第5話 「今度の相手は話して分かる奴じゃなさそうね!」

 昼少し前といった時間帯だったので、地下鉄の乗客は少なかったけど、照明の消えた車輌からみんなは不安顔でぞろぞろとホームへと降りて様子を見ている感じだった。

 甲斐路は走ってホームの先頭に向かい、慌てて僕も後を追った。


 ホームの先端に行くと、電車の運転手も車輌から降りて前方トンネルの先を探るように見つめていた。

「…いったい何があったんでしょうか?」

 甲斐路が運転手に訊くと、運転手は僕たちに振り返って答えた。

「分かりません…線路もしくは架線に何かのトラブルが起きたとは思いますが…」

 その時、掛賀先生もこっちへ歩いて来て、僕たち3人がホーム先端に集まった。

 全員で暗いトンネル先を凝視した時、甲斐路がボソッと言った。

「何か…潮の香りがする」

「えっ !? 」

 運転手が小さく叫んだ。

「…トンネルから、少し風が吹いて来たわ ! 」

 掛賀先生がそう言った瞬間、

「まずい !! 」

 運転手が叫んだ。…そして僕たちに振り向いて大声で言った。

「逃げて下さい!…ホームから階段を上がって地上へっ !! 急いでっ!」

 さらに運転手はホームを走りながら乗客らに叫んだ。

「皆さん、階段を上がってホームから逃げて下さい!…電車は動きません! 大至急上へっ !! 急いで下さいっ!」

 僕はハッ ! として叫んだ。

「逃げよう!…水が来る !! 」

 …その時トンネルの先から 、

「 ドドドドドドドド…… ! 」

 と不気味な音が響いて来た。

「キャーッ!」

「わぁ~っ!ヤバいっ !! 」

 ホームにいた人たちが叫び、みんな必死に地上に向かって階段を上がり始めた。

 僕たち3人も懸命にホームを走り、階段までたどり着いた時、一瞬後ろを振り返ると、さっきまで居たホーム端の先のトンネル壁に水しぶきが跳ねるのが見えた。

「急げっ !! 」

 誰かが叫び、他の乗客も僕たち3人も必死に階段を駆け上がる。

「ガシャーッ !! …ギギギ」

 背後で何か金属がぶつかるような音がしたが、もう振り返る余裕は無かった。…次の瞬間、ホームに

「ザバーッ!」

「バシャーッ !! 」

 と水音が響き、僕たちの足元に霧状になった飛沫が上がって来たが、何とか間一髪で3人とも水に飲み込まれずにすんだようだった。

 改札前のコンコースの状況を見ると、他の乗客らも必死に逃げ切れたみたいで、流された人がいた感じは無かった。…しかしはっきりしたことは分からない。

「地上に出ましょう!」

 改札を通ると、先生がそう言って、僕たちは地上出口に通じる地下道を急いだ。

 しかし出口目前まで来た時、突然

「 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…!」

 と、地鳴りが聞こえて来て、足元が揺れ、地下道の壁タイルに「ピシッ!」と音がして亀裂が走った。

 地下道にいた他の何人かから悲鳴が上がる。

「早く外へっ !! 」

 思わず僕はそう叫んで、よろめきながら僕たち3人は地上出口への階段を上がった。


 息を切らして出た場所は、新大橋通りと佃大橋からの通りがクロスする入船町交差点だった。

 夏の太陽がほとんど真上にギラついていて、地上はいきなり暑い。

 すると、僕たち3人の耳にけたたましい車のブレーキ音が唐突に聞こえて来た。

「ドン ! 」「ドン ! 」「ドン ! 」

 続いて車が追突する衝撃音が響く!

「新大橋通り、右よっ!乙ちゃん !! 」

 甲斐路が叫んだ。

 その方角 (八丁堀方面) へ目を向けると、交差点から200メートルほど先、並んだビルに挟まれた新大橋通りに異変が起きていた。

 見ると、道路中央付近のアスファルトがずんずんと大きく盛り上がって行く。

 そのために急ブレーキをかけた車に

 後続車がドン!ドン! と追突した様子が見て取れた。

 さらに盛り上がって行くアスファルトの裂け目からは上方に向けて土砂が吹き出し、止まった車からは人が慌てて降りて交差点方向に逃げ出す。

「いったい何が起こってるんだ !? 」

 僕がそう叫んで甲斐路に振り向くと、何と先生と甲斐路はスマホで状況を撮影していた。

 そして、ついにアスファルト舗装は割れて板状に吹き飛ばされ、最前部の車はひっくり返って後ろの車に重なった。

 吹き上がる土砂とアスファルト片の中から何か巨大な黒いかたまりが現れ、次には黒い太いワイヤーのようなものが地中からまっすぐ上に突き抜けるように飛び出て来た。

 新大橋通りは、車を降りて逃げまどうひとや歩道で叫び声を上げる人などで一瞬のうちにパニック状態になり、交差点角の交番から出て来て状況を確認した警官は、慌てて事件が起きてる側の横断歩道上に赤いコーンを並べて通りの封鎖に入っていた。

 そして、黒いかたまりはさらに地表にその姿を現して来た。

 最初に見えた黒いかたまりは、両端に赤いガラスのように光る眼を着けた頭部だった。その眼の少し下からはさっき上に向けて伸ばしたワイヤーのような長い触覚が生えていた。…さらに頭部の下は黒銀色に鈍く光沢を放つ硬い金属のような胴体が続いて、ギザギザの着いた昆虫のような脚を通り脇のビルの窓に突っ込んでその胴体を地中から持ち上げながら、ついに新大橋通り上に全身を現した。

「ギギギギギ…… !! 」

 そして不気味な泣き声を上げた。

「…まるで巨大な甲虫ね!触覚の長いカナブンみたいな形状 !! 」

 先生が興奮気味に言った。

「アレ、大怪獣じゃないですかっ!」

 思わず僕は大声で叫んでいた。

「…今度の相手は話して分かる奴じゃなさそうね!」

 甲斐路がボソリと呟いた。











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