魔獣(10)

 「月のナイト様とのデートは楽しかったかい?」

 アジトの廊下でレイリンが未希に穏やかに声をかけた。未希はフッと微笑んだ。

 「ええ、とっても。どうせ盗み聞きしていたのでしょ」

 「君が裏切るなんて思っていないけど念の為だよ。そして君は裏切らなかった」

 「そうよ。裏切る理由もないし仮に私が裏切ったとしても既に細菌がばら撒かれてコムザンが世界中で暴れ回っている。あなたの目指す人類が滅びる未来に変わりないでしょ」

 「そこまでわかっているなら好きにしてくれて構わないよ。もはや誰にも止められないからな」

 「じゃあシャワー浴びて来るから。何なら盗聴してもいいわよ」

 未希は軽く答えて廊下を歩いて行った。

 数日後、アメリカ政府からの連絡を受けてディタンは米軍基地にいた。兵士達に案内されて会議室に入ると数人の男達が立って迎えた。

 政治家のフラドルとその秘書。それと科学者のロバートと研究者達だ。

 「ようこそ。我々は歓迎するよ」

 フラドルはディタンに微笑んで迎えたがディタンは、

 「この前のグローガみたいに喧嘩売ったら帰るからな」

と冷たく答えた。

 「グローガは革命団の一味だったんだ。レイリンの言う事を聞かずに勝手に君と接触して消されたようだがね。気を悪くしたなら謝るよ」

 「そういう事なら別にいいさ。あっそうそう。これロバートにプレゼントだってさ。ガンズからだ」

 ディタンはロバートに小箱を渡した。

 「ガンズ?おお、スティーブ・ガンズか。君の知り合いか。チャットルームでよく話しているよ。とても知的な紳士だ。今度ゆっくり会って話してみたいもんだ」

 ロバートは喜んで小箱を開けた。小瓶には小さな月の石が入っていた。

 (あいつ……ちゃんと仕事してくれよ)

 ディタンは表情に出さずにガンズに呆れた。

 全員が席に座って会議が始まった。ディタンはコムザンについて知っている情報を伝えた。

 「なるほど。細菌が増殖して巨大な生物になるという事か。厄介だな」

 フラドルは腕を組んで呟いた。

 「そういう事。革命団は人為的に細菌を増殖させる装置を持っている。巨大化する時に発生する独特の熱反応で場所は特定できる。粒子レベルまで分解して倒さないと下手に体を残すとまた細菌をまき散らす。もっとも俺の機体でも完全に細菌を根絶できない。これからは地球人とコムザンとの戦いになるぞ」

 ディタンの言葉に一瞬ざわついたがすぐに静まった。

 「根絶は無理だとしてもあの化け物を退治する兵器が必要だな」

 「大気圏で生まれたコムザンがどういう進化するのか俺にもわからない。こちらで持っている細胞のデータを渡す。どこまで参考になるかわからないけどな」

 ディタンはフラドルにUSBメモリーを渡した。

 「ありがとう。ところで君の機体のデータはもらえないのかね」

 「地球の文明でいくら分析しても時間の無駄だ。それにあれは俺にしか動かせない」

 「わかった。それでそちらの条件を聞こうか」

 「うちの船の燃料を作って欲しい。ロバートがやっている研究が近いそうだ」

 「なるほど、わかった。それはロバート博士に一任しよう。頼んだよ博士」

 フラドルが言うとロバートは「はい」とだけ答えた。

 「交渉成立ってところだな。燃料のサンプルはこれだ」

 ディタンはロバートに小箱とUSBメモリーを渡した。

 「それと現在暴れているコムザンを倒して欲しい。気休めにしかならんが被害は出来るだけ抑えたい」

 フラドルは穏やかな口調で言った。

 「今は俺しか退治できないからな。わかった。取りあえず連絡手段はさっき言った段取りで」

 「魔獣退治は手伝ってくれないのか」

 「いくらギミケルト人の末裔とはいえそれは地球の問題だ。魔獣の近くに魔獣使いがいる。そいつを殺すか眠らせたら魔獣は消える。地球の技術では魔獣を殺せないからこの方法でやってくれ」

 ひと通り話を済ませてディタンは皆と一緒に外へ出てベギットゥのステルスモードを解いた。一同は驚いた。

 「これが動くとは凄いな。写真を撮ってもいいかね」

 フラドルはスマホを取り出した。

 「さっきから撮っているじゃねえか」

 ディタンは遠くからカメラで撮っている兵士を指差した。

 「ああ、軍事基地だからな。許してくれ。私はプライベートで」

 「ああそう。好きにどうぞ。じゃあコムザンを倒しに行くから」

 ディタンはベギットゥに乗り込んで飛び去った。

 各国にいる十数体のコムザンも東京で倒した物と同じで動きが鈍くて倒すのにすぐ倒せた。

 「これで全部だな。今日は魔獣の邪魔は入らなかったな」

 ディタンはパリの壊れた凱旋門の上を超えて大気圏を突破した。暗い宇宙の中でベギットゥは背中から青い光を放ち高速で月へ向かった。

 その後、アメリカ政府から世界中へコムザンの情報が伝えられた。コムザンの細菌や細胞の情報がネットで公開されて世界各国で研究が始まった。

 「これはディタンが絡んできたな」

 レイリンは無表情でパソコンを見ながら呟いた。

 「アメリカ政府と組んだとみて間違いないわね」

 「私にあれを倒せるだろうか」

 「ゼザーブルよりスピードは上。でも機械だから直線移動でしかスピードは出せない。格闘戦が得意だから近接攻撃は避けるべきね。別部隊で遠距離攻撃しながら戦うのが最善策ってところね。ちょっとあの子の様子を見てくるわ」

 未希はパソコンを閉じて立ち上がった。

 「ありがとう。参考にするよ」

 レイリンは微笑みながらパソコンを操作した。

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