魔獣(9)
燃える車、煙を上げるビル、サイレンと共に警官達がうごめく。泣く者、怒る者、背広姿の政治家が声高に叫ぶ……そんな景色が当たり前になり人々の心は沈んでいた。
先進国ではテロ組織の情報交換に使われないようにSNSや掲示板の書き込みや閲覧が禁止になった。また、魔獣を神の使いと崇める者達が集まり各地でカルト教団を結成し独特な祈りの儀式を行っていた。
「葬式の頻度が増えたのう」
寺の和室で克了は法衣をハンガーに掛けて軽装に着替えた。
「病気、自殺、事件に巻き込まれて亡くなられた方と続々ですね」
弟子の慈細(じさい)は淡々と答えた。
「物価が上がってますます節約しないとだめだな」
「輸送ルートでテロが起きているとかで輸出入の量が減っているそうです。食料の買占めや高額転売も起きているみたいですからね」
「全く嫌な世の中になったもんだ。憎悪の種があちこちに散らばって新たに憎悪を生み出して連なっていくばかりだ。誰も止められない」
克了は座って新聞を手にした。
それから3ヶ月程たった頃、聖なる革命団に与する者達が各地で警察に拘束されるニュースが流れた。一部では軍が武装したテロ組織と激しい戦いを繰り広げて壊滅に追い込んだ。
「言われた通り協力者のリストを政府機関にばら撒いたけどこれで良かったの?私達の居場所がバレたりしないの?」
「それは大丈夫だ。我々の活動拠点は引き払ったよ」
レイリンは未希にフッと笑って答えた。
「無力で強欲な邪魔者はさっさと消えてもらって終わり行く世界に乾杯する時が来たのだ。それでは未希、作戦開始だ。全員に指示を」
未希は「わかったわ」とパソコンを操作した。
未希の指示をスマホで確認した各地の魔獣使い達は小型のアタッシュケースから試験管を取り出し地面に叩きつけて割って足早に去った。
「ああ、だるかった」
月面のコムザンを倒してカプラディに帰艦したディタンはベギットゥから降りて廊下を歩いていた。
「ディタン様。地球にコムザンが発生しました!」
艦内のスピーカーからガンズの声が響いた。
「へえ、やっと出たのか」
ディタンは驚きもせずいつもの歩調で司令室に入った。
「各国の主要都市に発生。15体です」
「ふ~ん。どうみても革命団の仕業だな」
「そうですな。いよいよ人類を滅亡に向かわせている」
「まあいいじゃないか。どうせ千年後に滅びるのだから今滅びても時期が早まっただけだからな。良かったじゃないか綺麗にいなくなって」
「確かにそうですが、レクト様が目覚める為の手段がなくなります。この船だって燃料がなくてずっとここにいる事になりますし、せめてもう少し文明を発展して新しい技術を作ってもらわないと……」
困った表情をするガンズにディタンは腕を組んで天井を見ながら考えた。
「それじゃ何か刺激を与えるか」
「今度はこちらからアメリカ政府とコンタクトを取りましょう。私が段取りを立てますからディタン様が交渉をお願いします」
まるでディタンの言葉を待っていたかのようにガンズが早口で答えた。
「わかった。任せる。じゃあ地球へ買い物に行ってくるよ」
ディタンは司令室を出てベギットゥで出発した。
買い物を済ませたディタンは克了の寺に寄った。
「よう爺さん。久しぶり」
ディタンが軽く挨拶すると庭で掃除していた克了は微笑んだ。
「おおディタン。元気そうだな」
「見ての通りだ。爺さんは悪い奴らに絡まれていないか」
「ああ、心配してくれてありがとう。あれから買い物は弟子と一緒に出かけているぞ」
「それなら良かった。もうこの辺りも物騒になってきたから気を付けろよ。さっきも警官が誰か取り押さえていたからな」
「世の終わりが近づくと自暴自棄になる奴が出てくる。いくら暴れたところで満足して死ねる訳でもないのにな」
克了は微笑んで「おや、また不思議な客人が来たようだ」と門の方を見た。
ディタンも同じ方向を見るなり「お前!」と歩いてくる女に叫んだ。
「久しぶりね。ナイト様」
未希は微笑んだ。
「何だよお前、殺されに来たのか」
ディタンが睨むと未希は髪をかき分けた。
「そんなに怖い顔で見ないでよ。負ける戦いはしたくないから。今日はあなたに言いたい事があるから来たの」
「そうか。それにしてもよく俺の居場所がわかったな。それもお得意の異能ってやつか」
「あなたの機体はゼザーブルの血を浴びたから。あの子には自分の血の匂いがわかるのよ」
「まあ考えてみたら魔獣も獣の一種だからな。帰ったらベギットゥの掃除をしておくか。でも魔獣の血なんてどうやって洗うんだ」
「ほお、あんたは魔獣使いか。聖なる革命団の……」
二人の話に克了が割って入ってきた。未希は克了を見た。
「そうよ。でも私は革命団の思想には賛同していないわ。単純に政府に捕まるより革命団にいた方が楽だからよ」
「思想に賛同しなくても共に行動している限りあんたが革命団の一味に変わりない。お前達のせいで沢山の人が死んだんだ。今更そんな言い訳は通用しないぞ。あんたに言っても仕方ないが」
克了は淡々と言った。
「そうね。あなたに説教される筋合いはないわ。私はただ自由に生きているだけよ」
未希は前髪に垂れてきた髪をかきわけて答えた。
「つまらない話はどうでもいい。俺に話があるんだろ」
ディタンは冷めた口調で言った。
「もう手遅れだから手を引きなさい。あなたがコムザンと呼んでいる怪獣をいくら倒したところでまた細菌がばら撒かれてどこにでも生まれるわ。世界中の革命団のメンバーに細菌と活性化する装置が配られたから」
「何と言う事だ……」克了がうつむいた。
「ああわかっているよ。けどこちらにも都合があるんだ。しばらくは地球人の味方をする事にした。お前はどうするんだ。また俺に戦いに挑んで殺されるか」
「さっき言った通り負ける戦いはしないの。キリがいい所で革命団を抜けるわ。それじゃ」
未希は振り返って寺を出て行った。
「今更あいつを殺したところで何も変わらないか……それにしても地球の女は何考えているのかさっぱりわからねえな」
「私から見たらお前もあいつも似たようなもんだがな」
克了は微笑んだ。
買い物を済ませてベギットゥに乗り込んだディタンにガンズから東京で暴れているコムザンを退治する様に連絡が来た。ディタンはその足で東京に向かった。
東京湾のそばで肩に鋭い角が生えたコムザンが歩いていた。
「動きがのろいな。重力のせいか」
ディタンがモニターで見たコムザンは何の意思もなくその辺りを歩き回っているような行動をしていた。
「一撃で倒すぜ」
ベギットゥはステルスモードのまま剣でコムザンを刺して消滅させた。
「今度は魔獣か!」
巨大な黒い四本足の魔獣が現れた。魔獣はベギットゥの居場所を知っているかのように襲ってきた。ベギットゥは剣で刺そうとしたがよけられた。
「どうして俺の場所を知っている。まあいい」
ディタンはベギットゥを上昇させた。その後を魔獣が追ってきた。
「ヴァルシ解除」
ディタンの言葉に反応してベギットゥが姿を現した。魔獣に剣で振りかかったが軽くよけられた。ベギットゥが腰のブレードガンを手にして小さな火球を連射した。魔獣の動きが止まった。
「そこだあああ!」ディタンが叫んだ。
背中で青い光が輝きベギットゥは魔獣に突進して剣で細切れに切り裂いた。魔獣は消滅した。
コックピットのセンサーに人間の生体反応が表れた。ディタンはモニターをズームした。人間が頭から地面に落ちて行った。その人間の顔にはゴーグルが装着されていた。
「なるほど。あれで俺の居場所をつきとめていたか。いくら場所がわかった所で俺は倒せないけどな」
ディタンは鼻で笑って月へ帰った。
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