紺碧の翼(8)

 基地へ戻ってから鈴井は改造したベガロのテスト飛行も兼ねてコムザン撃退に出撃した。

 現場へ向かう途中でシーヴィが飛んで来たが低周波兵器を使うとシーヴィは頭を押さえて散らばった。眼下の森林に巨大なコムザンが見えた。戦闘機部隊が発射したミサイルがコムザンに命中して動きが止まった。ベガロから発射した追跡ミサイルが弧を描きながらコムザンへ命中して一瞬で焼失した。宇宙種のコムザンの飛来も頻繁に起きていたが落下コースが予想できたので地上から対コムザン用の迎撃ミサイルで撃墜した。

 そして遂に宇宙種のコムザンが燃えずに生きたまま降りて来た──

 初の飛行できるコムザンで大気圏突入に耐えられる皮膚に迎撃ミサイルは効かず、戦闘機部隊の攻撃もたやすくかわされた。

 宇宙種のコムザンは南米で発生した地上種のコムザンと激しく戦って倒した。それから地上種のコムザンを探すように各国を飛び回った。

 「同じコムザンなのに憎み合っているのか」

 「地上種は以前の宇宙種の細菌を培養して作ったから厳密には違う種類だからな。戦うのは不思議じゃないよ」

 基地の研究所の会議室で鈴井とエディはパソコンを操作しながら話していた。

 「あいつはシーヴィとも戦うのか。あいつがシーヴィを全滅した後で倒せば楽なのになあ」

 「そんなに都合良く進むとは思えないな。地上に留まってあいつの細菌が散布されたらまずいからな。地上種でも頑丈で飛べる奴が生まれる可能性がある。それに同じ地上種のシーヴィが乗って長距離で移動するかも知れない。そんなのが沢山飛んで暴れ回ったら人類は黙って滅びるかシーヴィになるしかないな」

 「明るい未来はないのかねえ」

 早口で話すエディに鈴井は淡々と答えた。


 宇宙種のコムザンが日本の上空を飛んでいた。

 コムザンの後方から中嶋が率いる戦闘機部隊が追っていた。

 「いいか。領空を超えるまで攻撃するなよ」

 中嶋が無線で話すと各隊員から「了解」の声が響いた。

 「頼むから何もなく飛んで行ってくれ」

 中嶋が祈るように呟いた。

 「京阪地区にコムザン出現!」無線機から男の声がした。

 「まずいな。気づかないでくれよ」

 中嶋の思いもむなしくコムザンは向きを変えて飛んだ。

 「全機、地上種の撃退に向かう。あいつより先に行くんだ」

 中嶋は叫ぶと機体を傾けながら方向を変えて進んだ。

 戦闘機部隊が工業地帯に出現したコムザンに接近してミサイルを発射した。コムザンはあっという間に焼失した。

 「新型ミサイルの威力は凄いな」中嶋はホッとした。

 「おっと、お出ましだ。先に倒したから大丈夫だろう。全機散開!」

 戦闘機が飛び去った後で宇宙種のコムザンは地上種が焼失した場所に降りた。動きが止まった。中嶋は旋回して様子を見た。

 「何をやっているんだ」

 中嶋は上空から様子を見た。

 ベルギー支部基地の作戦室の大型モニターで中嶋の戦闘機からネット経由で送られてくるコムザンの映像を鈴井や兵士達が様子を見ていた。エイク支部長も部屋にいた。

 「体は焼失したとはいえ、あの場所には粒子単位の細胞が微量ながら残っている。体内に吸収されやすい形でね」

 パソコンを操作しながら淡々と話すエディを兵士達が見た。

 「なるほど。地上種の細胞を体に吸収しているのか。それはつまり……」

 エイクが腕を組んだまま言った。

 「変異するかも知れません。もしくは地上種と宇宙種の混合種の誕生か」

 エディの口元がニッとなった。隣に座っていた鈴井は「お前、怖いぞ」と呟いた。

 コムザンの体が大きく膨らんで翼の上に薄い膜の羽根が生えた。首と尻尾が大きく伸びて6本の足が太く伸びた。まるで翼が生えた巨大な恐竜のような姿の変貌したコムザンは長い首をもたげて大きく吠えた。

 「まずい。逃げろ!」鈴井は思わず叫んだ。他の兵士達は変貌したコムザンに驚いてモニターを見たままだった。

 「くそっ!これは敵わないな。全機撤退!」中嶋は無線で指示すると急旋回した。

 コムザンは大きく翼を広げて戦闘機を追った。

 「このまま基地に戻れば余計に被害が出る」

 中嶋は海の方向へ機体を向けて飛んだ。コムザンが口から火球を乱射した。戦闘機の後部に火球が命中した。

 「くそっ!ここまでか」中嶋は脱出ボタンを押した。コックピットの窓が開いて中嶋はシートごと飛び出した。機体はあっという間に海に墜落した。パラシュートで降りていた中嶋にコムザンが急速で近づいてきた。

 「食われるのか!」

 中嶋が観念して目を閉じた時、

 ドンッ!と目の前で何かがぶつかる音がした。

 中嶋はゆっくり目を開けた。

 白い魔獣ゼザーブルがコムザンに体当たりした。コムザンはバランスを崩して横に吹っ飛ばされた。

 「こ、こいつは……」

 驚く中嶋を魔獣が見た。

 (背中に乗ってパラシュートを外しなさい)

 中嶋の脳に声が響いた。

 「魔獣使いか。ええい、死ぬよりマシだ!」

 中嶋は言われた通りにゼザーブルの背中にしがみつきながら片手でパラシュートを外した。横からコムザンが襲い掛かってきた。

 (振り切るからしっかり捕まってよね)

 女の声が頭に響いた。

 「好きにしろ!」中嶋は叫んだ。

 ゼザーブルは一気にスピードを上げた。コムザンは諦めて方向を変えて飛んで行った。

 山岳地帯にゼザーブルが降りた。中嶋は背中から飛び降りた。首の辺りから女が降りた。女は白マスクを着けていた。

 「助けてくれたって事でいいのかな。ありがとう」

 「別にいいわよ。たまたま見物していただけだから」

 「これ、あんたの魔獣か。前にテレビで見たよ」

 「そうよ。あの時は派手にやって目立ったから最近は大人しくしているけどね」

 女はゼザーブルを撫でながら答えた。

 「しかしこんなデカいのがいたのにレーダーに反応がなかった。魔獣とはそういうものか」

 「この子は特別なのよ。前に変わった知り合いがいてね。そいつが乗っていた機体の粒子を浴びてから機械に反応しなくなったみたい」

 「その知り合いはステルス機にでも乗っていたのか。便利なもんだな」

 「そんな所ね。じゃあ帰るわ」

 女はゼザーブルに乗って飛んで行った。

 「聖なる革命団の白い魔獣か……ごまかして報告しておくか」

 中嶋はポケットからスマホを取り出した。

 「はあ、息苦しかった」

 マスクを顎に下ろした仙座未希は風でなびく髪に左手を入れた。

 「ヴァルシ!」

 未希の掛け声でゼザーブルの体が透明になった。

 「ディタン、生きているかな」

 まるで体だけが浮いているような状態で未希は飛んだ。


 変貌したコムザンは中国上空を通過していた。

 その頃、鈴井とエディはパソコンで特務隊長のジャックと話をしていた。

 「このままヨーロッパへ向かうか」

 短い金髪のジャックが腕を組んだまま言った。

 「早く撃墜した方がいいのではないですか。細胞破壊ミサイルをまとめてぶち込めばダメージを与えられるのでは」

 「そうしたいのだが、ずっと大陸の上空を飛んでいるから各国の政府が戦場になるのを嫌がっているんだ。万が一の事を憂慮してな」

 鈴井の提案にジャックが顔をしかめて言った。

 「そういう動きになるのも仕方ないですね。しかしシーヴィの細胞を取り込んだ時の変異が懸念されます。高い知能を持つようになったらますます危険です」

 エディが淡々と話した。

 「翼が生えたドラゴンみたいな化け物が知能を持つとか何のゲームだよ。伝説の武器でもくれるのかよ」

 鈴井は呆れながら言った。

 「エディの懸念は本部でも議論になっている。作戦は本部主導になるから決まったら支部長を通して連絡が来るだろう。エディは日本支部へ行ってやつの細胞の分析をしてくれ。スズキはそのまま待機。以上だ」

 「了解」

 鈴井とエディが答えて回線を切った。

 「日本か……何か欲しい物がある?ゲームとか」

 「そんな物いらないよ」

 「君の事は日本支部の連中には言わないように命令されているから安心してくれ」

 「ああそう。どうしてか察しはついているだろう」

 鈴井は面倒くさそうに言った。

 「まあね。ちなみに前の日本支部長は本部で拘留中だ。よくある汚職だね。こんな世の中に政治スキャンダルなんて誰も興味を持たないし一連の捜査が片付いたら君も楽な立場になるかも知れないな」

 「別にどうでもいいが、たまには日本に帰りたくなる時はあるな。好転するのを少しだけ期待しているよ」

 「ああ、それじゃ」

 エディは相変わらず淡々と答えて部屋を出た。

 「おふくろ、元気にしているかな」

 鈴井の表情が曇った。

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