さまよう王国(9)

 「ううっ……ヒルヴァ。生きているか」

 ディタンは首を振りながら目を覚ました。

 「はい。問題ありません」

 「本当むかつく位、平気だな……っておい!」

 ディタンが振り向くとヒルヴァが首や手足をカクカクと不規則に動かしていた。

 「悪い、平気じゃないようだな。お前、痛いなら痛いって言えよな」

 「痛い……痛みの感覚は私には無いので大丈夫です。付近の艦隊に救援信号を送りました」

 「全くしょうがねえな。見ていると痛々しいんだよ。ちょっと待っていろよ」

 ディタンはヘルメットを被るとコックピットのハッチを開けて外で漂っている残骸から使えそうな物を数個拾った。

 「うわあ、相当やられたな」

 ディタンは振り返ってベギットゥを見た。装甲がへこみ首や両腕が無く胴体に右足が繋がっている状態だった。遥か下では小さな光がまばらに輝いていた。

 「随分飛ばされたな。これで終わってくれるといいのだが」

 ディタンは呟いてコックピットに戻った。

 「もうこれを着る必要もないな。着心地最悪だったな」

といつもの宇宙服に着替えてハッチを開けてメテガ軍の軍服を外へ放り投げた。

 「さてと、ちょっと動くなよ」」

 ディタンはヒルヴァの両手と両足を伸ばして拾って来た金属棒とワイヤーで固定した。

 「姿勢が安定しました。ありがとうございます」

 ヒルヴァの片言の礼にディタンは「気にするなよ」と愛想なく答えた。

 「しかし、この残骸の中から俺達を見つけられるのか」

 「ベギットゥの推進部の一つが稼働可能です。私の体を燃料にして動かせます」

 「どういう事だ」

 ヒルヴァを動かしている燃料をベギットゥに使うというものだ。レハントロ製の燃料で動かすように改造されたベギットゥにヒルヴァの燃料の転用は可能だった。

 「私の燃料でベギットゥを少しだけ稼働できます。最速で移動すると味方のダロリス艦隊に接触できる予定です。燃料が切れたタイミングで信号弾を発射して下さい。それでは私の体からベギットゥへの燃料の補給方法を説明します」

 「わかった。帰ったら必ずお前の体を元に戻してやるからな」

 「はい、頼んだぜ。それでは……」

 ヒルヴァは淡々と説明を始めた。

 ディタンはコックピットとベギットゥの背部を何度も往復して機体を修理した。

 「これでいけるか」

 背後でヒルヴァが無言でうなだれていた。

 「目的地の座標確認。発進!」

 ベギットゥの背部の右側の推進部が青く輝き高速で前進した。

 「うおおおっ!」

 機体が安定せずに揺れるコックピットでディタンは必死に操縦桿を握りしめた。

 青く小さな光が宇宙空間を高速で移動しゆっくり減速して止まった。

 「ここで限界だな」

 ディタンはボタンを押した。ベギットゥの背中から白と青の信号弾が発射された。

 「後は待つだけか。少し眠るか」

 ディタンは小型の酸素吸入器を口に咥えて眠った。

 しばらくしてベギットゥは味方の艦隊に回収された。


 「地球の諺にあったよ。目には目をってな。お前ら本当にこれで良かったのか」

 翌日、レアロに戻ったディタンはヒルヴァを介してモーアと話した。

 「連合艦隊が作った断層砲の威力はあの程度だ。しかも発射して爆発してしまった。それでも断層砲を失ったメテガ軍には牽制になるだろう」

 「俺はよそ者だからお前らの戦いにこれ以上介入しないが、宇宙を壊すような真似はするなよ。まだ死にたくないからな」

 「わかった。これからレハントロに戻ってくれ。君との約束を果たすよ。それじゃ」

 モーアとの会話を終えてディタンは「全く……」とため息をついた。

 ヴォンヴァル将軍と旗艦バルビゾンを失ったメテガ軍は近くの植民地の星へ撤退した。

 パラ連合軍が本格的にメテガ軍に占領された星の解放作戦を開始した。

 ディタンがレハントロへ戻って10日後、地球へ向かう小型宇宙船の調整とベギットゥの修理を終えてディタンはビゴールと共に月へ行く事にした。

 「本当に月へ行かれるのですか。長旅になりますしここで会われた方がいいと思いますが」

 ディタンは不安な表情でビゴールに訊いた。

 「いや、私は行くよ。一刻も早くレクテに会いたいからな。パールズはここに残って移住先の星を決めておいてくれ」

 ビゴールはディタンとパールズに言うと先に宇宙船に乗った。

 「シセ、パールズ様の世話を頼むぜ」

 「わかったぜ。任せときな」

 ベギットゥでディタンと同行したヒルヴァは修理されてシセと名付けられ、ビゴール夫妻の世話をしていた。

 ディタンはパールズに「それでは行ってきます」と一礼して宇宙船に乗り込んだ。

 宇宙船がゆっくり上昇して宇宙へ出ると光速で発進した。

 二人は先の戦場に立ち寄った。

 この前までの戦いが嘘のように辺りは静寂に満ちていた。しかし数多くの戦艦や兵器の残骸が宇宙を漂っていた。

 青白い照明弾がパンと輝いた──

 そして次々と白や黄色や紫の照明弾が辺りに輝いた。暗闇に満ちた空間が急に明るくなった。

 「敵か!」

 操縦席にいたビゴールが叫んだ。

 「いや、あれは……」

 ディタンが光の先にある船の影を見つけた。

 照明弾の光を抜けて1隻の大型宇宙船が近づいて来た。

 「《エレテンス》……ゼツロスの船だ!」

 「おお、そうだ。間違いない。あの時に一緒に逃げた船だ」

 銀色の流線形の宇宙船を見て二人は驚いた。

 エレテンスが接触を求める光信号を点滅した。

 ディタンは宇宙船とエレテンスの間を通路用のパイプで繋いだ。

 船内に背の高い男が入って来た。

 「お前は……ノイティか!」

 「ディタン!ディタンなのか。ビゴール様もご無事で」

 「おお、ノイティ」

 エレテンス艦長のノイティとの再会に二人は喜んだ。

 「立ち話は何ですから我々の船へ来て下さい」

 ノイティに案内されて二人はエレテンスに渡った。

 「王だ!」「ビゴール様!」「ビゴール様!」

 船員達がざわついて跪いた。ビゴールは「皆、元気だったか」と微笑んだ。

 「ビゴール様!」

 ひときわ大きな声が聞こえた。

 「お前達、無事だったのか!」

 ビゴールは驚いた。

 セレンディの船員達が駆け寄って来た。

 「あの後、シセット様の命令で急いで脱出艇に避難しました。爆発に紛れて逃げられたのは我々だけですが……漂流していた所をエレテンスに助けられました」

 「生き残ったお前達にも死んだ者達にも辛い思いをさせてしまった。本当にすまない」

 ビゴールが涙を流して頭を下げた。

 (シセット……今度は俺が王を守るからな)

 「ビゴール様、こちらへ」

 ディタンは前かがみになってビゴールに声をかけた。

 ブリッジでディタン達とノイティはお互いの事情を話した。

 ノイティ達を乗せたエレテンスは空間の裂け目でミネースという星に飛ばされて、船員達は長年その星で暮らしていた。

 しかしメテガ軍がミネース星を襲撃してノイティ達はエレテンスで脱出した。その際に敵の交信からセレンディがメテガ軍の主力艦隊にいる事がわかった。

 ノイティ達が秘かにセレンディを追いながら救出の機会をうかがっていた時にディタンがセレンディに突入した。

 「セレンディが破壊された時にはもう駄目かと思いました。急いで《ジェンジィ》の部隊を出して脱出艇を回収しました。船員に事情を聞いたらビゴール様とパールズ様はディタンが救ったとの事。あとは連合軍を介してビゴール様の動向を伺っていた次第です」

 「《ジェンジィ》……確か一般兵向けのヴァルシを散布できる機体だったな。理由は分かったがもっと早く助けられなかったのか。そうすればシセットも死なずに済んだのに」

 ディタンの口調に悔しさが混ざった。

 「ディタン、その事はもう言うな。シセットに限らずゼツロスの民の死は全て私のせいだ。今は祈ろう」

 ビゴールがうつむいて言うとディタンは「はい」とだけ答えた。

 しばらく沈黙が続いた。

 「お二人の事情はわかりました。この船に予備の冬眠装置があるので持って行って下さい。それとカプラディの修理に必要な部品があれば何なりと言って下さい」

 「そうか、助かるぜ。レハントロから部品を持って来たけど使えるか分からなかったからな。さっきは悪かった。お前達の事情がわからない俺が言うべき事じゃなかった」

 ディタンはノイティを責めた事を謝った。

 「いや、誰でもそう思うから気にしないでくれ。本当は同行したいのですが、そちらの船が速いので我々はレハントロの近くで待ちます。一刻も早く冬眠装置を修理して下さい。念の為に医療機器もお渡しします。ガンズなら使えるでしょう」

 「わかった。色々すまないな。また会おう」

 ビゴールは礼を言って退室した。

 ディタンはノイティに部品の調達を頼んで宇宙船への輸送を手伝った。

 作業を終えたディタンはビゴールと共に花束を宇宙空間へ投げた。

 エレテンスと別れたディタン達の宇宙船は光速で進み月へ到着した。

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