魔獣(7)
アメリカ中部で魔獣を倒してステルスモードで飛行しているベギットゥの前に未希のゼザーブルが現れた。
「ようやく現れたか」
ディタンがニヤけた。
ベギットゥは右手から剣を伸ばしてゼザーブルへ突進した。
ゼザーブルは軽くよけて山の方向へ逃げた。
(姿を見せなさいよ。卑怯者)
未希が思念波で話しかけた。
「煽るじゃねえか。わかったよ。ヴァルシ解除」
ディタンの声でベギットゥが姿を現した。再びベギットゥはゼザーブルに突進した。
ゼザーブルは素早くよけてベギットゥの膝の裏に蹴りを入れた。ベギットゥはよろけながら振り向いて剣を振り下ろした。ゼザーブルは軽くよけて左右に飛びながら白い火球を次々と吐いた。ベギットゥは両肩から青い光を放ち小刻みによけながら掌から光弾を乱射した。ゼザーブルは弾をよけて空中をはしゃぐように駆け回った。
(不意打ちが好きなあなたは正々堂々と戦うのは苦手なようね)
「騎士の俺に随分言ってくれるな。小娘が!」
ベギットゥが背中に青い光を輝かせて突進した。剣先が喉に届く寸前でゼザーブルは左によけベギットゥの背後に回って火球を連射した。背中に2発命中したベギットゥが勢いで飛ばされて前のめりの姿勢になった。
「なめんな!」
空中で前転したベギットゥは仰向けのまま突進して青く輝く剣先を上に向けた。ゼザーブルは咄嗟に上昇したが左脇腹を切られた。ゼザーブルが甲高い雄叫びを上げた。
(なかなかのスピードね。でも所詮は機械。戦える時間は限られている筈よね)
「長々と化け物と遊ぶつもりはねえよ!」
ベギットゥは掌から火球をゼザーブルのいる場所と違う方向へ撃った。
火球が飛ぶ先には未希が宙に浮かんでいた。
「あばよ」ディタンは小さく呟いた。
(誰に言っているの)
未希は両手を前に差し出した。掌から白い光の壁が未希の前に広がった。火球は壁に遮られて四散した。
「へえ凄いな。魔獣使いはそんな力もあるのか」
ディタンは火球の攻撃に耐えて宙に浮く未希を見て驚いた。
(魔獣の力に応じて多少の異能を使えるのよ)
「そうかい。それならバッサリと切り刻んでやるよ」
ベギットゥは未希に突進して剣を向けた。
剣先が未希の頭に届く寸前で未希が消え、同時にゼザーブルも消えた。
「ちっ、逃げ足が速い奴だ。今度見つけたら絶対殺すからな」
ディタンは悔しさを顔に滲ませた。アラームが鳴った。
「戦闘機か。帰るか」
ディタンはベギットゥを上昇させた。
「あれがやつの機体か。異星人の機体には興味はあるが今はまともに相手にしていられないな。仙座にご執心のようだから彼女に任せておくか」
レイリンはノートパソコンを閉じて微笑んだ。
山奥に逃げた未希はゼザーブルを召喚して傷の具合を見ていた。脇腹から腹にかけて斜めに傷を受けていた。
「痛い思いをさせてごめんね」
未希が傷口を優しく撫でると横たわったゼザーブルは目を細めた。
「ディタンが言っていたよ。お前はゼザーブルという動きが素早い魔獣だってね。名前すら知らなかった。呼び出せば現れる白い魔獣ってだけで名前をつけようとも思わなかった。体が大きくて顔が怖くて子供の時から怖かった。でもさっきの戦いを見てお前は強いやつだと心から思ったよ。私はお前を絶対死なせない。だから私を守ってくれ」
体を撫でるのをやめて未希は召喚を解いた。ゼザーブルはスッと消えた。
「たまには野宿も悪くないか」
未希は山道を下りて川沿いの木陰に腰かけた。
「変わったのは周りか、それとも私か……本当は自由に行きたかったのかな。村に住むのが嫌な人達はみんな出て行った。他の人と違う魔獣を呼び出せる私は村の掟に従って巫女として生きる運命だった。いえ、運命という言葉にかこつけて外に出るのが面倒だっただけ。そういう自分だっただけなのよね」
木陰から見える夜空は澄んで無数の星が輝いていた。
「私の先祖が住む星がどこかにある。行けるなら行ってみたいな」
未希は木陰で横になって眠った。川のせせらぎだけが辺りに響いた。
未希との戦いの後、ディタンはいつもの町で買い物をしていた。
商店街はシャッターを下ろす店が増えた。日本でも聖なる革命団のテロ行為が続発して警戒レベルが高まっていた。
人が集まる場所には警官が巡回していた。学校は校門に警官が配備されて午後になるとすぐに子供達を帰した。
「全く迷惑な話だ」「これじゃ商売できないよ」「子供が早く帰ってきてもねえ」
人々の世間話を耳にしながらディタンはコンビニやスーパーで買い物をした。
スーパーの前で警官達が男を取り押さえていた。
「俺達は死ぬんだ。化け物に食われて死ぬんだ!」
男の喚き声と「大丈夫だから」となだめる警官の大声が響いた。
(何が大丈夫だよ。お前らが魔獣を倒すのかよ)
ディタンは鼻で笑って警官達の前を通り過ぎた。
しばらく歩くと老人が若者に絡まれていた。
「おい。ガキ共、年寄り相手にみっともねえぞ」
ディタンが止めに入った。
「ガキだって?お前も似たようなもんだろ。爺さんから金をもらいたいだけだ。どけよ」
男が殴りかかってきた。ディタンはよけて男の腹を蹴った。男はうずくまった。
「何だこの野郎。やっちまおうぜ」
三人の男が一斉にディタンに襲い掛かったがディタンは殴り返した。男達はうずくまった。
「どうせ化け物にやられて死ぬんだ。今を楽しんで何が悪いんだよ」
男達の一人が叫んだ。ディタンは黙って男の顔を蹴り上げた。男は「ぎゃあ」と叫んで顔を両手で押さえた。
「死にたいならとっとと死ねよ。他人に迷惑かけながら生きて楽しいか」
ディタンが男を睨みつけた。男達は「くそっ」と叫んで走り去った。
「大丈夫かい。爺さん」
ディタンはうずくまっている老人の肩を叩いた。
「ああ、助けてくれてありがとうな」
老人はよろよろと立ち上がった。
「この辺りは危ないから家まで送ってやるぞ」
「そうか、すまんな」
ディタンは老人と共に歩いた。
昼間から酔っ払いがふらふらと歩いていた。
「何だか物騒な雰囲気だな」
「ああ、化け物やらテロやらで景気が悪くなっているんだ。都会ではもっと酷くて家を焼かれた者が避難所で暮らしているからな。人智を超えた力の前にみんな絶望したり自暴自棄になっているのさ。人は無力な生き物だ」
「そうだな」ディタンは辺りを見ながら答えた。
20分程歩くと寺が見えた。
「あそこじゃ」
老人が指差した。
「何だ。爺さんは寺の坊さんか」
「ああ、礼に茶を出すから寄ってくれ」
ディタンは老人と一緒に寺に入った。
寺の縁側でディタンが待っていると老人が盆に茶菓子を乗せてゆっくり歩いて来た。
「さっきはありがとう。私は克了(かつりょう)。この寺の住職だ」
「ああ、俺はディタン。えっと……アメリカ生まれだ。日本語はペラペラ」
ディタンは人に訊かれるといつもそう答えていた。
「そうか。ディタンというのか。あんたは何か他の人間と違う気配を感じるな」
克了の言葉にディタンは「えっ」と少し驚いた。
「そ、そうかあ。まあ俺は変わり者だからな」
「私の家系は代々勘が良くてなあ。何となくだが不思議な気配を感じる事が出来るんじゃ。最近暴れ回っている魔獣を使っている連中も普通の人間とは違う何かを感じる」
「そうだな。世の中には色々な人間がいるって事だよ」
茶を飲んで空を見ながらディタンは答えた。克了はフッと笑った。
「あんたは見た目より随分年を取ってそうだな」
「おいおい、余計な詮索はなしだぜ」
ディタンは苦笑いした。
「そうだな。悪かった。年を取ると思った事が口に出てしまってな。さっきの若者にもつい説教してしまった。虚しいものだ。死を恐れながら生きる力を失った人間ほど質が悪い。無駄に憎しみにとらわれて死から逃れようとする。あんたがさっき言った通りそういう連中はとっとと死んでくれた方が周りに迷惑をかけずに済むのにな」
「おい、坊さんがそれ言っていいのかよ」
「坊主も人間だからな。うん?あれは……」
空から戦闘機が飛ぶ音が響いた。
ディタンと克了は空を見上げた。黒い魔獣とそれを追う戦闘機が横切って行った。
「この辺りも危なくなってきたか」
「じゃあ俺、帰るわ。爺さんも気をつけてな。危ない場所を出歩くんじゃねえぞ」
「ああ、忠告ありがとう。またいつでも遊びに来てくれ」
ディタンは「じゃあな」と手を振って寺を出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます