第10話 (元)公爵令嬢セリアナ・シュレーゼンの思い1

「……あたまいたい……」

ズキズキと痛みを訴える頭部を抱える。

泣きすぎて偏頭痛とか、知られたらまたあの悪魔ヒロインに罵られるか嘲笑されるか…

痛みとは別に眉をしかめる。

もう暗くなり始めているようだ。

外作業だと朝早く連れ出されて、直ぐに部屋に立てこもって、泣き腫らして…どのくらい経ったんだろう。

昼餉もとらずに疲れ果てて寝てしまったらしい。

てっきり力づくで作業に連れ戻されると思ったが、そこまではしなかったか。

ギシ、と薄くて安っぽい寝台が音を立て、更に惨めな気持ちにさせる。


_どうしてこうなってしまったの……


部屋は有難いことに一室ずつだが、驚くほど狭い。

ベッドと狭くて小さい文机を置いてあり、1人しかたつことが出来ないような部屋。

小さな窓は、はめ殺し。

告解室をベッド分だけ大きくしたようなこの部屋が、セリアナは大嫌いだった。


_結局これも牢屋みたいなものじゃない…


生まれてからこの方、ずっと牢屋に入れられたようなものだと思う。

公爵令嬢として生まれた。それも何度か王妃を出しているような本物の名家に。

セリアナは小さい頃から頭も良く、見目麗しく、両親は有頂天になった。


_この娘は間違いなく次代の王妃になれる。


そう思った両親は、セリアナを王太子の婚約者として

徹底された教育。それはわずか3歳から始まった。

歴史、諸外国言語、算術、経済術にはじまり足から血が出るほどのマナー教育。

粗相1つおかせば、痕にならない程度の折檻があった。

痕にならない程度、というのは娘を思いやったからではない。

『将来の王妃』という商品の価値を損なわないためだと、幼いながらに気づいてしまった。

本当に小さい頃は、両親に、特に母に何度も泣いて訴えた気がする。

その度に返ってくるのは、叱責か諭す言葉だけだった。

『貴方は王太子妃になるのよ!だと言うのにそんな弱音を吐いて!なんと言う恥知らずなの…』

『いいこと、あなたの為を思って言っているのよ。あなたの幸せのためよ。王太子妃、ひいては王妃になれば、誰もあなたを軽んじなくなる。皆が貴方を大事にしてくれるのよ』

『王太子妃になれなければ何の意味もない!』

繰り返される叱責に心は摩耗していった。


_王太子殿下に選ばれれば、大事にしてもらえるの…?


セリアナの心に残った柔らかい部分が、幼い少女がそれに縋った。

必死になった。

厳しくなった。己にも他人にも。

失敗というものが許せなくなった。

自分の責務を投げ出す事や、身の丈に合わない言動なんて、以ての外だった。

髪を櫛けずるのが下手くそなメイドを世話係から外した。

茶を注ぐとき粗相したメイドを追い出した。

子爵家だというのに身の丈に合わない、偉そうな令嬢を叱責して二度と目の前に現れないようにした。

それが当然だと思った。

両親もそれを許した。


『王妃というものは毅然としなければならない』

『王妃というものは社交界の秩序を守らねばならない』

『王妃というものは厳しい判断も出来なければならない』


全てがセリアナを肯定してくれた。

それは両親から初めて与えられた肯定だった。

そして


『はじめまして、シュレーゼン公爵令嬢』


王太子殿下に初めて対面を果たした時。

天使がいるのだと思った。

自分よりも濃い、蜜のような金の髪。

すっと通った鼻筋に桜色の薄い唇。

何より翠玉のような美しい瞳。

天使だ。

天の神が、わたくしの為にこの方を地上に遣わして下さったのだ。


この人の為に、今までの自分があったのだ…!


どうしようもないほど恋をした。

努力と実家の根回しの甲斐もあり、11歳で見事、王太子殿下の婚約者の座を射止めた。



当然だと思う気持ちと。


あの人に選ばれたのだと浮かれる気持ち。




この時から転落がはじまったのだと、知る由もなく。

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