魔獣の星(2)

 防衛軍の基地を出たディタンが帰宅した頃には空が紫色に変わっていた。

 部屋着に着替えて食堂に入るとビゴール達が食事をしていた。

 「ただいま帰りました」

 「お帰り。今日もご苦労様」

 パールズが微笑んでディタンを迎えた。

 「ようディタン。帰って来たか。座りなよ」

 シセが淡々と話しながら椅子を引いた。

 「お前……ゼツロスの言葉でその話し方やめろよ」

 「ハハハ、別に面白いからやめなくていいぞシセ。地球ではこんな言葉遣いで話すのか」

 ビゴールが大笑いした。ディタンはため息をついた。

 「ねえ。魔獣が出たんだって?怖いわ」

 レクテがスープを飲みながら言った。

 「ああ、でも大した事なかったよ。ここにいれば安心だ。そうそう、今度ギミケルトへ行く事になったんだ」

 「ほお、ギミケルトですか」

 ガンズがディタンの前に料理を差し出しながら言った。

 「ふむ……ギミケルトか。魔獣使いの住む星だな。行った事あったな」

 ビゴールが思い出したように言った。

 《ギミケルト》──大陸を緑に覆われた星で長年に渡り外交を絶っていたが空間の裂け目が起きて住民が他の星へ飛ばされ、魔獣使いの存在が明らかになると戦力欲しさに他の星が軍を率いて占領しようとした。しかし星を守る魔獣が軍を撃退して以来、パラ連合軍に加盟しながらも半独立状態が続いていた。

 「軍も撃退する魔獣か……今度の化け物退治は簡単に済みそうにないな」

 ビゴールの話を聞いたディタンはため息をつきながら食事した。

 「戦う相手が守護獣ならかなり手強いですよ」

 「そんなに強い奴がいるのか。ルベルジアって奴以上に」

 果物を頬張りながらディタンはガンズに訊いた。

 「伝説だと古代ギミケルト人と同化しながら人としての心を持たない狂暴な魔獣がずっと眠りについているそうです。星の守護獣、ザジラビマの伝説です」

 「ザジラ……ビマ?また難しい名前だな。取りあえず頑張るわ」

 「本当、怪我しないでね」

 レクテが心配な顔でディタンに話した。

 「もし長老に会って私の名前を知っていたらよろしく言っといてくれ」

 ビゴールがカップを置いてディタンに言った。

 ディタンは「わかりました。それでは」と一礼して自室へ戻った。

 「ギミケルト星の現状を知りたい」

部屋の机の端末にディタンが話しかけるとギミケルトに関する情報が表示された。大筋はビゴールの話の通りだった。ギミケルト人でも魔獣を召喚できない者が増えて軍を設立して星の防衛に努めていた。

 「時間と共に魔獣使いが減っているのか」

 ディタンが端末を操作していると「失礼します」とガンズが部屋に入って来た。

 「今回の出撃はおやめになりませんか?」

 「何だよ。いきなり」

 「いえ。せっかくレクテ様とも一緒にいられるのに他の星へ出かけるのもどうかと」

 「レクテが一緒にいたいとごねているのか」

 「いえ、そんな訳ではないのです。ただこの星ではレクテ様は友達が作れずに屋敷にずっといらっしゃるので寂しいのではと」

 「確かにこの星の連中は友達という感覚がなくて自分の役割を果たしているだけだからな。亡国の姫となると尚更友達が出来づらいし……移住の話はどうなっているんだ?」

 「残念ながら頓挫しています。正直受け入れる星があるかどうか微妙なところです」

 「そうか……俺も気になっているのだが今は防衛軍を手伝っている身だからな。帰って来てゆっくり考えるよ」

 「それにザジラビマが相手なら倒せるかどうか。ルベルジア相手に辛勝でしたからね。とにかく負けそうならすぐ逃げて下さい。万が一の事があればレクテ様が悲しみます」

 「大丈夫だよ。命を懸けるつもりなんかねえし。ガンズもみんなの事を頼んだぞ」

 その後、二人はしばらく話した。

 翌日、ディタンはレクテと郊外の湖がある森へ出かけた。

 「まあ……どことなくゼツロスの城の風景を思い出すわ」

 「そうだろ。俺もここに来る度にそう思っている」

 「他の星に行かずにここでずっと住めたらいいのにね」

 レクテが湖畔で腰かけながら呟いた。

 「やっぱりそう思っているのか」

 「でも……仕方ないわね。私達は王族だから」

 「王族だからって何だよ。政治的には色々あるがゼツロスは無いのに周りがそういう目で見るのって変じゃないか」

 苛立つディタンにレクテは微笑んだ。

 「ありがとう。私が思っている事を言ってくれて。それだけで十分よ」

 風が吹いた。レクテの髪がなびいた。

 「ゼツロスにいた時から思っていた。何で私は城にいて同じ年頃の子と遊べずに暮らしていたか。私が生まれた家って何なのか。星を治める役割に生まれた者として私の思う自由は単にわがままなのかなって。でもディタンがいつも私に遠慮せずに何でも話してくれるのを見て思ったの。これが私に与えられた自由でそれだけでも楽しくて幸せな事なんだって」

 「そんなに重く考えなくていいさ。俺の性格だからな。それで騎士隊の隊長から何度も怒鳴られたけどな」

 「そうね。私もお母様からディタンと遊ぶなって言われて喧嘩になったわ。あの頃には戻れないけど思い出があるだけで十分よ」

 二人はふっと笑った。

 「全く……姫様やっているのかやっていないのかわからないな。まあいいか。明日の事は明日考える。地球の諺だ。いいようになるさ」

 「そうね。帰ったらまたここに連れて来てね」

 「ああ、いいぜ」

 二人は空の色が変わるまで湖畔でくつろいでいた。

 その日の遅くにディタンはレアロに乗ってギミケルトへ出発した。

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