第13話 理玖12
静かな音がしてエレベーターが止まった。
表示は八階だった。
エレベーターホールは一階と同じような感じだった。
左右を見ると、片方は奥のほうに食堂のようなスペースがあった。
大きなテーブルがいくつかと椅子が並んでいる。明かりはついてなくて、自動販売機のランプだけがぼんやり光っていた。
もう片方は明かりがついていて眩しいくらいだった。
白衣の人はそちらの方へ歩いていく。
ナースステーションがあった。でも、そこにも、誰もいなかった。
ナースステーションを通り過ぎる。
病室のフロアらしく、スライド式の扉がずっと並んでいた。
ナースステーションに近い部屋のいくつかは、扉が閉まっていて隙間から明かりが漏れていた。
でもほとんどの部屋は扉が開いている。誰もいないようだった。
廊下の端っこにある部屋に入った。
ベッドは一つだけで、あとはキャビネットとテレビがあった。今朝まで入院していた部屋とあまり変わりがなかった。
「きみの病室はここ。テレビカードはさっきのエレベーターのところにあるから。でも、もう消灯時間は過ぎているからテレビを見るときは静かにね。元気とはいえ、もう眠ってもらったほうが助かるけど。他にも入院してる患者がいるからね。朝ごはんは八時。その前に担当のナースが来ると思う。僕は明日は休みだから特に検査はないよ、好きに過ごしてくれて良い。誰か付き添いがいるのなら外出しても構わないよ。ただあんまり遅くまで出歩かないでね、きみのことを正確に把握しているのは、僕と何人かのナースと、病院の上のほうの人たちだけだから、あんまり遅いと脱走したと思われちゃうよ」
「はい」
「何かあったらナースコール押して」
細長い指がベッドの枕元を指さす。
「はい」
「うん。じゃあ、僕はこれで。きみはどうする?」
最後の質問はトオルさんに向けられた。
「俺も戻ります」
「大丈夫なの? ああ、きみ以外にもいるんだね?」
「はい。俺と入れ替わりで」
「まだ早いとは思うけど、そのほうが安心だからね。うん。ここまで来たルートを逆に辿れば帰れるから。いや、きみの場合、そこからでも出られるのか」
白衣の人は窓のほうを見る。
「でも、見られちゃまずいからね、そこのところはうまくやって。まー、僕に言われるまでもないとは思うけど。じゃあね」
言うだけいって出ていった。
嵐のような人というのは、ああいう人のことを言うんだなと納得した。
「あの人は、お医者さんなんですよね?」
「ああ。内科医だって聞いてる。俺らの事情もわかってるし、もしかしたら研究をしてるのかもしれないな、個人的に」
たしかに、お医者さんというよりは、研究者といった雰囲気の人だ。
背負ったままだったリュックをベッドに下ろした。
また入院だ。
「本当に、入院するんですね」
僕が東京に来るための嘘かと思っていた。
「俺がずっとついていられるなら良いんだけど、それも難しいからね。ここなら、もしものときもなんとかしてくれるし」
もしものときって、どんなときだろう。
「僕みたいな人が、よくここに入院するんでしょうか」
吸血鬼になりかけた人間が入院してくるにしては、白衣の人の対応が、あっさりしていたからだ。いつものこと、のように見えた。
鉄格子が嵌った部屋に入れられるのではと心配してしまったけれどそれもない。
同じフロアには他にも患者さんがいるようだけれど、その人たちも僕と同じなのだろうか。
「どうなんだろう。迷子が来ることはあるらしいけど、そんなに頻繁ではないと思う」
「迷子?」
「吸血鬼になりかけてる人間をそう呼んだりするんだ」
つまり僕も迷子ということだ。
吸血鬼の世界に迷い込んでいるということなのだろうか。
トオルさんはそれから、言われた通りにドアから出ていった。
僕が眠るまでは部屋にいようと言ってくれたけれど、これからまた、どこかへ行く用事があるようだったから断った。
病室はしんと静まりかえっている。
ベッドの隣にあるキャビネットには、タオルと子供用のパジャマが置いてあったから、それに着替えた。
歯を磨いて、寝る支度が整うと、一度扉を開けて頭だけ廊下に出す。
誰もいなかったし、音も聞こえない。
このフロアには自分しかいないような気がしてきた。
でも、そんなことはないはずだ。さっき他にも患者さんがいるって言っていたし。
部屋の明かりを消してベッドに入った。
枕元のライトがついていて、こちらは消し方がわからなかったから、顔に光が当たらないようにアームを動かした。
シーツがかたい。
天井をしばらく眺めて、そして目を閉じた。
気づいたら東京にきている。
夏休みの計画は頓挫しているけれど、それは仕方がない。
写生が終わっていて良かった。宿題は持ってきているから、明日はできるだろうか。
トオルさんは日中出歩けなくなったと言っていたから、ここに来るのは日が沈んでからだろう。
それまでは一人だろうか。
いろいろなことが起こったから感じなかった寂しさが、ふっと訪れた。
一人でいるのは好きだから、両親と離れるのも、一人で病院に入院するのも平気だと思っていたけれど。
でも、ここに来ると決めたのは自分なのだからと、その気持ちを遠ざけた。
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