さまよう王国(1)
紫とオレンジが混ざった空に大きな亀裂が走った。亀裂の中からベギットゥや戦闘機や人々が次々と現れた。沈黙の日に空間の裂け目に吸い込まれた者や機体が空に出来たひびから漏れるようにボトボトと落ちた。
ダランとした人々や沈黙した機体が次々と空の亀裂から落ちる……その不気味な光景の中で全身が傷ついた銀色の人型の機体は頭から音を立てて緑が広がる草原にうつぶせになって落ちた。墜落した戦闘機が爆発して煙を上げた。
どこからか小型の飛行機と地面スレスレに進む箱型の機体が編隊を組んで飛んで来た。大型トラック程の大きさの箱型の機体から白い防護服のようなものを着た人々が次々と降りて落下物に駆け寄って機材を使って調べ始めた。
ベギットゥにも十人以上が集まった。空中で留まっている数機の小型機から垂れたロープのような紐をベギットゥの左半身の各部に繋げて持ち上げ機体を仰向けの状態にひっくり返した。その後、数人が胸部を調べてハッチを開くと中で気絶したディタンを担ぎ出して箱型の機体に乗せてその場を去った。
残った人々は引き続き落下物を調べていた。
「うん……ここは?」
ディタンは目覚めた。ベッドの上で仰向けになって手足がロック式のリングで拘束されていた。
「少なくとも丁重にもてなしてくれているとは思えないな」
手足を拘束されたままディタンは起き上がって辺りを見渡した。見慣れない機材が壁際に並んでいた。
ドアが開いた。
見慣れない格好をした男が数人近づいてきた。男達は乳白色の肌をしていた。
「君の脳内情報から言語種別を設定した。私の言っている言葉が理解できるか」
長身の男がディタンに話しかけた。ディタンは「ああ、わかるよ」と短く答えた。
(こいつらは地球人じゃないな。どこの星の人間だ)
不審に思いながらディタンは男達を見た。
「私はペナケルン、君の情報を知りたい。質問に答えてくれないか」
ペナケルンの片言の質問にディタンはひと通り答えた。
「わかった。詳細はこちらで調べる。しばらくここにいてくれ」
「これは外してくれないのか」
ディタンは手足のリングを上げて見せた。
「見たところ問題ないから外すよ」
ペナケルンは小さな装置をディタンに向けた。リングが外れて床に落ちた。そばにいた男がリングを拾った。
「ありがとな。ところでここはどこだ」
「ここはレハントロ。地球人が銀河系と呼んでいる星団の内側にある星だ。細かい事はこれを見てくれ。強く触れば画面が出て声で情報を探せるから」
ペナケルンは掌サイズの丸い端末をディタンに渡した。ディタンが端末の丸いボタンを押すと画面が浮き上がった。
「こういうのゼツロスにもあったな」
「また後で話を聞かせてくれ」
ペナケルンは無表情で言うと他の男達と一緒に部屋を出た。
「そうか。別の星に来たのか。ガンズは元気にしているだろうか。レクテも気になるが仕方ないか」
ディタンは呟きながら画面を見た。
《レハントロ》……地球の3倍の大きさを持つその惑星は高度な文明を持ち太陽に似た3個の恒星に囲まれた夜が無い星だ。
他の星と宇宙船で往来して多種多様な異星人が住んでおり国という概念は無いが星の十数ケ所に大規模な都市があり、各々その周辺に小さな集落がある。
レハントロの中枢都市ロゼロンには女王フィネが住む城がありディタンが収容されているのはロゼロンの病院だった。ディタンはしばらく端末を見てベッドで横になった。
(あいつ俺の脳から地球人の言葉を選んだって言っていたな。俺の体は地球人の血が濃いのか)
ディタンはほんやり考えながら眠りについた。
しばらくしてペナケルンに起こされて再び尋問された。今回はディタンからの質問も受け付けられて円滑に話が進んだ。空間の裂け目から落ちて無事だったのはディタンだけで一緒に落ちてきた他の人間はみんな死体で発見された。
「地球へ帰れるのか」
ディタンはベッドに座って訊いた。
「人口の増加を抑制する為に異星人は少しでも帰したいのだが今はメテガ軍と交戦中で宇宙の航行を制限している」
「何だよ。そのメテガ軍って」
ディタンはペナケルンに訊いた。
《メテガ軍》……元はメテガ星の軍隊だったが母星が消滅して放浪していた。メテガ軍は保有する断層砲で他の星を脅して支配しながら軍備を増強していった。軍のリーダーであり将軍のヴォンヴァルは好戦的で冷酷で命令に従わない部下や自分の妻子を何人も殺してきた。部下のネルヴィスは8人目の妻の息子、ヴェルボは9人目の妻の息子になる。
「よくいる独裁者って奴か」
「ああそうだ。欲しい物は強引に手に入れたがる厄介な敵だ。この星も含めたパラ連合軍が戦っているが拮抗している状況だ」
「そうか、俺はよその星の情勢には介入しない主義だから終わるまで待つか」
「そこでだ。君も参加して欲しい」
「おい、何でいきなりそんな話になるんだよ。おかしいぞ」
ペナケルンの唐突な要請にディタンは驚いた。
「君の機体は十分に戦力になる。特に粒子を散布して機体を隠す機能は我々の技術では出来ない。ゼツロス星の文明は優れていたのだろう」
「おだてているのか。まあ悪い気分はしないな」
ディタンは足を組みながら答えた。
「メテガ軍の断層砲が使われると発射した先で空間が裂けるのと同時に予期出来ない場所でも裂け目が発生する。恐らく君が地球で吸い込まれた裂け目はメテガ軍が撃った時に発生したのだろう。時間が一致する」
「急にその話になるのか……話がいまひとつ嚙み合わないな。けどそんな事が本当に起きるのか。地球はずっと遠いじゃないか」
「物理的な距離と次元上の距離は違うという事だ。それがどの位違うのか解明されていない。ただこのまま断層砲が使われ続けると宇宙そのものが空間の裂け目に吸い込まれて消滅する危険がある。そうなれば君も困るだろう。待っている人とも会えなくなるからな」
「へえ……俺を脅しているのか」
「事実を言っただけだ。これを見てくれ」
ペナケルンは小型端末のボタンを押した。ディタンの目の前に画面が出た。緑色の惑星の写真が映っていた。
「この星に断層砲を撃つとこうなるのだ」
ペナケルンが画面を操作した。粉々に砕けた惑星の写真が映った。
「どうしてこんなに砕けるんだ」ディタンは画面を見ながら訊いた。
「まず星の中心に撃ってその後に周辺に少ない火力で数発を連射する。光さえ吸収する断層が発生すると地上で隆起と陥没を繰り返す地殻変動が起きて最後は爆発する。しかし問題はこれだけではない。これが使われると次元の異常があちこちで発生する。規模はこの星が壊れた以上の力や君が遭遇した様な小さな亀裂まで様々だ」
「なるほどね。状況はわかった。俺がいくら断っても戦争が終わるまで帰してくれないのだろう」
「厳密に言えば断層砲を装備している戦艦ヌゼリュウムを破壊して欲しい。断層砲はメテガ星の資源でしか作れない武器でメテガ星が消滅した今となっては作れない。今のところ占領した星で製造している情報はない。あれを破壊出来たら占領された星を連合艦隊で解放する段取りだ。しかし今は苦戦している。メテガ軍は占領した星の軍も動員しているから数で負けている状況だ。もし君がヌゼリュウムを破壊できたら光速移動が可能な宇宙船を提供しよう。まさかあの機体で帰るつもりじゃなかったのだろ?」
ペナケルンの提案にディタンは黙って腕を組んで考えた。
「わかったよ。それしか俺が帰る方法がないからな」
「ありがとう。その端末に連絡が来たら指定された場所へ行ってくれ。君の機体の修理に時間がかかりそうだからしばらく休んでくれ」
「じゃあ、そうさせてもらうよ」
ペナケルンが部屋を出た後、ディタンはベッドで仰向けになった。
「はあ……戦争ねえ。宇宙が消滅って何だよ。地球でそんなアニメあったな。宇宙の消滅を企てる魔王を人間が作ったロボットが倒すってやつ。最終回どんな風に魔王を倒したんだっけ」
ディタンは独り言を呟きながら眠った。
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