第8話 やりたい事。叶えたい事。
「家族想い。それがあなたの力の源かもしれないわ」
手から伝わる温度に、心までもが温かくなったような気がして、ノアは瞳を閉じ「そうかもしれないですね」と答えた。
「そこで提案なの。二人とも、あたしたちと一緒に来ない? マインドと戦うことになるけど、二人の力を最大限に生かすことができるわ。それに好きなことをもっとできるようになるし、会いたい人に会えるかもしれない」
絵を描きたい。その想いが強いヘルツ。
父に会いたい。その想いで動き出したばかりのノア。
互いにそれぞれ迷った。出会ったばかりの相手の言葉を信じていいのか、と。
だが、自分の中の大きな想いが不安も迷いも払いのける。
「行きます! 親父に会えるのなら!」
何年も会えていない父に会うべく、家を出た。最初はちょっとした情報収集のつもりであったが、大きな進展だ。彼女と共に道を進んだのなら、父に会える可能性が上がる。どこにいるかも、わからない父に会って言いたいことはたくさんある。
今まで何をしていたのか。
何故帰ってこなかったのか。
それまでに起きたすべてのこと。
そして、母のこと。
聞きたい事、伝えたい事。全部話して、そして言ってもらいたい事もある。
頑張った、よくやった。成長した。そんな言葉をずっとかけてもらっていない。
ずっと蓄えてきた想いが言葉になる。
「いい返事だわ」
ノアから離れたベルベットは、次なる答えを求めて、ヘルツに問う。
「あなたはどう?」
「……僕、は……」
迷っているようだった。目を合わせることなく、小さな声で言葉を放つ。聞き洩らさないように全員が耳を傾けた。
「絵を描いていたい。もっと見たものも、頭の中で浮かんだものを描いていたい。それが誰かの助けになるのなら、そうしたい。だけど、ここから離れる訳にはいかない」
「あら、どうして?」
「だって……」
ヘルツの眼がサラを写す。描いていたいのは本心。されど、サラに関してひっかかることがあるようだった。
「サラを一人にするわけには――」
「私は大丈夫だから! ヘルツはヘルツの好きなことをやって!」
「サラ……」
「大丈夫だよ。みんなにしっかり謝って、傷つけてしまったことを償いたい。私が壊してしまったこの街を元に戻さないと。それが私がやるべきことだもの。ヘルツはヘルツでやりたいことをやって、ね?」
「う……でも……」
それでも心配だと、ヘルツは口を閉ざしてしまった。
「なよなよしていて気持ち悪いんだよ。やりたいことをやるって決められねぇ奴がマインドを倒せるはずがねぇ」
「レオン! 貴方、その言い方は!」
「るせぇ。事実だろ。覚悟もねぇやつができることじゃねぇ。中途半端な気持ちでやっても、すぐに死ぬ。無駄死にだ。だったらずっと引きこもっていりゃあいい」
棘があっても、レオンの言葉は事実だった。それゆえ、ベルベットは否定できずに黙り込む。
「ずっとこの狭い街で籠って、その女と遊んでりゃいいだろ。それが本当にやりたいことであるのなら」
「うるさい! あんたに何がわかるんだよ。適当な事いうな! 僕は! 僕がやりたいのは、じいちゃんみたいに、自分にできることを活かして人の支えになりたい!」
今まで小さい声しか出さなかったヘルツが、初めて大声を出した。合わせて顔を覆っていたフードが外れて顔があらわになる。
白い肌に癖の強い深緑のような髪。月と同じ黄金の瞳には強い意思がこもる。
「だったらごたごた言うんじゃなくて、やれよ」
「っ……! 言われなくてもやります!」
ヘルツはそう言いきったあと、はっとしたように再びフードをかぶって顔を隠した。
「うふふ、決まりね。二人とも、あたしたちと一緒に行きましょうか」
「僕たちはどこに行けばいいんです?」
「それはね、マインド討伐組織、ルべルス本部よ!」
腰に手を当てて、人差し指を立てるベルベット。ノアたちよりもずっと年上の彼女であるが、どこか行動が幼く見える。
「……その場所を伝えるのが普通だろ、このババア――」
「打ち抜くわよ、その心臓を」
手で銃の形を作り、ふざけたように「バーン」と言う。年齢不詳の彼女と、横暴なレオン。二人の関係がいまだによくわからないままで、ノアは苦笑いを浮かべた。
こうして、父に会うという当初の目的を果たすために、レオン・ベルベットが属するルべルスに加わることとなったノアは、多くの人と出会い、たくさんの想いに触れていくことになるが、それはまた、別の話――……。
了
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