紺碧の翼(2)
山岳地帯に発生した巨大なコムザンがゆっくり町に向かって歩いていた。
数機の戦闘機から発射されたミサイルがコムザンに命中した。コムザンの動きが止まっている間に鈴井がジュパームでコムザンを殲滅した。戦闘はあっという間に終わった。
「帰還する」
鈴井が無線で伝えて機体を旋回した時だった。上空から何かが燃えながら落ちて来た。
「何だあれは!」
燃える何かが物凄い速さで鈴井の機体に接近した。戦闘機の50メートル程前を勢いよく通り過ぎた巨大なそれは山の中腹に墜落した。落ちた時の衝撃波で山肌が宙に吹き飛んだ。
「くそっ!全機上昇!」
衝撃波に巻き込まれて鈴井達の機体がぐらつきながら上昇した。
「無事か!」
隊員達の「異常なし」の答えを聞いて安心した鈴井だったが、眼下の山肌がはげ落ちた光景に驚いた。
「飛来物はコムザンと確認。殲滅せよ」
無線機の声で我に返った。
「了解。2号機、ジュパームで殲滅」
鈴井の指示で2号機が墜落して燃えているコムザンに向けてジュパームを発射した。命中したコムザンはジュッと消滅した。
「殲滅完了。帰還する」
「了解。自衛隊が墜落地点の調査を行う」
(自衛隊が?)
不審に思いながら鈴井は基地に戻った。
鈴井が基地に戻って3時間程経った頃、自衛隊のヘリコプターが基地に着陸した。
「へえ。お客さんが来たな」
中嶋が施設から外を眺めて言った。
「ああ、さっき宇宙から落ちてきたコムザンのサンプルを持って来たそうだ。明日輸送機で本部に送られるってさ」
鈴井も外を見ながら言った。
その晩、スマホを管制室に忘れた事を思い出した鈴井は寮を出て管制棟に入った。
何度もIDカードを通して管制室の手前に来た時、照明が切れて真っ暗になった。
「あれっ停電か?」
鈴井は不審に思った。すぐに非常ベルが鳴り響いた。
管制室のドアを開けると煙が流れて来た。煙から異臭がした。
「催涙ガスか!」
鈴井は咄嗟に鼻と口を塞いだ。
誰かとぶつかった。「おい!」鈴井が叫んだが人影は立ち止まらずに走り去った。
管制室の中は人々が咳き込んでうずくまっていた。
「サンプルを盗まれた!」
誰かが叫んだ声を聞いて鈴井はハッとして後を追った。
棟内はセキュリティロックされてエレベーターは止まっていた。
鈴井は階段を駆け下りて逃げる人影を見つけた。
「待て!もう逃げられないぞ」鈴井は叫んだ。
軍帽を被った細身の人間が振り返った。
「悪いけどこれは頂くわ」
若い女の声がした。突然、女の前に黒い穴が開いた。
「こ、これはまさか」鈴井は後ずさりした。
穴の中から小柄で黒い虎のような魔獣が現れた。魔獣がドアを後ろ足で蹴って破壊した。
「お前……お前は聖なる革命団の生き残りか!」
「あんなお金にならない事はやらないわ。じゃあね」
女はそう言うと魔獣の背中に乗った。魔獣の背中から翼が伸びた。
「おい待て!」
鈴井の声に答えず女と魔獣は勢いよく飛んで夜空へ消えた。
「くそっ!」鈴井は大声で叫んで滑走路へ走った。緊急発進に備えて並んでいる戦闘ヘリに乗り込んでヘルメットを被った。
「鈴井だ、発進する!」
鈴井は無線に呼び掛けたが応答はなかった。
「まだ混乱しているのか」
鈴井は機体を上昇させた。
ヘリはライトをつけたまま飛んだ。
「畜生、逃げられたか……」
鈴井が落胆して引き返そうとした時、機体の下からドンと音がした。
「何だ?」鈴井が下を見てまた前を見ると窓の外にライトで照らされた魔獣の顔が見えた。
「うわあああ!」思わず鈴井は叫んだ。
魔獣はヘリの横に並んで飛んだ。
(しつこい男は嫌われるよ)
「何だ、頭の中で声がする!幻聴か」
脳に届く声にこれまで受けた事のない感覚を覚え鈴井は動揺した。
(そんなに慌てないでよ。もしここで私がヘリを破壊したら真下の町の住民達は間違いなく死ぬ。浅はかね。でも私は革命団の人間ではないからあなたは落とさない。せいぜい後で上官にたっぷり絞られる事ね)
動揺する鈴井に魔獣はヘリを抜いて飛んで行った。
「俺は……何をやっているんだ」
鈴井は呆然と夜空の彼方を眺めた。
鈴井が基地に戻った時には大勢の隊員が足早に各所で動いていた。そんな中、鈴井は支部長室に呼ばれた。
「なるほど。つまり魔獣を追って無断で発進したという事かね」
支部長の真木が鈴井を睨みつけた。
「無線で事前に連絡したのですが管制室が混乱していたのでやむを得ず発進しました」
「そういう事か。これが正規の軍だったら君をどう対処するべきかな。まあそれは後で考えるとして君が見た魔獣はどんな姿をしていたかね」
「はい。虎のような顔をして飛ぶ時には背中から翼が生えました」
「なるほど」真木は答えながらパソコンを操作した。
「こいつか」真木が見せた画面を見て「はい、こいつです」と鈴井は淡々と答えた。
「革命団の魔獣ですか?」
「いや、このタイプの魔獣は目撃されていない。《コンラル》と呼ばれる小型の魔獣だそうだ。魔獣の大きさは色々あってこういうのもいるんだよ」
「なぜわかるのですか」
「そうか、君は自衛隊にいた時に聞いていなかったのか。確か魔獣の情報は日本では重要機密だったな」
真木は頭を掻いてフッと一息ついた。
「魔獣使いと接触した人間として君に情報を開示しよう。君のセキュリティレベルを更新しておくから今日の午後以降に資料室のパソコンで見ておいてくれ。私からは以上だ。休憩に入りたまえ」
鈴井は「はい!」と敬礼して部屋を出た。
「よお、絞られたか」
部屋の外で待っていた中嶋がニヤけながら訊いた。
「何だよ。あ~怖かった。疲れたから寝るわ」
鈴井は不愛想に答えて寮に向かった。
基地の警戒レベルは朝になっても引き上げられたままだった。
鈴井が目覚めたのは昼前だった。
「飯に行くか」部屋を出て食堂の前の掲示板を見て「ゲッ!」と思わず呟いた。
「3日間の謹慎かよ。最悪だ」鈴井は肩の力を落として食堂に入った。
「隊長。何やっているんですか」
部下の甲斐が呆れた顔で話しかけてきた。
「ああ悪い。そういう事なんだ。笹野の指示で動いてくれ」
気まずい顔で鈴井は答えた。
「支部長と管制室長の減給処分より軽くて良かったですね。夜中に勝手にヘリを飛ばした割には」
甲斐と一緒にいた部下の望月がボソッと言った。
「お前なあ……まあいい。さあさあ笹野の所へ行った行った!」
鈴井は二人を食堂から追い出して棚に並んだ定食のトレイを取って食事をした。
昼休みのチャイムが鳴る頃に食堂を出て管制棟の資料室に入った。部屋には数台のデスクトップパソコンが並んでいた。鈴井は部屋の奥の席に座りパソコンを立ち上げ自分のIDとパスワードを入力した。メニュー画面から「SECRET」の項目をマウスで選択すると機密情報の項目が表示された。
「おっ見られる項目が増えたな。どれどれ」
鈴井はニヤけた顔でマウスをクリックした。
画面に魔獣に関する項目が表示された。魔獣使いがギミケルト星人の末裔である事、魔獣の種類とその性質、魔獣の上位種に聖獣がいる事……鈴井が目にしたものは衝撃的な内容だった。
「あいつらが異星人の末裔とは……重要機密になる訳だ。確かに人間が急に魔法使いになる訳ないからな」
鈴井は頭を掻いてため息をついた。
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