第22話 桜刃組の訪問

 父は苛立ちを隠すことなく、僕を怒鳴りつけた。

「何だ、その格好は!」

 父は喪服を着ていた。父の数歩後ろにいた亜久里も喪服を着ていた。いくら屍を扱うといっても、その選択は正しいのだろうか。

 僕が答えないでいると、父が溜息を吐いた。亜久里が僕達の間に割って入る。

「やまくんもはよ着替えーよ。あと二十分で来てまうよ。何処にしもたか覚えとる?」

 頷いて自室に逃げた。父が追いかけて来たが、自室に入られそうになった手前で扉を閉めた。

 クローゼットの端に掛けていた喪服に急いで着替えて扉を開けると、父は満足げに頷いた。

 それから三人で居間にいった。食事をする時と同じ席に座ったが、父は何も言わずにじっと僕を見ていた。僕は押し黙るしか無かった。

 亜久里は不安らしくよく喋った。仁子のくれた豆大福にはしゃいで台所まで持っていき、冷蔵庫から取り出した麦茶を三人分ついで僕達の前に並べた。亜久里は座りもせず、怖い父相手に擦り寄った。

「桜刃組の方々にお茶くらい出した方がええよね。何人来はるんかなあ? 今何人居りはんの?」

 父は肩を下げ、亜久里の調子に合わせた。

「四人だよ。二人しか来ないだろうけど」

 亜久里が父の組まれた手の上に手を重ね、顔を更に近づけた。

「誰と誰?」

「優作と三ツ矢かなで

 三ツ矢という名前を思わず繰り返した。亜久里は盛り上げるようにキャーと叫んだ。

「三ツ矢ってあの子やろ。随分前に組長さんと来た可愛らしい男の子やろ?」

「その子のいとこの男の子だよ。在君が自らスカウトした逸材らしい」

 父は機嫌が上向きになっていった。僕はどう受け止めればいいか分からなかった。

 焔のような中性的な見た目であれば、負担は軽減する。更に、性格まで焔に似ていれば負担にさえならないだろう。

 しかし、在が焔の親戚を引き入れたという事実に鳥肌が立った。初めて真面な状態の彼の行動を知ったが、何だか人として狂っているように感じた。

 父は楽しそうに話を続けた。

「僕も初めて会うんだ。どんな子か楽しみだな。優作は頼りないから、しっかりした子であればいいけど。まあ、在君が選んだからには間違いないかな」

 亜久里は笑みをつくって、馬鹿みたいに万歳した。

「私も楽しみになってきたわ。そや! 折角やし、仁子さんの大福も食べてもらおうや。あ! この前お父さんから貰った玉露も飲んでもらお!」

 亜久里はスキップで台所を向かった。父と二人きりになりたくなくて、僕もその背中を追いかける。

「僕は別のものにしてほしいな」

 亜久里はくるりと振り返ると、ぴょんと跳ねた。

「夜やしね! 私もきついわあ。私とやまくんはどないしよ。ノンカフェインのコーヒーまだあったっけ?」

 亜久里をよく見ると目が異様に見開かれて、睫毛が震えていた。憐憫の情が湧いた。彼女の茶番に付き合ってやることにした。

「麦茶で良いんじゃないか。冷蔵庫にあるし」

「えー、あったかいのがええなあ」

「じゃあ、ほうじ茶。ティーバックがまだ残っていた筈だよ」

「コーヒーより合うなあ! さっすがやまくん! 頼りになるわあ」

「まあね」

 そう答えて茶器を棚から出すと、亜久里は別の棚の奥にしまい込んでいた玉露を取り出した。封を切ってその匂いを嗅ぎ、僕に突撃してきた。

「ええ匂いやよ! 封切った人の特権、おすそ分け!」

 正直カフェインの入っているものは夜に匂いすら嗅ぎたくなかったが、合わせて大袈裟に喜んでみせた。すると、亜久里は更に大きく喜んでみせた。それを横目に僕は大福用に皿を五枚取り出した。果たして屍を引き取る準備をした後で大福を食べる気力が湧くだろうか、という根本的な疑問が湧いた。しかし、何かをしていないと僕も亜久里も壊れてしまいそうで二人で準備を続けた。

 亜久里がやかんをコンロの上に置いた後、車の音がした。

 「おい!」と父が神経質に叫んだので、僕達は急いで居間に戻った。

 父は亜久里に麦茶のグラスを渡しながら、僕を見据えた。

「亜久里はお茶の用意をしろ。大和は僕と来い」

 嫌だと思った時には手を掴まれていた。亜久里が緊張した面持ちで頷くや否や、父は僕を引きずって玄関へと走った。いつの間にか並べられていた黒の革靴を興奮した父に投げ渡されたので、服が汚れないように避けた。壁に当たって落ちたそれを拾い座って履き始めた頃にはもう既に父は履き終えていた。両足が革靴の中にすっぽり収まったところで、ドアチャイムが鳴った。

 父が僕の背中を引っ張って立たせた。そして、僕の手を握って扉を開いた。

 じとりと夜気が纏わりついた。僕の手が放された。父は扉を開いたまま固まっていた。父の異常に危険を感じて、数歩下がった。

「……あの!」

 知らない声が外から入って来た。男とも女とも言い切れない絶妙な高さのあっさりとした声だった。猪沢の声でも在の声でも安藤に聞かされた奈央子の声でも無いから、三ツ矢奏のものだろう。

 父がぶるりと体を震わせて、後ろ手に僕の腕を掴んだ。父が歩き出そうとした時に再び同じ声が響いた。

「そちらに入ってもよろしいですか?」

 父が困惑しながら止まった。

「え、ええ、ええ、ええ、どうぞ」

 お邪魔しますだの、失礼しますだの挨拶が三人分続いた。三ツ矢奏以外の声は両方聞き覚えがあった。奈央子、そして、在。

 父がエラーを起こしている理由を悟った。「靴を脱ぐ」と僕が囁くと、父はがくんと頷いて手を放した。

 二人で靴を脱いで靴箱に片付けた。そう広い玄関ではないから、五人もいたら邪魔になる。そんな言い訳を思いつき、「居間に行く」と告げると後ろ手で叩かれた。

 仕方なく三人を玄関で出迎えることになった。三人の姿は異様で言葉が出てこなかった。

 まず、在。十代の頃の彼を遠目に見たことがあっただけなので、予想以上の背の高さに驚かされた。ビリーよりも高い。百九十近くはあるだろう。屍の彼女と瓜二つの美貌だが、表情が無くて彼女よりも人間味が見受けられなかった。

 次に、奈央子。ワンピースタイプの喪服に真珠の首飾りをしていたが、それがミルクティーベージュのシニヨンに似合っていなかった。顔は青白く、今にも決壊しそうな緊張した面持ちだった。

 最後に、奏。彼も他二人同様に喪服だったが、ネクタイの代わりに黒革のチョーカーをしていた。髪は長く、頭頂部辺りで結い上げた髪があちらこちらに跳ねてパイナップルを思わせた。これらの特徴だけでも十分奇抜だが、左顔全体に黒いタトゥーがあった。よく見ると右手にもあった。瞳は深い青色だ。顔つきは焔と同じく中性的だが、焔にあったコケティッシュな魅力が無い。むすっとしていて、僕と目が合うと睨みつけて来た。

 父はずっと在に見惚れて動けずにいた。居間では亜久里がお茶を用意しているのだ。早く先導しろと念じていたら、奈央子が震える声で急かした。

「一ノ宮さん達に会わせてください……」

 父ははっとして、屍の部屋に案内し出した。しかも、僕の腕を掴んで引っ張った。仕方なく父の背中を追う形になった。僕の後ろには奏がせかせかとついてきていた。その次は奈央子。最後に在。

 父は部屋に入ると扉を最大限に開け広げた。僕は父の隣に立った。

 奏は動揺することも無く部屋の中に入った。二人の屍の間を歩きながら部屋全体を見渡して部屋の中央辺りで止まった。

 続く奈央子は暫く部屋の前に立ち止まっていた。在に肩を叩かれてやっとゆっくりと部屋の中に入って奏の隣まで歩いた。

 在は奈央子の数歩後ろに続いた。表情の変化は無かったが、ぼんやりと一ノ宮の方ばかりを見ていた。

 在が止まると、奈央子が一ノ宮の方を向いてしゃがみこみ、ぺたぺたと腕や胸を触った。

 在は奈央子の隣でしゃがみこんだ。奏は立ったまま二人を見下ろし、平坦に在に話しかけた。

「……奏は車を取ってきます」

 在も立ち上がろうとすると、奈央子が在に縋りついた。奏は一瞥すると二人の横を通り過ぎた。そのまま、父に向かって行った。

「鹿村信濃さん、案内を頼みます」

 父はぎこちなく肯いた。

「あ、ああ、勿論」

 そのまま奏を避けるように後ろ歩きで部屋を出た。僕も続こうとすると、急に父は怒鳴った。

「大和は二人についてろ。失礼の無いようにするんだぞ」

 僕が身を引くと、奏が静かに扉を閉めた。仕方なく在の隣まで行って座った。

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