第19話 理玖18
宗教団体とは何だろうか。
授業で仏教とキリスト教とイスラム教が世界の三大宗教だと習ったことがあった。そのときに、宗教とは神様とか神聖なものとか、ものすごい力を持った存在を信じることなのだと、簡単に教わったけれど。
「知りませんね。あの廃校には久しぶりに行ったんです。自分が東京を離れてからのことはわかりません」
「私の認識では、あなたは深く関わっているものと思っていたのですが」
「宗教というのなら、どういったものなんですか? たとえば教祖は誰です?」
トオルさんがそこで僕のことを見た。目が合う。僕は食事の手を止めて聞いてしまっていたので、あわてて再開する。
「それがまだわかっていないことが多くて」
「では、宗教団体なんてないのでは?」
「何かがあると、思っているんですがね。定期的に何かしらの催しがあって、大学生が集まっている。参加するには決まりがあるらしくて、我々はまだ中に入れていません」
「若者が廃校に出入りしているからといって、すぐに宗教を疑うなんてどうかと思いますよ」
中城さんは息を吐いた。笑ったのかもしれない。
「もちろん理由はほかにもありますよ。
そうですね、たとえばある人の前に超自然的な存在が現れて、その力の恩恵をその人にもたらしたとします。その人はその奇跡に感動し、心酔し、その存在のために何か行動したいと考える。それはもう宗教のはじまりでしょう。
あなたがたのような存在を、それこそ神様のように崇める団体が結構あるんです。我々が無視できない規模のものもね」
中城さんはいかにも困ったな、という表情をした。
対してトオルさんは無表情だった。
「いえ、知りませんね。周囲の者が関わっていたかもしれませんが。そういったあやしいことに自分は興味ないので」
「あやしいことですか?」
「ええ。少なくても日本人にとって、新しい宗教についてそう感じるのは無理のないことでしょう?」
「それは、そうですね」
そこからまた言葉のやりとりがあったけれど、トオルさんは知らないとわからないを繰り返していた。
中城さんは、またと言って帰っていった。後ろ姿を追っていたはずなのに、あっという間に見失ってしまった。
すぐに窓から下を見る。
でも、人混みの中に中城さんを見つけることはできなかった。
警察だと言っていたのは本当のことなのだろうか。
テレビなどでは警察手帳を見せている光景を見るけれど。トオルさんは名刺を貰っていた。あれには名前以外に何が書いてあるのだろか。
いきなり現れたのに、トオルさんは特別驚いてはいなかったから、ああいった人が来ることを予想していたのかもしれない。
中城さんは本当に知りたいと思って質問したわけではなさそうだった。
ボールの感触を確かめにきたみたいに、少しだけ僕らのことを押して、反応を見て帰っていった、そんなふうに感じた。
これで落ち着いて食事を再開できるぞと思ったけれど、僕はもうお腹がいっぱいになっていた。お皿にはまだ三分の一ほど残っている。
病院のご飯はあっさりしていて、少し足りないくらいに思っていたから、きっとこの量でも食べ切ることができると踏んでいたのだ。
トオルさんは無表情のままコーヒーに口をつけていた。
「トオルさん」
僕が呼びかけると、トオルさんは表情を和らげて僕を見た。
「食べ終わった?」
「はい、あの、ごめんなさい。食べ切れなくて」
「ん? ああ、無理して食べなくても大丈夫だよ。どうする? 何か飲んで、もう少しゆっくりする?」
ざわついた店内を見回す。
いろんな人がここに集まってそれぞれ会話をしていて、テーブルの間を店員さんが忙しく歩き回っていて、その騒がしさの隙間を埋めるようにスピーカーから音楽が流れてくる。
いつもなら気にならないのだろうけど、今日はどうも、その空気の中でゆっくりはできなさそうだった。
「いいえ、もう帰りましょう」
そう言って荷物を持つとレジへ向かった。
僕はお財布を用意して、いつでも払えるようにしていたけれど、素早くトオルさんがクレジットカードで支払ってしまった。
お母さんからお小遣いを、それなりに預かってきているとトオルさんに主張してみても、笑って取り合ってくれなかった。
店の前でタクシーに乗り、消灯まえに病院に戻ることができた。
急いでシャワーを浴びると歯を磨いてパジャマに着替える。
消灯の時間になって、看護師さんが部屋の明かりを消しにきたので、ベッドに入った。
トオルさんは僕が寝る準備をしている間ずっと本を読んでいて、部屋が暗くなってもそのまま読み続けていた。
ほんの数時間のことだけれど、いろいろなことがあったし、いろいろな人に会った。
聞きたいことがたくさんある。
でも、どう尋ねたら良いのかわからない。
そして、聞いて良いのかもわからなかった。
その夜は、そうやってぐるぐると考えているうちに眠ってしまった。
夜中、病室に誰かが来たような気がする。
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