魔獣(5)

 「それで政府の要求は何ですか」

 山頂の洞窟に腰かけて未希は佐仲に訊いた。

 「我々の身体検査、魔獣の研究……要求は山ほどだ。生活は保障するらしい。村の跡地に研究所を建ててな」

 「まるで実験体ね。監禁されてもいつでも逃げられるから付き合ってもいいけど痛いのは嫌だわ」

 ガガガガガ!

 外で銃声が聞こえた。

 「何だ!」

 佐仲と未希が外に出た。黒い服を着た数人の何者かが銃を乱射していた。

 「政府の連中か?」

 「おかしいわ。みんな逃げるわよ」

 未希がゼザーブルを召喚した。ゼザーブルの口から火球を放った。辺りが火の手に包まれた。

 住民達も魔獣を呼び出して乗って飛び立った。

 空には数頭の黒い魔獣が待ち伏せしていた。

 「我々の他にも魔獣が!生け捕りにするつもりか!」

 佐仲が叫んだ。

 「あれは!」

 未希も叫んだ。空に黒い穴が開き青い魔獣が現れた。

 「あれは《ルベルジア》!どうしてここに」

 「長老!何ですか。あれは」

 「聖獣と呼ばれる魔獣の上位種だ。古文書で読んだ事があるが存在していたのか」

 (聴け!ギミケルトの末裔達よ)

 「何なの?」

 脳に響く低い男の声に未希は目を閉じた。

 (私はレイリン・マトス。聖獣ルベルジアを操る者。お前達と争うつもりはない。私の指示に従って来て欲しい)

 「その割には随分手荒な真似で迎えてくれるな!」

 住民の一人が叫んだ。痩せた鳥型の魔獣が口から火球を吐いた。ルベルジアも火球を吐いて二頭の間で大きく爆発した。他の魔獣達も火球で攻撃したがルベルジアには効かなかった。

 「やめて!」未希が叫んだ。

 突進する魔獣達を次々とルベルジアが伸びた爪で切り裂いた。

 魔獣達は空から落ちながら消えた。

 残ったのは未希と佐仲と裕司だけになった。

 (さあ、どうする。見たところ手負いの子供もいるようだが)

 (あなたは政府の人間なの?)

 未希は思念波で問いかけた。

 (この世界の裏にいる者……ってところだな)

 (ふ~ん、世界を裏から支配する秘密結社でもあるのかしら。つまらない冗談ね)

 (まあいい。その辺の事は会って話そう。お前を連れ回した妙な機体に乗った奴の事も聞いておきたいからな。来てもらおうか)

 (ここで死ぬよりは退屈しなそうね。いいわ)

 「長老、行きましょう」

 ゼザーブルに乗った未希は右手を上げて叫んだ。

 狼の姿をした小柄な魔獣に跨った佐仲は頷いて答えた。

 ルベルジアの姿は消え黒い魔獣達と共に未希達は夜空を飛んで行った。

 月面のコムザンを倒したディタンは宇宙船カプラディに戻った。ディタンはベギットゥの整備を小型ロボットに任せて冬眠装置のある部屋に入った。

 音を立てて稼働している装置の小窓を覗くとレクテが眠っていた。大人びた少女の青白い顔には生気がなく仮死状態のように微動しなかった。ディタンの表情が曇った。

 部屋を出て自分の船室に入った。服を脱いで殺菌室で光を浴び地球で買った部屋着に着替えてベッドで横になった。

 「いつまでこの生活を繰り返すのか」

 ディタンは呟いて眠りについた。


 数日後、世界中に臨時ニュースが流れた。

 国連本部が魔獣と武装集団により占拠された。

 「おうおう。やるなあ」

 月でディタンとガンズが地球から傍受したニュースを見ていた。

 武装組織は《聖なる革命団》を名乗り魔獣による世界征服を宣言した。

 それに対しアメリカ政府は聖なる革命団を世界に恐怖をもたらすテロ組織と認定し各国へ協力を呼び掛けた。

 《眠り姫を目覚めさせる為の技術を提供する》

 政府の呼び掛けの中の一文が何を意味するのかディタンとガンズにはすぐに分かった。

 「さてどうするか。あいつらにそんな技術が本当にあるのか怪しいな」

 「そこまで事情を知っているとは侮れませんな」

 二人は様子を見る事にした。

 「どうやらアメリカ政府は彼らの力を必要としているようだな」

 金髪の男、レイリン・マトスは静かに微笑んだ。

 「それでどうするの?」

 テーブルを挟んでパソコンを見ながら未希は訊いた。

 「別に。こちらはギミケルト人の末裔が何人もいるんだ。彼らが敵に回っても問題はない。それに彼らも無駄に干渉しないだろう。そういう奴なんだろう?」

 「基本的にはそうだけど彼は姫を目覚めさせたいからわからないわ。敵になる事を想定しておいた方がいいわね」

 「その時は叩くさ。このままだとこの星はもうすぐ滅びる。我々は目先の事しか考えない馬鹿な人類を減らしていかないといけない」

 「随分大層な事を言っているけど減らす手段はあるの?まさか各地で魔獣を暴れさせるなんてつまらない事考えている?」

 未希は鼻で笑った。

 「君は見かけによらず相当な皮肉屋らしいな。切り札はこれだよ」

 レイリンは隕石の写真を見せた。

 「この隕石に細菌が付着していてね。調べた結果、宇宙で暴れている生物だとわかった」

 「ディタンがコムザンと呼んでいた奴ね。でも地球へは大気圏に突入した時に燃え尽きるって言っていたわ」

 「そうだ。もし彼らが言うコムザンを地上で誕生できたらどうなると思う?我々の一族は君達と違って代々魔獣について研究してきたんだ。その研究の応用でコムザン発生のメカニズムを解明できた。もうすぐ実験段階だ。或いはそのまま実用になるだろうね」

 「よくわからないけど成功するの?」

 「まあ見ていてくれ。人類の絶望と共にな」

 ニヤけるレイリンに未希は「そう、楽しみにしているわ」と無表情で答えながらパソコンを操作した。

 国連本部の上空に浮く魔獣が空を見た。数秒で魔獣が何者かに真っ二つに切り裂かれて消えた。そしてビルの上から次々と壁に穴が開いた。ビルの前に魔獣が次々と現れた。

 「化け物は俺が退治するからさっさと中に入りな」

 ディタンは軍用無線の周波数で叫んだ。

 魔獣が透明のベギットゥに襲い掛かったが次々と切り裂かれた。ヘリから兵士達がビルの穴から入った。魔獣を失った聖なる革命団は短時間で軍に鎮圧された。

 「終わったな。ガンズ、今から帰る」

 ディタンは月へ帰った。

 「国連が鎮圧されたわ。ディタンが鎮圧に手を貸した。これも作戦の内?」

 「あくまでアピールだよ。いつでも攻撃できるってね。それに我々に同調する連中を集めるきっかけになる。今の社会に不満を持つ者は沢山いる。本格的なテロリストから世界が滅びろとネットに書き込む一般人までこの世界に殺意を抱いて生きている人間は無数にいる。それに我々を利用して金儲けを目論む者もね。我々に協力してくれるなら個人の思惑はどうでもいい。これからだよ」

 テレビのニュースを見ながらレイリンが微笑んで未希に答えた。

 「なあ、本当にこれでいいのかよ」

 「レクテ様を助ける技術があると彼らが言っているのです。少しだけ信用しましょう。もし魔獣を倒す為に嘘をついていたとしても放っておけばいいですしね。別に私達に不利益はないので。アメリカ政府が軍事衛星用の周波数で私達に接触を求めています。やりましょう。準備は私がやりますので今は休んで下さい」

 「わかった。頼むぞ」

 ディタンはガンズに答えて自室に戻った。

 銀色の二本の塔がそびえる城の近くの湖でレクテは一角獣に乗って走り、その後をディタンが乗った自動車がゆっくり追いかけた。

 「ディタン、早く来ないと置いていくわよ」レクテは笑った

 「全く……」ディタンはため息をついた。

 森を抜けて丘の上に着いた二人は軽く食事をした。

 「お前、ここが好きだな」

 「そうよ。何もない草原だけど草が波のようにうねって色が変わるの。ただそれだけ」

 「人が多い町の中より好きなのはわかるけどよ。大丈夫か。もしかして王族が嫌だとか」

 「忙しいけどそんな事はないわ。ただ息抜きの時間が欲しい位かな。私に流れる地球人の血がそうさせているのかしら?」

 「地球人ねえ」ディタンは空を見上げて言った。

 「ディタンは地球に行きたいと思わないの?」

 「全然。よその星の事なんかどうでもいいさ。俺も地球人の血が流れているがそういう事実があるだけで別に興味なんかないからな」

 一瞬吹いた風でレクトの帽子が飛んだ。レクトの長い金髪が風になびいた。

 「あっ!」「いいよ。俺が取って来るよ」

 風が吹くある日の昼間の光景の夢からディタンは目覚めた。

 「何だ。珍しい夢を見たな」

 ディタンは天井をほんやりと眺めた。

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