第17話 シスターノイアのうさぎショック
「わたくし、緑の組紐を目指そうと思うのよ」
えらく真剣な、真っ直ぐな目で宣言をされた。
今までこのお姫さまは、見る限りいつも憂んだ表情をしていた。
まだ隈は残っているが、最近は表情がさっぱりしているせいか、明るくなったように見える。
それはきっと彼女にとってはいいことなのだろう。
シチュエーションがシチュエーションであれば、感動したかもしれない。
そう。
「よし、なんでまたそう突拍子もない事を言い出したのか、言ってみろこの暴走機関令嬢」
床が泡だらけになり。
たまたま居合わせたシスターモティカとシスターノイアが「あらあらあらあら」「ひぎゃあああ…!」と悲鳴?をあげながらツルツル足を滑らせてなければ。
さんざんゴリラだ鬼だと罵られているあたしだって、ちょっとは感動したかもしれないのだ。
「シスターモティカの組紐が見えたものですから…つい溢れる決意を口にしてしまったのですわ」
「溢れるのは決意だけにしなさいよ!何石鹸水を床にぶちまけてんのよ!!」
意識を取り戻したビビアが真っ先に吠えた。
「シスターノイアがちょうど石鹸水を作られるとのことだったので…汚れにいいかと思ったのでちょっと分けていただいたんですわ」
「……本当によく、あた…私が目を離した一瞬でそこまでやれる…」
「あらやだ…うふふっ褒めても何も出ませんわよ!ゴリラったら!」
「一瞬たりとも褒めてないわっ!!!」
本日は昼の仕事として、全体の廊下の掃除を仰せつかった。
基本的に土足なので汚れやすい。ので元日本人として、汚れが強い場所に洗剤を使いたい気持ちは分かる、気はする、のだが。
「この女、一気に全部ぶちまけたのよ…!避ける暇もなかったわ…!」
「ふぐぅっひぐっ……ごわがっだあぁぁ…」
「あらあらあらあら」
最悪なのは人がいる時になんの声掛けもせずぶちまけたことだ。
おかげで避けようとして足を滑らせたビビア。
頼まれて、何に使うのかと不思議に思いつつ石鹸水を渡したシスターノイア。
悲鳴を聞いてかけつけたシスターモティカ。
全員が見事に巻き込まれてあの惨状という訳だ。
ちなみに、私がお花をつみに行った、一瞬の凶行であった…
「シスターノイア、申し訳ありません…彼女にはしっかり私から言っておきますので…」
申し訳なさからシスターノイアに目を合わせ、しっかりと謝罪すると
「ひっ?!だっだだだ大丈夫ですっ!!問題ないですぅ!!」
これまで以上に顔を青く…いや白くさせてシスターノイアに飛びのかれる。
「ですが…」
「大丈夫なので!!失礼します!!!」
だだだだだ!!!と先程までの震えっぷりが嘘のようにシスターノイアは走り去って行ってしまう。
だだだだだ…!
がらがらがらーーーーん!!!「ひがゃわーーーーー!!!」「何をなさってるのシスターノイア!」「ひぃやあ!!ごめんなさーーーい!」
………
暫くしてから、ようやくシスターノイアの悲鳴は聞こえなくなった。
「シスターノイア…なんであんなに心開いてくれないかな…」
「心開くって言うより全力で拒否られてない?怖がられてない?何したのアンタ」
「…うう~ん…やっぱり出会いが兎を捌いてるところだったのはマズいと思うのよ、リーンちゃん…」
「は?」
「ひっ?!」
「あー……」
「しかもその後、『良ければこの皮記念にさしあげましょうか!』て…」
「うわぁ…」
「ないないないないむりむりむり」
「だって!寒くなり初めの頃だったから!」
「ノイアちゃん、出家早々の出会いだったから大分ショックだったみたいよぉ……?」
「「うわぁ…」」
「ううううう…」
「…後でフォロー、しておくわねぇ…?」
「……………………お願いします、シスターモティカ…………」
「…んで、なんであんな突拍子もないこと言い出したのよ」
「え、アンタこの流れでよく話戻せたね?」
「うさぎ…うさぎ…」
「ほらぁ!お姫様なんてまだ現実に帰ってこれてないじゃない!」
あの後、他の人が滑ってしまわないよう慌てて事故現場を掃除し、別の階の廊下掃除をしている最中である。
「あれは、お互いの間が悪かったというか…あたしもお世話になってそう時間経ってなかったから接し方間違えちゃったというか…」
「…ちなみにいつの話しよ。」
「じゅっ14の秋かなぁ…」
「去年じゃない」
ビビアの目が先程と違う意味で白くなる。
「うううう…いいの!それより!なんで緑の組紐なのか!て話しよ!」
「…」
「…」
お願いだからその目をやめて!
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