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 その儀式に瑞希は呼ばれていない。村の神社の祭事には必ず巫子である自分が参加するはずなのに……。

 なんだか嫌な胸騒ぎのした瑞希は、その詳細を子供の頃から可愛がってくれていて何かと頼りにしている、伯父、水無月桃治に尋ねた。彼は今現在東京に住んでいる。

 電話先の桃治は「……まさか……」と小さく呟く。

 瑞希が何が行われるんだと問い詰めると、桃治は重い口を開き、口で説明するよりも早いと、蔵の一番奥にある重箱の中の絵巻を見ろと言ったのだ。それが捧げ者の儀式だった。


 ふと現実に戻され、瑞希は辺りの様子が変わっていることに気づいた。

 駅舎に向かって無数の光が見える。

 引き返すため方向転換をしようとして思わず自転車がスライドし、瑞希は自転車から転げ落ちた。 

 倒れていた瑞希の目の前にスニーカーを穿いた野太い足がにゅっと現れた。

 見上げるとそこには村一番の力持ちの雄大に背負われた、袴姿のじいちゃんがこちらを見ていた。

 じいちゃんは昔から足が悪いので、恐らく雄大が足代りになっているのだろう。ゆっくりとその場に降りた。

 

「汽車などとっくに止めておるわ」

「じぃちゃん!」

「な、なんで……」


 瑞希は傷の痛みが消えるほど重い絶望感と、震えが止まらない……。


「お前の父親も、わしの兄もみんなそうして捧げられたのじゃ……。前もって伝えればみな逃げる。だからこそわしらはあえてこの駅舎を捧げの儀式の場所として使うことにした」


 目の前が眩しい光で一杯になった。

 駅そのものが光り出す。


 いつの間にか瑞希は村人に取り囲まれていた。

 幾つもの手が瑞希の服を掴み体を抱えて運ぼうとする。


「やめて! やめてくれ!」

「当日に伝えても、前もって伝えても結果は同じじゃ。それならばいっそのこと何も情報なしに一瞬で鬼の元へ届けてやろうと思ったんじゃ」

 駅舎のホームに運び込まれると、瑞希の服が幾人もの手ではぎ取られはじめた。

「さぁ、瑞希殿出発の時間ですぞ」

「いやだぁ! 誰か、誰か助けっ」

「裸一つでなければ神鬼道は通れませぬ」

瑞希は裸のまま紐でぐるぐる巻きにされ、口を布で塞がれ、頭の後ろで縛られた。

「さ、捧げの儀式を始めるぞ」

 宮司のじいちゃんが周りの村人たちに指示をする。

「待てっ!」

 その時、駅舎の屋根の上に一人の黒髪の男が現れた。

 きりりとした眉毛に口角の上がった唇。いつもは愛嬌のある丸い瞳も今日は吊り上がり、怒りの色に変えていた。

「まさか、まだ捧げの儀式が続いていたとは……」

「桃治? いつこちらにきたっ」

 明らかに村の者がみな怯む。

「親父、もうこんなこと止めにしてください」

「桃治伯父さん!」

 瑞希は身を乗り出して、久々に会う伯父に思わず涙が滲んだ。

 時折村に訪れては真っ先に瑞希に会いに来てくれる、母方の兄の桃治。

 彼は神社を継ぐ立場にはなかったが、その血は継ぐものではあった。

 しかし、それは宮司などの神社に仕える物ではない。

 彼は子供の頃はまだ村にいて瑞希は懐いていた。

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