魔獣(11)
「どうです。彼の具合は」
病室で未希は佐仲に裕司の具合を訊いた。
「相変わらずだよ。眠っているだけだ」
佐仲は疲れた表情で答えた。
点滴を打った裕司がベッドで眠っていた。
「そう。可哀想だけど治療を打ち切った方がいいわね」
「安楽死か……こんな状況になっているから今さら綺麗事は言えんな」
「やむを得ないわね。それと長老は嫌なら抜けてもいいのよ。あなたがここにいる理由は何もない」
「もはやどこへ行っても我々一族は人類の敵だよ。これから我々は異星人の末裔だと迫害を受けるだろう。ここにしか居場所はないのさ」
「そうね。でもレイリンが死んだら革命団はおしまいよ。どこかに隠れ住むのも考えた方がいいわ」
「あいつが死ぬというのか?」
「人はいつか死ぬのよ。そこの彼みたいにすぐ死ぬか、寿命が尽きて死ぬか、不慮の死を迎えるか、それだけよ。彼の安楽死の件は私からレイリンに話すわ」
未希は部屋を出た。
革命団に賛同する組織や個人の取り締まりが厳しく行われて大規模なテロ事件は減少していった。革命団の活動も沈静化した。ディタンがコムザンを倒している間に各国の軍が対コムザン戦兵器の開発を進めていた。
人々は次から次へと起きる脅威に疲弊していた。
「ああだるいな」
克了の寺の縁側でディタンは茶を飲みながら叫んだ。
「こんな物騒な時によく遊びに来るな。暇なのか」
「暇じゃねえよ。気晴らしに寄っただけ」
「ピリピリした世の中だからこそ大らかな気持ちを持つのも大事だな」
「そうそう。あっ……」
ディタンは振動するスマホを見てため息をついた。
「じゃあ爺さん。うまい茶、ありがとうな。また来るわ」
「ああ、気をつけてな」
克了の言葉にディタンは手を挙げて寺を出た。
「今度は中国の山奥か。もう完璧に使い走りだな」
ディタンは舌打ちして商店街を走り抜けた。
「それでは維持装置の電源を切ります」
医師が眠っている裕司の横の維持装置の電源を切った。裕司の反応は何もなかった。
「これで良かったんだ」
佐仲は沈痛な表情で呟いた。
しばらくして裕司の呼吸が荒くなった。
医師や看護師が慌て始めた。裕司が目を閉じたまま手足をばたつかせた。
「う、う、うわあああああああ」
裕司が両手を上げて大声で叫んだ。裕司の体の周りが赤黒く輝いた。地面が震えた。
「な、何だ。まさか召喚か」
佐仲は椅子にしがみついた。
別室にいたレイリンも異変に気がついた。
「外へ避難しろ」
レイリンの指示で館内放送で避難命令が流れた。
「何だあれは?」
建物の外に出た革命団の隊員達が空を見上げた。渦巻く黒雲の中から裕司の魔獣のラウトラが現れた。続いて前かがみにうなだれた裕司がラウトラの胸の前に現れた。
「何が起きているんだ」
「維持装置の電源を切ったらおかしくなったんだ」
驚くレイリンに佐仲は答えた。
「まずい。同化する前に彼を殺せ!」
レイリンが命令を出すと隊員達が裕司へ発砲した。しかし銃弾は裕司の前で止まって地面に落ちた。魔獣使い達が魔獣で裕司に襲いかかったがラウトラに引き裂かれて消えた。
裕司の体がラウトラの胸に埋まった。ラウトラが激しく吠えて輝き始めた。
「同化?同化って何だ」
佐仲がレイリンに訊いた。
「言葉の通りだ。魔獣使いと魔獣が一体化するのさ。同化すると人間には戻れない。死ぬまで魔獣として本能のまま活動する」
「そ、そんな事があるのか。何だあの姿は……」
佐仲は変貌していくラウトラに目を凝らした。
ラウトラが2倍の大きさに膨らみ黒と金色の四本足の獣に変わった。
背中に生えた翼の上に4個の筒状の物体が生えた。
ラウトラがレイリン達を睨んだ。
「攻撃してくるぞ。全員応戦しながら避難だ」
レイリンは手を挙げてルベルジアを召喚した。
「長老、こっちよ」
ゼザーブルに乗った未希が佐仲を乗せてその場から逃げた。
ラウトラが背中の筒から光線を発射した。射線にいた魔獣達が撃ち抜かれて消滅した。
ラウトラはゼザーブルを見つけて翼を広げて追いかけた。
「まずい。追ってきたわ。ここで降ろすから逃げて」
未希の指示に佐仲は「わかった」と答えた。未希は山の中腹の森に佐仲を隠した。
「どうやら私に恨みがあるみたいね」
未希はゼザーブルに乗ってラウトラの正面に立った。ラウトラの後ろからレイリン達の魔獣の群れが追って来た。
(全員でこいつの動きを止めろ)
レイリンの思念波が未希達の脳に響いた。
魔獣達がラウトラの動きを止める為にかく乱攻撃を仕掛けた。
ラウトラは魔獣達の攻撃にひるんだ。
(全員散開!)
レイリンの指示で魔獣達が一斉に後退した。ラウトラの真上にいたルベルジアが口と両手から白い光線を放った。光線がラウトラに直撃して大きな火柱が上がった。
「やったの?」未希は目を凝らした。
火柱の中にラウトラは浮いていた。ラウトラはルベルジアを睨んで吠えると翼の筒から光線を発射した。光線は粒上の弾丸のような粒子となりルベルジアに向かった。
「やるな。だが聖獣の力をなめるなよ」
ルベルジアは両手を前に出して光の壁を作った。ラウトラの光線は弾かれた。
ラウトラが翼を広げてルベルジアに飛びかかって顔を殴り腹に蹴りを入れた。ルベルジアは少しだけ後ずさりした。
「すばやい上に力がある。だが動きさえ封じ込めば!」
レイリンが仲間にかく乱攻撃を命じた。魔獣達がラウトラの周りを囲んで襲ったがラウトラは水平に一周しながら光線を乱射して魔獣達を撃墜した。
「スピードだけならこっちが上か」
未希を乗せたゼザーブルが上下左右とラウトラの目の前を飛んだ。
(よし、今だ。退避!)
降下してきたルベルジアが掌から伸びた光の剣を振り下ろした時、ラウトラはゼザーブルの体を掴んで仰向けになった。ルベルジアの剣がゼザーブルの背中から腹を貫いた。
「くそっ!」未希はゼザーブルの体から離れて飛び降りた。
「しまった!剣を抜け」レイリンの命令でルベルジアは咄嗟に剣を抜いた。
ゼザーブルは力を落として山の中腹に落ちた。
「お前だけは絶対に倒す」
レイリンの目が緑色に変わった。
ルベルジアが口から光線を発射した。ラウトラの右目を貫いた。ラウトラが大きく吠えながらルベルジアの腹を蹴った。ルベルジアは弾き飛ばされた。ラウトラが大きく吠えた。ラウトラの周りの空間に10個の黒い穴が開いた。ラウトラの全身から黒い光線が発射されて穴に入った。別の場所で同じ数の穴が開き光線が地上に届くと大爆発を起こした。
「凄いな。あの魔獣」
「空間移動の光線とはまた厄介ですね。着弾地点の法則性は見当たらない。恐らく狙って撃った訳ではないでしょう」
遥か上空でベギットゥに乗って様子を見ていたディタンが月にいるガンズと話をしていた。
「さてどうするか」
「このまま互いに潰し合ってくれたらいいのですが、両者が組む最悪の事を考えなければなりません。そうなると先にラウトラを倒した方がいいでしょう。あの光線で今回は被害が少ない山や海上に命中しましたが大都市に直撃すると恐らく一瞬で町が消滅しますから」
「ああ、厄介な敵になりそうだぜ」
ラウトラが空を見上げて吠えて上昇した。レイリンも空を見上げた。
「気づかれた。ヴァルシ解除!」
ディタンは操縦桿を握りしめた。ベギットゥが姿を現した。
レイリンが「ほお」とニヤリとした。
「そう言えばこいつの血も浴びたな。ブレードガンを使うか」
ベギットゥは腰のブレードガンを握って突撃してくるラウトラに撃った。ラウトラに着弾したが速度を緩めずに突っ込んできた。ベギットゥはよけて後ろ足を蹴って離れた。ラウトラが翼の筒から太い光線を連射した。ベギットゥはよけながらラウトラに接近してブレードガンを撃ったがラウトラはびくともしなかった。ベギットゥはラウトラの周りを旋回しながらブレードガンを撃って動きを封じた。
(フフフ……彼は私より君をお気に入りのようだな)
レイリンが思念波でディタンに話しかけた。
「ああ、人気者は辛いぜ。化け物に好かれても嬉しくないけどな」
(減らず口を叩ける余裕があるなら楽勝だろう。まあいい。我々はここで失礼する。別に君と敵対しているつもりはないから一度だけ助けてやる。10秒後に真上に退避したまえ)
「次に会う時は敵になっているけどな。じゃあよろしく」
ディタンはフッと笑った。ベギットゥは高速で急上昇した。
ルベルジアが仰向けになり全身から光線を発射した。ラウトラは無数の光線を受けて吹っ飛んだ。ラウトラの体のあちこちに傷が出来て動きが止まった。
「そこだ!」
急降下したベギットゥの両手の剣がラウトラの腹に刺さった。ラウトラが大きく吠えた。
「おりゃあああ!」
ベギットゥは剣が刺さったままラウトラの体を一周した。切断されたラウトラの下半身が落ちて行った。ベギットゥはラウトラの胸に右手の剣を突き刺して青い光を発した。ラウトラの体から煙が立ち燃え広がってドーンと激しく爆発した。
「何とか倒したな。魔獣が能力を全て解放するとああなるのか。それにルベルジア……手加減してあの力だとまずいな」
ディタンは燃える地上の景色をしばらく眺めた。
「未希、大丈夫か」
小柄な魔獣に乗った佐仲が山道で座り込んでいる未希を見つけた。
「ええ、大丈夫。でもゼザーブルは傷ついてしばらく呼び出せないわ」
「よし、俺の魔獣に乗れ」
未希は佐仲の魔獣に乗ってレイリン達を追った。
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