第3話 「過電流を浴びてモーターがショートしたんですよ!」


 …大宮駅の西口改札の外では、薄いアイボリー色の作業着のおじさんが僕たちを待っていた。

「ネキシコ首都圏高速の近尾です!」

 40歳くらい、やや小太りのその人は僕たちに名刺を渡しながら言った。

「近尾 郁夫(ちかおいくお)さん…ですね?…今日はよろしくお願いします」

 僕たちも挨拶を返し、先生がそう応える。


 駅前近くのコインパーキングに駐めてあった車に乗り、僕たちは地下トンネルの現場に向かった。

 車は白の営業車、ボディのサイドに「ネキシコ首都圏高速」と文字の入った乗用車だった。


 近尾さんは車を新都心西ランプから首都高速埼玉大宮線に乗せてアクセルを踏み込む。

 その時カーラジオからニュースが聞こえて来た。

「…昨日復旧した、世田谷区と杉並区の停電事故について、T電力から新たな検証結果の発表がありました。…それによると直接の停電の原因は、地下変電所内にて変圧器の手前の送電ケーブルが切断されていたことによるものということです。なお、調査の結果、変電所の壁面に直径2メートルほどの穴が開けられており、人為的な破壊行為があった可能性もあるとみて、T電力は警察の捜査協力を依頼するとしています」

 …それを聞いて僕と甲斐路は顔を見合わせた。

「掛賀先生、地下変電所内で送電ケーブル切断とか、壁に2メートル径の穴を開けるなんてことが、実際に出来るものなんですか?」

 後席から僕は助手席の先生に質問をぶつけてみた。

 先生は僕と甲斐路に振り返ったが、

「…そうねぇ…それは私の専門外だから何とも…」

 戸惑いの顔を見せた。すると、

「それは少なくとも人間には不可能ですね!」

 突然にハンドルを握る近尾さんがキッパリと答えた。

 …その時ちょうど車は美女木ジャンクションから右折して東京外周高速に入り、大泉方面へと方向を変えた。


「変電所に送電されて来るのは27万ボルト以上の超高圧電流です。いきなりそのケーブルを切断したら感電して即死しますよ!…壁に2メートル径の穴を開けるにしても、パワー重機を入れて壊すしかありません。すでに完成してる地下変電所に後からそんな物を持ち込む方法など無いですから」

 近尾さんはちょっと顔を険しくして言った。

「……ですよね」

 僕の隣で甲斐路が微妙なあいづちをうった。


 東京外周高速道路を走る車は、荒川を渡って和光の連続トンネルへと入った。

「…例のC市地下のトンネル工事は現在中断してるんですよね?…やはり地上の陥没被害のためなんですか?」

 掛賀先生が近尾さんに質問した。

「う~ん、もちろんそれもありますが、実はもっと直接的で重大な事態が起きまして…」

「直接的で重大な事態?…」

 僕たち三人が同時に言った。

「シールドマシンが…高圧の過電流を浴びてモーターがショートしたんですよ!」

「…え?」

「あぁ…え~と、シールドマシンってのは掘削機のことです、…現在ほとんどのトンネルはシールド工法と言って、シールドマシンで掘ってるんですよ」

「でっかいドリルカーみたいなやつですか?」

 僕が質問した。

「ドリルではなくて、トンネル径の巨大な回転おろし金みたいなやつで地中を削りながら、同時にトンネル壁を造って進むマシンですね」

「へぇ~~ !? 」

 僕たち三人は同時に驚声を上げた。


 車はトンネルを抜けて、大泉ジャンクションにさしかかった。関越道に連絡する車道の左側に、建設中の本線となるトンネル口があり、その前には警備員スタイルのおじさんが立っていて、僕たちの車を誘導する。

 どかされたバリケードの間を車は入って、近尾さんは警備員おじさんに片手を上げ、間もなく未開通ルートのトンネルに入って再びアクセルを踏み込んだ。


 …トンネル内はまだアスファルト舗装こそされてないまでも、ほとんど完成されていた。

 車はコンクリート床の上をずんずん進んで行く。

 トンネル天井の右側に並ぶ照明は、半分くらい灯されていて、それでも車の進行には不足の無い明るさを保っていた。

「…今日見て頂きたいのはですね、工事中断地点がけっこう深い地下部分であるにも関わらず、何故マシンの掘削刃が高圧過電流を受けたのかってことと、トンネル壁に外圧で出来た亀裂が発生してることです!…いずれもマシンや工事自体からの発生トラブルとは思えないんですよ」

 まるで愚痴るように近尾さんが言った。

「…宇都宮での先生がたの活躍は私も存じ上げてます。今回のトラブルも、我々の想像出来ない外部からの何がしかの力が作用してる気がしてならないんですよ!」

「はあ… ! 」

 未開通のトンネルを走りながらの近尾さんの話は、何か僕の背中を薄ら寒くさせた。


 …そしてフロントガラスの前方に、トンネル内照明が途切れている地点が見えて来た。

「間もなく現場に到着します。…すみませんが後席のうしろにヘルメットがありますから、車から降りる際に装着して下さい ! …決まりなので」

 近尾さんがそう言って、車を減速させた。

 僕の緊張感は高まったけど、隣の甲斐路をチラッと覗けば、眼がキラン☆と光ったように見えた。



 ※ この作品はフィクションです。実在の企業とは無関係であり、トンネル工事現場状況情景などは筆者の創造によるものです。


















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