第18話 理玖17

 校門から外に出て、門を閉める。金属の高い音が響いた。


 そこから大通りまで歩くことになった。住宅地なのでタクシーが通らなかったからだ。


 トオルさんが何も話さないから、僕も黙っていた。

 怒っているのではないかと思って、トオルさんの顔を見てみるのだけれど、どうもそうではないようだから安心した。考え込んでいるのかもしれない。それでも別に僕のことを忘れていることはなくて、段差など気遣ってくれる。


 大通りに出るとタクシーはすぐに捕まった。


 乗り込んむと自然とため息をついてしまった。安堵したのだ。


 トオルさんは運転手さんに病院の名前を告げたけれど、すぐに訂正して別の場所を言った。僕でも知っている駅名だ。


「そういえば、夕食まだだった」


 言われてみればそうだ。

 今日は外出するので病院で夜ご飯を食べられなかったのだ。さっきまでは緊張で気付かなかったけれど、言われると空腹だと感じた。


「何が食べたい?」

「えと、お任せします」


 これから行く場所で何が食べられるのかわからなかったので、そういう言うと、トオルさんは笑って「俺は食べられないからさ」と答えた。

 それでも僕が困っていると、ハンバーグ、ステーキ、エビフライ、オムライスとトオルさんが例をあげていく。

 どの料理も、いかにも子供が好きそうなメニューだったので、僕はこっそり笑った。


 タクシーが停まるまで決められなかった。だから今夜はファミレスで食べることになった。


 人混みを縫って歩く。


 頭上にある大型ビジョンから流れてくる音声、人混みのざわめきと時折の大声、そしてクラクション。すべてがごちゃごちゃと混ざり合っていた。あの静かな学校から、ほんの十分程度しか移動していないのに。


 すぐそこに見えている場所に辿り着くまでに時間がかかった。


 エスカレーターを上がり、ビルの二階部分にあるレストランに入った。

 下から見て想像していたよりもずっと店内は広くて、そのほとんどの席が埋まっていた。


 案内されたのは窓際の席だった。

 さっき見上げた場所がよく見えた。


 時刻は七時だった。九時に消灯するから、それまでに戻らないといけないだろうと焦ってページをめくる。これならハンバーガーを買って帰ったほうが良かったかもしれない。

 そんな様子を見てトオルさんはゆっくり選ぶように言ってくれる。


 ようやくハンバーグのプレートを選ぶと、トオルさんは店員さんに僕の料理と自分用にコーヒーを注文した。


「悪かったね」


 注文したハンバーグを食べていると、そうトオルさんが言った。トオルさんはコーヒーを飲んでいる。けれどカップの中身が減っているようには見えなかった。


 僕は口に食べ物が入っていたので、急いでもぐもぐとしながら首を振った。それから、食べ物を飲み込むと「いいえ」と言葉に出した。


「怖いところだと思ってたんですけど、そうでなくって。公主さんも、優しいし、でも、なんだか存在感がすごくて、それが怖く感じたりもしたんですけど」


 そう、みんな僕を気遣ってくれる。それは僕が子供で、吸血鬼になりかけているせいだとは思う。少しくすぐったい気持ちだ。


「あの人は、別に怖い人ではないよ。うん。穏やかだし、優しい。でも、そうだね、たまに、ああ、この人は人間じゃないんだなって強く感じるときがあって、そのときは少し怖いかな」


 どうしてあそこから出ていったのか、今なら聞けるのかもしれないと思った。僕は食べ終わっていないから、まだ帰るまで時間がある。そう考えて、ちょっと緊張して、水を飲んだ。そのときに、テーブルの脇に人が立った。


 店員さんだと思った。食べ終わった皿を持っていきたいのかと思ったけれど、下げられる皿はない。


「相席よろしいですか?」


 その人はスーツを着た男性だった。髪を綺麗にセットしてある。足元を見る。磨いてある革靴が艶々としている。


「わたくし中城なかじょうと申します」


 その人は名乗った後、トオルさんに名刺を渡した。


 トオルさんはその名刺を見て、僕を見て、軽くため息をつくと名刺をポケットにしまった。そして、席を立つと僕の隣に移った。僕はソファの奥側に座っていたので、そのまま動かずにいた。 


 スーツの人はするりと向かいの席に座った。


「こんばんは」


 挨拶されたので僕も「こんばんは」と返す。


 笑っているけれど、視線は鋭くて、一瞬で僕のことをスキャンしたみたいだった。


森咲もりさきトオルさんですね?」


 トオルさんのフルネームだ。初めて聞いた。


「そんなことはわかってて、いらっしゃったんでしょう?」


 トオルさんはぶっきらぼうに答える。


「きみは冴島さえじま理玖りくくんですね?」


 スーツの人を見る。にこやかだ。僕にも丁寧な話し方をしてくれるし、ちゃんとした大人に見える。でもトオルさんはこの人のことを警戒しているのはわかったから、小さく頷くだけにした。


「怖がらせてしまいました? すみません、お食事中に。私は警察です。決して怪しい者ではありません」


 謝ってはいるけれど、全然悪く思っていないかのような口調だ。でも不思議と嫌な感じはしなかった。


「森咲さんに一度ご挨拶しておきたくって。偶然お見かけしたのでね」

「もう知ってるんですね。ああ、そうか、彼が」


「ええ。彼は我々の協力者のように振る舞ったようですが、我々は彼に何の指示も依頼もしていません。きみも怪我をしてしまったようですね。申し訳ないですが、彼をコントロールする術はないんですよ。自然災害にでもあったと思ってください」


 彼は、あのときの男の人か。


 公主は神様だと言っていた。


「挨拶が終わったら帰っていただけますかね?」

「もちろんです。でも挨拶ついでに一つ伺いたいことがあります」


 スーツの人はそこで一呼吸おいた。


「ついさっきまで廃校にいらっしゃいましたよね。そこを拠点とした宗教団体についてです」

 

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