5話 花畑の中の少女

「マスター。これでいい?」


「おお、似合ってる似合ってる」


 一旦屋根裏部屋に戻りエリー用の洋服を魔法のクローゼットで仕立てる。いつまでも俺のお古のローブ一枚だけを着せておくわけにはいかないからな。うん、馬子にも衣装ってところか。もっともこの場合、人じゃなくて龍ではあるが。


「ありがとう。マスターは気に入ってくれた?可愛い?」


「おう、可愛い可愛い」


「……えへへ」


 

 あれから少し調べて分かったことがある。

 

 まず、俺たちがしでかした最終決戦でもたらしたであろう災禍の痕跡が見当たらないということ。遠見の魔法でこの辺一帯を眺望してみたが豊かな森が広がるだけで特に変わったところは無かった。よくここまで元通りに戻せたものだ。住民たちの並々ならぬ苦労と努力が窺える。自分の不始末を他人任せにしているようで申し訳なくは思うが、一先ず安心した。


 次に魔力マナだ。

 今、この大地のエネルギーは多少の高まりはあれど非常に安定している。三百年も経てば再びエネルギーが暴走し災厄を引き起こしていてもおかしくはないはずだが。まあ悲劇が繰り返されないことに越したことはないがな。


 そして最も重要なこと。

 人間に戻れない。


 散々手を尽くしたがどれも失敗に終わった。ツクリガミめ。未来に放り出されたことよりもこっちを恨むぞ。と言うことで、これっぽっちも納得できてはいないが、元に戻る方法が見つかるまでの間はこのぬいぐるみの姿のままで生活するしかなさそうである。


「なんてこったい」


 堪らずその場で地団駄を踏む。しかしぽふぽすとなんとも気の抜ける足音が鳴り響くばかりで益々イライラが募っていく。


「マスター?どうかした?」


 例の卵の殻をむしゃむしゃと食べながらエリーがそう問い掛ける。ちなみにこの龍の卵の殻には、本人曰く大量の魔力が詰まっているらしく栄養満点でヘルシー?らしい。味と食感はお察しだろう。


「それよりもエリー。お前テレパシーの時と普段の会話で微妙にキャラが違わないか?」


「そう?気づかなかった。人の姿で発声するのってなんだか難しくってこんな感じになっちゃうんだ。嫌?」


 もにゅもにゅと頬をマッサージする。慣れない口周りの筋肉を使っている所為で色々と大変なのかも知れない。


「別に嫌じゃないよ。気になるなら少しずつ慣らしていけばいいさ。俺が嫌なのは、この縫いぐるみの身体の方だ」


「私は可愛いと思うけど?」


 するとおもむろに持ち上げられ、むぎゅうと強く抱き締められた。


「それにとってもふかふか♪」


「俺の趣味じゃない。それよりも早く放してくれ!潰れる潰れるぅっ!?」


 もがこうとするが腕力に差がありすぎて身動きが取れない。息が詰まって苦しい。どうやら生物らしい感覚は備わっているようだ。縫いぐるみのくせに。


「人の匂いがする」


「うげぇ……え、そうか?そりゃあまあ俺は元々人間だからな」


「違う。外」


 展望デッキの方を指差す。こんな森の奥に人がいるだと。


「……人数は?」


「今は一人だけ」


 単独か。ということは山賊やならず者の可能性は低いか?上手くいけば何か有益な情報が訊けるかもしれない。


「確かめてみるか」


「うん分かった。掴まって」


「え?て、うおぉい!?」


 勢いよく駆け出すと迷いなく展望デッキから飛び降りた。


「くっ!」


 地面に激突する寸前、浮遊魔法でエリーの身体を浮かせる。なんとか無事に着地することが出来た。足下の花がぱっと飛び散り、芳しい香りが仄かに鼻腔をくすぐった。

 

「間に合ったか……て、このバカもん!あんな高さから飛び降りて怪我でもしたらどうするんだ!?」


「私なら平気だよ?」


 言われてみればそうかもしれない。人間体ではあるが元々の強靭さや生命力はドラゴンのままだからな。しかし今は人間の姿をしているのだから人間らしい行動をしてもらいたいところだ。



「あれ?どなたですか?」



 不意に声を掛けられたのでそちらの方を見やる。美しい花畑の中から一人の少女がこちらを凝視していた。



 途端、俺の脳に衝撃が奔った。



 ……可愛い。肩口ほどで整えられたショートヘアにくりくりとした大きくてまん丸な瞳。この場所の雰囲気も相まりもしかして森の精霊ではないか?と錯覚してしまいそうになるくらい文句無しの美少女だった。


「えっと」


「やぁ初めまして。驚かせてしまってすまない。俺たちは別に怪しい者じゃないから安心してくれ。君はこの近くに住んでいるかな。良かったら名前を教えてもらえるかい?そうだ!友達からは何て呼ばれてたりするのかな?」

 

 気づけば俺はほとんど無意識の内に少女との距離を詰めていた。


「は、はい。アビゲイル。アビゲイル・ダンカンです。家族からはアビーって呼ばれてます。森向こうの街に住んでいます」


「そうかそうか。俺はセ……テオドール!こう見えて魔法使いだ。こっちは使い魔のエリー。よろしくな」


「エリーです。よろしく」


「テオドールさんとエリーさん、ですね!こちらこそよろしくお願いします」


 ぺこりと頭を下げる。


「うむ、可愛い。親切でとても礼儀正しい良い子のようだ。可愛いよ!君に会えて嬉しいな!そして、可愛い!!」


「あ、あの……?」


「マスターマスター。私は?」


 しきりに腕を引っ張ってくるエリー。すまないが後にしてくれないか?今俺はとてつもなく重要な話し合いをしているんだ。顔は向けずに手だけで制した。


「むぅ」


 それから少しの間アビゲイルとの会話を大いに楽しんだ。





______

____

__




「それで独学の魔法研究の素材としてここの花を採集しに来たのか」


「はい!それにここは自然の魔力が溢れていてとても静かで落ち着くんです。私のお気に入りの場所なんですよ?」


 ほう、マナを感じ取ることができるのか……。この娘。どうやら随分と将来を期待させる才能の持ち主のようだ。さぞや周りも応援していることだろう。


「しかし森の中を歩くのは危険じゃないか?餌となる動物を求めて凶暴な魔獣モンスターも多いと思うが」


「ここの花の香りには魔獣を追い払う効果があるのでそれほど危険ではありませんよ。それに怖がっていたらこの時計塔を観に来られませんから」


 そうだ。エリーさんは平気ですか?

 うん、平気。大丈夫。

 そうですか!良かったです。

 とアビゲイルとエリーが会話する。使い魔であると説明していたので心配してくれたようだ。優しい子だ。

 

「この時計塔を観にね。アビゲイルはこれが誰の所有物か知っているか?」


「この地方に住んでいてそのお名前を知らない方はいないと思います。かの有名な魔法使い、セオドア・マクシミリアンさまです!」


 おお。後世まで自身の名前が残っているというのは、なかなかにむず痒い気持ちになるな。


「私、いつかセオドアさまのようなすごい魔法使いになるのが夢なんです!彼は私の目標なんです!」

 

 お二人もご存じではありませんか?と眩しいほど瞳を輝かせながらそう問い掛けてきた。


 知ってるも何も本人なのだが?


 ついついバラしてしまいたくなる衝動を必死に抑え込む。危ないところだった。純真無垢そうな彼女に「実は君の憧れの人ね。大昔散々暴れ回って死んでしまった挙げ句、ぬいぐるみに姿を変えられて元にも戻れず今ここにいるんだよー?」なんて口が裂けても言えるはずがない。知れば彼女がどれほど落胆してしまうか容易に想像がつく。咄嗟の判断で偽名を名乗って正解だった。今後は俺たちの正体がバレないように注意しなければならないな。


「……マクシミリアン?それってマスターの本みょ」


「はい、ストップ!!エリー、ステイッ!!」


「むぐむぐっ」


 間一髪口を塞ぐことに成功した。


(いいか?これからは俺たちのことは誰にも秘密だ。最大限バレないように行動しなさい。分かったな?)


 テレパシーでそう忠告すると、こくこくと頷いたので解放した。


「あーとそうだな。知ってるよ。彼ほどこの世界に大きな衝撃・・を残した有名人は他にはいないからなぁ。うんうん。ちなみにアビゲイル?彼について知っていることをかいつまんででいいから話してくれるかな?」


 ここでエリーにちらりと視線を送る。ちょうど良い機会だ。こいつに俺の本当の凄さを分からせてやるとするか。俺だって魔法研究と可愛いもの蒐集しかしてこなかったわけじゃないからな。伊達に『魔導師』と呼ばれていたわけではないさ。こういった武勇伝は本人より第三者から語られた方がより有り難みが増すものだ。

 ふふふ、エリーよ。お前が契約した男が何者なのか。とくと思い知るがいい!さぁアビゲイル!君の憧れのについて存分に語ってくれ。こっちはもう気恥ずかしさで悶え喜ぶ準備は出来ているぞ!

 

「…………」


 しかし当の本人は先ほどから俯いたままで無言を貫いていた。どうかしたのだろうか。


「……あなたも彼のことを悪く言うおつもりなんですね」


「え?」


 不意に彼女が顔を上げた。その表情には明らかに悲しみの色が浮かんでいた。

 

「!?ま、待て。君は何を言っているんだ?」


「いいんです。私は信じていますから。彼が……"世界を滅ぼそうとした大罪人"なんかじゃないって」

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