第12話 理玖11

 夜の飛行機では、窓の外がイルミネーションのようにきらきらしていた。


 街の中心地だと思われるところには、たくさん光が集まっていた。そこを通り過ぎると、まばらになったり、真っ暗になったりして、また光が集まっている土地がやってくる。


 こうしてみると狭い場所に、みんな集まって暮らしているように思えた。もっと広がれば良いのにと思う。でも、山もあるから人が住める場所が少ないのかもしれない。


 なんとなく陸地の輪郭がわかった。


 今どこを飛んでいるのか知りたかったけれど、地図はなかったし、あってもわからないだろう。


 羽田空港に着いたのは九時前だった。


 夜も遅いせいか、少し閑散としていて、みんな疲れた雰囲気だった。


 荷物を受け取って、二人でタクシーに乗った。

 行き先を運転手さんに言うと、トオルさんは背中を座席に預けて軽くため息をついた。それから誤魔化すようにこちらを見て笑った。

 トオルさんも疲れているのだろう。


「これから泊まるところに行くんですか?」

「そう。直接病院に行くよ」

「え? 本当に病院に行くんです?」

「そうだよ。そう説明があったろう?」

「嘘だと思ってました」


 都会の街並みを期待して窓の外を眺めていたけれど、暗くてよく見えなかった。タクシーに揺られているうちに、うつらうつらとしてしまって、名前を呼ばれたときにはタクシーは停まっていた。

 トオルさんが支払いをしている。僕は慌てて荷物を持った。


 タクシーをおりると、そこは大きな病院の入り口だった。ほとんどの明かりが消えているけれど、見上げたときの建物のシルエットでわかった。


 正面の入り口は閉まっているので、救急と書かれた案内板に従って裏口へとまわる。


 光が漏れている場所があった。


 その前に白衣を着た男の人が立っている。顔は逆光であまり見えない。

 僕らが近づくと、手を上げた。


「待ってたよ」


 そう言うと白衣のポケットに手を入れる。

 メガネをかけていた。ひょろりとしていて、少し猫背だ。

 年齢はいくつくらいだろうか。トオルさんより少しだけ年上のように思えるけれど、先生だとしたらそんなに若いわけはないだろう。

 ただ、父さんと同い年だと言われても違和感はない。


「こんばんは。よろしくお願いします」


 僕がそう挨拶すると、白衣の人は笑って僕と目線を合わせる。


「きみかぁ。聞いたよ、足がもげたんだってね。痛かっただろう。くっついて良かったね。まあ、吸血鬼の血で治すなんて、あんまり褒められたことじゃないんだけど、うーん、治ったんなら結果オーライなのかなぁ。こんなことができちゃうなら外科医はいらなくなるのかな、あははは。僕は関係ないけど。あ、そうそう、あとで足のつなぎ目を見せてもらっても良いかな?」


 白衣の人は流れるように喋った。相槌も追いつかない。僕の反応を気にしていないから、きっと独り言なんだと思う。

 最後の足を見せてと言うところだけは、とりあえず頷いた。


 トオルさんがわざとらしく咳払いをした。白衣の人は特に気にせずに、「じゃあ、こっちへ」と言って歩き始めたが、ふと振り返って「どうぞ入って」と付け加えた。僕らはあとをついていった。


 長い廊下だった。他には誰も見当たらない。僕らが歩いているところだけ自動で照明がついた。


「僕はここで何か検査するのですか?」


 そう聞くと、白衣の人は歩いたまま僕をちらっと見て、また前を向く。


「採血なんかはしてみたいなぁ。何か出るのかな。出ないよなぁ。向こうの病院でのデータは見せてもらったんだけど、貧血以外これといって何もなかったし、うちであらためて検査してもねぇ。まあ、僕の興味としてはやりたいけれど。採血しても大丈夫?」


「はい。大丈夫です」


 これは怖くて嫌ではないか、という意味だと思ったので、大丈夫だと答えた。

 注射も採血も、怖いと思ったことはない。


「うーん、利発なお子さんだね」


 廊下の途中で左に折れた、そこはエレベーターホールになっていて、二つずつ向かい合ってエレベーターの扉があった。

 一つ一つが大きい。

 ちょうど一階で止まっていたエレベーターに乗りこむ。

 中も広かった。扉の反対側が鏡になっている。


 僕はそこで自分の髪を整えた。タクシーで眠っていたからか、後ろのほうがはねていた。


 そのまま鏡で後ろの様子を見た。白衣の人は扉のほうを向いているから背中が映っている。


 でも、トオルさんは鏡の中にはいなかった。


 だから、一瞬、エレベーターに一緒に乗らなかったのかもと思って、勢いよく振り返ってしまった。


 トオルさんはすぐ近くにいて、壁に背中を預けて立っていた。僕の様子を見て少し驚いているようだった。

 僕はトオルさんの顔を見ると、なんでもないことを示すために首を振った。

 トオルさんも何も言わずに頷いた。


 びっくりしたことを悟られたくなかった。失礼なことかもしれないと感じたからだ。

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