魔獣の星(1)

 ディタンがレクテと共にレハントロへ戻って約90日が経った。

 ディタン達はこの星の女王フィネが紹介してくれた屋敷に住みガンズとヒルヴァのシセがビゴール一家の世話をしていた。

 レハントロが加盟しているパラ連合軍はメテガ軍に占領された星の解放作戦を展開していた。

 戦地で再会したノイティ達もパラ連合艦隊と共に第二の母星であるミネース星の解放作戦に参加した。

 メテガ軍に占領された星では残党勢力の抵抗があり緊迫した情勢が続いていた。

 その為、ビゴール達の他の星への移住先は決まらず、ディタンは防衛軍に参加してレハントロの治安維持活動を手伝っていた。

 「それじゃレクテ、行ってくるな」

 「ディタンも気を付けてね」

 コールドスリープから目覚めたレクテは順調に体力が回復してビゴールとパールズと幸せに暮らしていた。

 「移住するのも面倒臭くなってきたな……」

 車を運転しながらディタンは呟いた。レハントロの中枢都市ロゼロンでの暮らしに不自由する事はなかった。しかし亡国とはいえ王家があると権力闘争が起きる可能性がある。特に文明の進んだ世界では政治に不満に思う連中が誰かを担ぎ上げて反乱を起こそうとする。そういう事態を避ける為にビゴール達はレハントロ政府と共に移住先を探している……それはディタンにもわかっているのだが時間が経つにつれて妥協策を考えるようになった。

 「今日もよろしく」

 治安維持本部に来たディタンは受付を通って制服に着替えて格納庫へ向かった。

 「機体の調子はどうだ」

 「はい。良好です」

 ヒルヴァの答えにディタンは「了解だ」と答えてベギットゥに乗り込んだ。

 計器をチェックしていると、

 「やあディタン、調子はどうだ」

 モニターにペナケルンが映った。

 「ああ、良好だ。もうすぐ巡回だ」

 「よろしく頼む。それにしてもレハントロの言葉がうまくなったな」

 「脳に直接教育するシステムが便利で助かっているよ。頭に電極を刺すのが痛かったけどな」

 「それは良かった。それじゃ巡回頼む」

 モニターからペナケルンの顔が消えた。

 「本当、至れり尽くせりだな。ガレン隊、聞こえるか。発進する」

 「了解」

 ディタンはヒルヴァが乗る3機のガレンと共に発進した。

 レハントロは自治都市ごとに居住地域が限られてその他の場所で住む事は禁止されていた。

 自治都市の管理が嫌になって山や森に隠れ住む不法居住者が少なくなかった。その不法居住者を探してロゼロンに連行するのが防衛軍の任務の一つだ。

 連行された人々は行政府が他の都市の首長と交渉して移送した。国という形ではないが都市によって風習が違うので環境が合わずに勝手に出て行く者がいた。

 仕事や旅行で行く位なら手続きをすれば自由に移動できるし宿泊も出来るのだが、移住に関しては厳しい条件が付けられていた。

 又、暮らしに不満を持って暴れる者もいて各都市で取り締まりを行ってはいるが、大規模な暴動が起きた時はロゼロンの防衛軍が参加して鎮圧した。

 どこの星でも必ずしも誰もが平和に暮らしている訳ではないのだ。それが可能だとすればヒルヴァのように完全に従順化した生き物しか住まない星だろう。

 「さて、いつものルートを回ったな。帰るぞ」

 「了解」

 ディタンがヒルヴァに帰還命令を出した頃には空はオレンジ色に変わる時間だった。

 「《シャイゼ》より支援要請。魔獣が大量に発生しました」

 ヒルヴァが文章を読み上げるような口調で話した。

 「魔獣か。帰還せずシャイゼへ向かう」

 地図で場所を探しながら呆れた口調で言うディタンにヒルヴァは淡々と「了解」と答えた。

 ベギットゥがガレン隊と共に自治都市ブレランの上空を飛んでいた時、地上で逃げる人々が見えた。

 「何だ?」ディタンは空中で留まってモニターを拡大した。ベギットゥと同じ位の大きさの魔獣が道路の真ん中に立っていた。

 「ここもか。良く見たらあちこちで逃げているな。魔獣がいるのか……お前達はシャイゼで魔獣を押さえてくれ」

 「了解」

 ガレン隊は編隊を組んで高速で移動した。

 「暴れる前に押さえないとな」

 ディタンは操縦桿を押した。ベギットゥは頭から落ちて地面スレスレで姿勢を持ち直して魔獣に覆いかぶさった。魔獣は大きく吠えたが抵抗しなかった。

 「何だ?呼び出しただけか。魔獣使いはどこだ」

 ディタンはモニターで周囲を見渡した。誰もいない路上で頭を押さえながら叫んでいる者が見えた。

 「肌の色からしてギミケルト人の男か。こいつだな」

 ベギットゥから降りたディタンは銃を持って男に近づいた。男は「うわあああ」と叫びながら頭を押さえてもがいていた。

 「お、おい大丈夫かよ」

 銃口を向けたままディタンが男に近づいた時、男はディタンの右手を握った。薄緑の肌をした男の瞳が赤く輝いた。

 (何かが呼んでいる)

 「思念波か。久しぶりだな」

 男の声にディタンは精神を集中した。

 (何だ。誰が呼んでいるんだ)

 (何かがみんなの魔獣に呼びかけている。誰かわからない。魔獣が勝手に動いている)

 (どこから呼んでいるんだ)

 (遠い……遠い場所。恐らく我が星、ギミケルト)

 思念波で会話しているディタンに聞き慣れない音が頭の中で響いた。金属音のような風のような鐘の音ような……何かの音が遠くで鳴っていた。

 (これか。この音が魔獣を呼んだのか)

 音が止んだ。

 ベギットゥが押さえた魔獣は消え、男はその場に倒れた。

 警察隊の車が止まり、武装したヒルヴァが降りて来た。

 ディタンは「こいつを頼む」とヒルヴァに言うとベギットゥに乗り込んでシャイゼへ飛んだ。

 ディタンがシャイゼに着いた時には魔獣を召喚したギミケルト人の身柄は全て警察隊に拘束された。

 警察隊のヒルヴァから状況を聞いたディタン達はロゼロンへ戻った。

 「大変だったな。魔獣が同時に召喚されるとはな。ギミケルト人の暴動かと思った」

 司令室でペナケルンは薄い端末で資料を読みながらディタンに言った。

 「本当、厄介だな。だが今回はあいつら自分の意思と関係なく魔獣を呼び出したようだ。俺も妙な音を聞いた」

 「君はギミケルト人と思念波で会話できるのか」

 「昔、思念波が使える奴に教えてもらったよ。あと地球にギミケルト人の末裔がいてそいつらと話していたら感度が上がったようだ」

 「それは良かった」

 「良かったって何が?」

 「実はそのギミケルトから救援要請が来たんだ。巨大な魔獣が暴れて手に負えないらしい」

 「まさか、俺に行けなんて言わないだろうな」

 ディタンの顔が引きつった。

 「ギミケルト人と因縁がある君なら行きたいだろうと私は思っているが?」

 「因縁って……どこでそんな言葉を覚えたんだよ。しかも言い方がイヤらしいな。わかったよ。どうせ断っても行ってくれと言うんだろ」

 「そういう事だ。今回は魔獣退治だけだ。パラ連合軍の管轄の星だからメテガ軍はいないし小規模艦隊で大丈夫だろ」

 「連合軍は手伝ってくれないのか」

 「あまり期待しない方がいい。我々だってレハントロがギミケルトと友好条約を結んでいるから助けに行くだけだからな。できれば魔獣使いがみんな死んでくれた方が色々と楽になるが、政治的な付き合いがあるから仕方ない」

 「そういう割り切った所は嫌いじゃないがお前、友達いるのか?」

 「友達ねえ……友達か……友達?……親交レベルが深いのは妻と息子。それより浅いのは……」

 ペナケルンが腕を組んで考えながら答えた。

 「わかった。俺が悪かった。レハントロでは友達という考えが無かったんだな。出発する日が決まったら教えてくれ。明日は準備で休むから。それじゃ」

 ディタンは早口で言って部屋を出た。

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