?テオドールさんどうかされたんですか?まさかどこか怪我されたんじゃ!?

 ううん違う。ただの魔力切れ。しばらくしたら話せるようになるから。

 そ、そうですか。

 と、会話が続いて。


「勿論信じますよ。私の方こそ疑っちゃって本当にごめんなさい。それにしてもエリーさんさっきは凄かったです!私初めて『この人には絶対に勝てない』って思いました!」


 先程の対決を思い出したのか僅かに身を震わせたアビゲイル。


「だって私ドラゴンだし」


「え、えぇえ!?そうだったんですか!?じゃああの時に視えたのはやっぱり……。まさか龍族を使い魔に出来るなんて!テオドールさんあなたは一体何者なんですか??」


 よほど驚いたのだろう。今度はやや上気した顔で興奮気味にそう捲し立てる。確かに奴らは魔獣の中でも最上位の種族だと言っても過言ではない。そもそも召喚に応じること事態極めて稀なことなのだ。俺のいた時代でもドラゴンを使役できたのは僅か一握りだけだったと思う。


 ところで、美少女にそこまで期待するような熱い視線を注がれてはやはり気分がノらないわけがない。


(ふ、そんな大した者じゃないさ。俺はただの通りすがりの最強魔法使いさっ!キリッ)


 よし、決まった!これでアビゲイルの黄色い声援待ったなしだ!ほらほら!何をしているんだエリー?一言一句そのまま伝えてくれたまえ?


「…………『でもさっき魔力切れで派手に吹っ飛ばされてたから言うほど大した魔法使いじゃないよ?』だって」


 おい。


「あ。それもそうですよね!で、いいのかな……?」


「うんうん、大したことない大したことない。むしろアビゲイルの方が上だよ」


「そ、それはいくらなんでも言い過ぎですよぉー?ふふふ」


「アハハー」


 …………こいつ。人が反論できないからって好き勝手言いやがって。まぁこれでやっとアビゲイルが笑ってくれたんだ。ほんのちょっとくらいはエリーに感謝しといてやるか。やっぱり可愛い娘には笑顔が一番だからな。




「……おいおいっ。誰かと思ったら泣き虫魔女さんが笑ってやがるぜぇ?」


 突然。いかにも三流の悪役が言いそうな台詞を吐きながら何やらニヤニヤと笑う子供三人組が森の入り口から歩いてきた。


「誰?あなたたち」


「……あっ」


 既に気配に気付いていたらしいエリーが真っ先に訊ねる。それと同時に引き攣るような呻き声を上げたアビゲイルがエリーの背中にさっと隠れたのが印象的だった。


「見かけない女だな。知らないなら教えてやるぜ!俺はポポロの街一番の魔術師アシュトン・バークレイ様だ!そして」


「僕はエドモンド。まぁよろしくね」


「んでオレがパトリック!気楽にリッキーって呼んでくれよな?仲良くしようぜおねぇ〜さん!」


 各々名乗りを上げながら戯けたポーズを盛大に披露するなんとも愉快な三人組。うーむ、若いっていいな。


「で?」


 奴らなりの自己紹介?を聞いていたのか疑わしいほどに興味なさげで冷え切った返事を返すエリー。おお、こわっ。それには流石の三人組も多少は気負ってみせる。


「むむむアッシュ?どーもオレ達歓迎されてないみたいだぜ?なんだかオレ、ブルッてきちまったよぉ」


目的・・は果たしたんだしここは一旦退こうよ。それにまだ本命・・が残ってるでしょ?」


「そ、そそそうだな!よしっ、おいチビゲイル!いつまでも一人でこんなとこに来てんじゃねぇぞっ?そんな汚らしい人形なんかで遊ぶくらいだったらまた俺たちが愉しく遊んでやってもいいんだぜえ!?」


 あ?おいてめえ汚い人形って俺のことじゃないだろうな??


「ひっ……い、いえ。結構……です」


 とうとう顔を青ざめさせながらも断固とした姿勢を崩さないアビゲイル。やーい嫌われてやがるぜ。その様子にあからさまに不機嫌顔になるアシュトンとそのやりとりを見てやれやれまたかと心底呆れ顔の取り巻き二人。


「ッ……そうかよ、ならさっさとおうちに帰るんだな!!オラ行くぞ?エド、リッキー」


「それではこれで失礼します」


「じゃあまったねぇー!名前も知らないおねぇさ〜ん♡」


 そう言い残すとずかずかと元来た道を戻っていく三人組。まったくなんなんだあのガキは!次会ったらただじゃおかないからな!


 暫しの沈黙の後、先にアビゲイルが重い口を開いた。


「嫌な思いをさせてごめんなさい。アシュトンの言う通り私はもうこれで帰ります。お二人はどうされますか?」


 どうするも何も先ずは魔力が回復するのを待ってその後で調査の方を再開しなければな。それにこの時計塔には泊まり込みの道具もあるから多少不便ではあるがひとまずは宿をとる必要も無いだろう……というような旨をエリーの方からアビゲイルに伝えてもらう。


「そうですか。あのでしたら今夜はうちに泊まりませんか?さっきのお詫びをさせてもらいたいんです」


 おお!それは願ったり叶ったりな展開だ。それに聞けば彼女の家は地元の名士の家系らしい。長い歴史のある家ならば当時のことを記した文献が残っているかもしれないがさて。


(しかし、アビゲイルにそこまで世話になるわけには……)


「それにお夕飯もご馳走させてください!」


「分かった。行く」


 ぐぅーという腹の音と二重で返事を返すエリー。いっそ清々しいほど正直な奴だと感嘆せざるを得ない。はぁー仕方ない。こうなったらご相伴に預からせてもらうとするか。

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