第36話 桜刃組の現状
安藤が僕を放し、向かいに座り直す。鞄からティッシュを取り出して、目元に押し当てた。それから、別人のような柔らかな微笑を僕に向けた。
「今の桜刃組は歪な状態です。かなちゃんが入ってきちゃったり、時也さんがいなくなっちゃたり、清ちゃんが入ってきちゃったり。清ちゃんのお蔭で雰囲気は明るくなったんですが、やっぱり安定はしてません。特に、地元の夜のお店へのサポートの部分が欠けています。時也さんは女の人の扱いが上手かったから、頼りっぱなしだったんですよね。大和さんにはそこを補ってもらいたいんですよ」
僕が想像できないで困惑すると、安藤は更に情報を増やした。
「勿論、暴力沙汰はかなちゃん達に任せちゃいますよ。大和さんが苦手なことはやらなくて良いんです。それが在さんの考え方です」
在の名前に安心感を覚えて、体が緩むのを感じた。安藤も態度を柔らかにしていき、足まで組み出した。
「あと、経理ですね。奈央子ちゃんがメインで、在さんもやってますね。仕事量……まあ主に銃火器の密輸入なんですが、増えてきちゃっててんてこ舞いです。大和さんがいると楽になりますね。今も近いことやってますよね?」
「いや、それ程は」
僕はやっと声を出せた。
「……裏鍛鍛冶屋では窯次郎と仁子が殆どやっているんだ。僕も少しはやるけど、雑用の方が多いよ。資格も何も無いし」
安藤が目と口を開いて固まった。それから両手を口元にやって、目を泳がせた。
喋らないでいると、女にしか見えないから性質が悪い。庇ってやりたくなる。
「全くの素人よりかは使い物になるかもしれないが」
「で、ですよねえ! そう、それに今現状、奈央子ちゃんが事務所を一人で守っている時間があるのも問題なんです。皆、銃火器を売りに外に出ちゃうんですよ。というか、奈央子ちゃん以外皆外出るの大好きなんですね。在さんも、猪沢さんも。大和さんが彼女と組んで仕事してくれたら心強いです」
「清美は? 奈央子と組まないのか?」
「清ちゃんもお外と人間大好きなので、他の人についてちゃっいますね」
「危ないじゃないか」
「喧嘩強いんですよ。高校生の時に最強の不良でしたもん。その上、焔に習い始めたんですよ」
百八十五センチもあって喧嘩慣れしていたら、女でも戦えるのだろうか。清美に興味が出てきた。
「清美の写真は無いのか?」
「用意してませんね。残念ながら!」
安藤が露骨に目を逸らした。
先程の晴海の資料が主に四年前のものだったことから察するに、この男は異常なまでに準備してきているのだろう。清美の写真を持ってないというのは、意図的なものに違いない。
その理由を考えてみる。
橘宗助が美人な妻との写真を送り付けてきて、それを見た僕が妻の姿から清美の姿を想像してしまった。この動きはこの件に噛んでいる人間全てが想定していることなのだろう。つまり、清美は餌なのだ。しかし、本人の写真一枚でそうではなくなってしまう。
「父親似で微妙な顏なのか」
安藤が「ん」と喉を震わせた。わざとらしい咳払いをして、「ええとえと」と繰り返した。目は異様に泳いでいる。
「僕は綺麗だと思いますよ。あ、あと、表情が可愛いですよ。よく笑いますし、ころころ変わりますし」
ぼんやりとしかイメージできないが、まあ好印象だ。
「体は? 背が高いって以外にも母に似ている所とか無いのか?」
安藤はまた固まった。そして、偽乳を下から持ち上げて揺らした。まあつまりはそういうことなので、肯いた。キャアと小さく叫ばれ、苛立った。
「大きい方なんじゃないですかあ? 全体的にセクシーに感じますよ、僕は」
「随分あっさりと言うんだね」
「ええと、何て言うんですかねえ。ほおら、いるじゃないですか。性的に見たくならない子」
「見た目と性格が良くないってこと?」
「清ちゃん程性格の良い子なんてなかなかいませんよ。見た目は僕の性的な好みに合致しまくりますね。でも、こう、友達という関係でいたいんですよ」
「何で?」
理解不能な感覚だった。安藤が酸っぱそうな顔をした。
「……友達として一緒にはしゃぐのが楽しいからですかねえ」
「でも、あわよくば恋人になりたいだろ。そんなに好きなら」
「……逆に聞きますけど、清ちゃんや奈央子ちゃんとそういう関係になりたいんですか?」
「まあ、互いにフリーであって気が合えば。普通そうじゃないの?」
「普通」と繰り返して、安藤は天を仰いだ。それから、「ですよねええっ」と叫びながら、机に突っ伏した。
「フリーじゃないのか?」
「奈央子ちゃんは在さんに長年片思い中ですね」
「清美は?」
「清ちゃんはあ、フリーですけど……何だかなあ……恋愛に向くタイプじゃないというか」
「結局、君が清美を好きだってことだろ。だけど、清美には友達としか見られてない」
安藤は勢いよく顔をあげた。眉も唇も複雑に曲げられていた。
彼の素顔はまだ見たことが無いが、恐らくそれなりに美形なのだろう。しかし、言動がよろしくないに違いない。お喋りが過ぎるし、頼りがいがあまりにも無い。誰に対しても友達止まりになりやすいタイプなのだろう。
僕の考えを見透かしたように、安藤は僕を睨みつけた。
「まあ、大和さんが言うことは一理ありますね。貴方が清ちゃんに手を出そうとするなら、僕だって駒を進めますよ」
安藤が挑発的に僕の爪先を軽く蹴った。唇も尖っていた。男にありがちな浅ましさを見せつけられ、自然と嘲笑してしまった。
安藤がかあと頬を染める。
「言っておきますけどねえ、清ちゃんの恋愛にならなさが凄いんですよ。良い感じになっても全部おふざけになっちゃうんですからね」
「それは君が弄ばれてるんだろ」
「清ちゃんはそんな考えしません。自分が恋愛対象になることが論外だと思っちゃってるんですよ。変な形で初心なんです、あの子は」
「君が男として見られていないだけだろ」
安藤が勢いよく机を両手で叩いて立ち上がった。
「実際会ってない貴方には分かりませんよ」
暴力的な仕草に苛立ったから、煽ってやる。
「そりゃあ、幼稚な情報屋に情報を制限されてるから仕方が無いね」
「……っ、宗助さんの指示です」
「言い訳じゃないのか」
「本当ですってば。だいたい、奈央子ちゃんはどうなんですか。あの子も可愛いじゃないですか」
「奈央子は……」
一ノ宮時也の屍に縋りついて、大泣きしている姿が浮かんだ。何だか惹かれるものが無い。幼い感じがするだろうからか。それとも、他の男に心を奪われていると確定してしまっているからだろうか。
「あまり。清美の方が気になる。本当は母似の美人なんじゃないのか? 写真くらい持ってるだろう」
「父親似ですってば。そこまで言うなら似顔絵書きますよ」
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