紺碧の翼(5)
「お目覚めね。おはよう」
鈴井が目を開けた。青白い天井が目に入った。目を擦りながら横を見ると細身の女が立っていた。
「何だよ。あんた」
「あんたって……初めて会ったような顔しているけど三度目よ」
「その声は……お前か!いてててて」
鈴井は頭を押さえた。
「落ち着きなさいよ。助けてあげたんだから」女は淡々と言った。
「落ち着いているさ。助けるって何だよ」
「これを聞くと落ち着いていられなくなるかもね。あなた、殺されるところだったのよ」
女の言葉に鈴井は「はっ?」と固まった。
「ガスがまだ頭に残っているの?」
「いや、そういう訳じゃないから。な、何だよ、殺されるって……」
冗談かわからないまま鈴井は半笑いになった。
「ただのパイロットなのに色々見たからね、研究棟の怪物とか。私と会ったのは偶然だったけど日本の国連軍はそう思わなかった。あとは新型戦闘機の納入を妨害する為にね」
「はあ?つまり俺は左遷されて殺される予定だったって事か。そんな馬鹿な。ゴホゴホッ」
鈴井は笑いながら咳き込んだ。
「次の新型機の発進で機体にトラブルが起きて墜落してあなたは死ぬ。何億もする機体を潰してまで殺したいあなたはよっぽど価値があると思われたのね。もちろん危ない意味で」
女の言葉に鈴井は真顔になった。
「それじゃ俺が殺されるという証拠を出せよ」
「そう言うと思ったわ」
女はベッドの横の机に置いてあったオーディオ機器のボタンを押した。
『はい、鈴井の件はこちらで対処します。自衛隊に配属された後で墜落事故という事で。はい。手筈は整っています。ご心配なく』
鈴井の目が大きく開いた。
「この声に聞き覚えがあるでしょう」
「真木支部長……嘘だ!こんなのお前が加工して作ったんだろ!でっち上げもいい加減にしろよ」
鈴井は目を大きく開いたまま怒鳴った。
「それも言うと思ったわ。真面目だからね。あなた」
女は憐れむような眼差しで鈴井を見た。
「ああもう、何も聞きたくない!拷問されても何も喋らないからな!お前、やっぱり聖なる革命団の一味だな。新型機のテスト飛行をした俺から機体の情報を聞き出そうとしているのだろ?無駄だよ」
「新型機ねえ。従来の機体より8%軽量化、推進力7%増加、レーダー検知能力5%強化。マイナーチェンジよね。武器は相変わらずテトラスとジュパーム。進化していくコムザンにいつまで通用するやら。それから前にも言ったけど私は革命団じゃないから勘違いしないで」
「情報が筒抜けだと言いたいのか。じゃあ俺はいらないだろう。お前らの方が俺より色々知っているじゃないか」
「それはそうだけどあなたのパイロットとしての腕を評価しているのよ。うちのボスが」
「面倒臭いからもういい。何も知らなかった事にするから帰してくれ」
「ところがそうはいかないのよ。空港で輸送機が何者かに襲われてあなたが殺されたニュースが流れているから」
女がスマホを差し出した。鈴井は「嘘だろ!」と受け取ったスマホでニュースを見た。鈴井が死んだ記事がいくつも載っていた。
「そんな!そうだ、おふくろに電話!」
慌てて電話しようとした鈴井から女が素早くスマホを取り上げた。
「お母さんが殺されてもいいの!この状況、あなたでもわかるよね」
厳しい口調の女の言葉に鈴井はハッとなった。
「俺はどうすればいいんだ」
「少し眠りなさい。大丈夫、殺さないから」
女は注射器を鈴井の腕に刺した。
「お、俺は……」鈴井はゆっくりと眠りについた。
鈴井が再び目覚めた時、女と太った年配の男が部屋に入って来た。
「自己紹介をさせてもらうわ。彼は高梨源一、私は児玉零樺」
「鈴井、鈴井隼人だ」
鈴井は二人に不愛想に言った。
高梨は軍事企業モゼラニクス社の役員で零樺は高梨の秘書だった。
モゼラニクス社はコムザン戦用の武器を開発しており同社が開発した新型戦闘機へ鈴井に乗ってもらいコムザンを撃退して機体の優位性をアピールして欲しいという事だった。
「何だ、ただの兵器の宣伝じゃないか。そんな事をする為にわざわざ大げさに俺をさらったのか。宣伝なら有名人を使えばいいだろ」
「いや、君だから価値があるのだよ。魔獣やコムザンが現れて世界は混乱した。しかし革命団が滅んでも最大の脅威であるコムザンに一丸となって戦おうとする気運にはなっていない。競争で勝って多くの富を得ようとする者たちの争いはこの状況でも続いている。それが人類の愚かさだがな。それはさておき、君は国連軍の日本支部から抹殺されそうになった。しかしそれは国連軍の総意ではない。新型機のテストパイロットだった君が新型機のトラブルで死ぬ。そうなるとそれを作った企業の信用が失墜し別の企業が名乗りを上げる。君の事故死は企業を一つ潰す程の価値があったんだ。あの新型機を作った企業とうちとは一部提携しているのでね。向こうで問題があるとうちも困るんだ。国連軍本部にはさっきの真木支部長の録音データを使って脅して君を特務隊に配属させたよ。特務隊では君の名前は《スズキ タロウ》だ。君はただコムザンを倒せばいい。早速だが2週間後にベルギーへ行ってもらう。今は日本にいても困るだろう。君は死んだ事になっているからな」
「軍の捨て駒の次は武器商人の捨て駒か。しかも偽名かよ。まあいい。助けてもらった恩は返すよ」
「物分かりが早くて助かるよ。朝食を済ませたら彼女に案内してもらいなさい」
高梨は微笑んで言うと部屋を出て行った。
「結局何を言いたかったんだ」
「戦果を上げろってだけよ。はい食事」
「スクランブルエッグとクロワッサンと缶コーヒーかよ。それにこの変な色のスープは何だよ」
「体脂肪率は悪くないけど内臓脂肪が多めよ。もう少し痩せなさい。服はそこのロッカーに入っているから着替えたら右の角を曲がってすぐの部屋に入って。それじゃ」
零樺は淡々と言って部屋を出た。
食事を済ませた鈴井は零樺に施設を案内してもらった。
そこは東南アジアの小島にあるモゼラニクス社の開発拠点の一つで敷地内に工場や研究所が建っていた。二人は工場の奥にある鉄の自動ドアを開けて入った。
「あなたが乗る
「へえ。これか」
鈴井は目の前にあるダークグレーの機体に近づいた。
「ふーん。ご自慢の新型機の割には外見が他の機体と変わらないな」
「そうね。あまり性能を上げすぎるとパイロットへの肉体に負担がかかるからね。でも一般の軍に配備され始めている機体よりは高速で軽いわよ」
「次世代に向けての試作機ってやつか。なあ、あんたは何をやっているんだ。スパイか」
「そんなところね。革命団のせいで仕事がやり辛くなったけど地味にやっているわ。今度はアメリカへ行くの。どうやら宇宙からコムザンから本格的に降りて来ているらしいから」
「宇宙から来ても大気圏で燃え尽きるんじゃ」
「あなたも宇宙から飛んで来たコムザンが落ちたのを見たでしょう。進化しているのよ。地球でコムザンが独自に進化しているようにね」
「燃え尽きずに降りてきたら厄介だな」
「私が回収したサンプルに宇宙種の細菌が混ざっていたわ。前にアメリカが発表した情報より変異していた。ここでそれに効く兵器を開発しているのよ」
「回収ねえ……盗んだとは言わないんだ」
「物は言いようね」
「はいはい……」
(もう話をするだけで疲れてきた)
鈴井はぼんやりと工場を見渡した。
それから2週間後、飛行訓練や教育を受けた鈴井はベガロに乗ってベルギーへ出発した。
「長距離飛行用のブースターを着けて東南アジアからヨーロッパへ単機で行くなんてSF映画みたいな事が出来るとはなあ……」
雲の上を飛びながら鈴井は零樺と話した事を思い出した。
「コードネーム《D》?そいつは異星人で今まで宇宙種のコムザンをやっつけていたのか」
「ええ。アメリカ軍と協力して地上種も撃退していたそうよ。だけど聖獣ルベルジアと戦ってから行方不明。それ以来、アメリカ軍との交信も途絶えた。最初のコムザンの情報源もDだった。そのDが使った武器を元に開発されたのが今のコムザン戦用の兵器ってわけ。Dと交渉していたアメリカ軍では色々と研究が進んでいるみたいだから情報収集に行くの」
(全く、宇宙人に魔獣にどんな世界だよ)
鈴井は窓から見える空を見ながら頭を小さく振った。
「それにしても特務隊はどこでも行けるんだな。普通だったら領空侵犯で撃墜されるぞ」
国連軍から事前にベガロの情報と航路が各国へ通達されていたので抗議の無線は全く来なかった。
「静かだな。空の上は……」
コックピットでは低いエンジン音だけが鳴っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます