魔獣(4)

 魔獣による攻撃で町は炎に覆われた。学校や建物が倒壊し多くの死傷者が出た。二頭の魔獣の戦いの模様が臨時ニュースとして世界中に流れて人々は騒然となった。テレビやネットで人類滅亡の始まりだのどこかの国が攻撃しただのオカルトや陰謀論が溢れた。

 「ハハハ、お前らすっかり有名人だな」

 ディタンはテレビを見ながら半笑いになった。ディタンが未希達の住む村を訪れて数日が経った。

 ディタンがこの村に住み着いている目的は村に伝わるギミケルト人の技術でレクテが眠っている冬眠装置を修理できないか調べる為だ。

 事情を村の長老に話して伝承や伝説を調べてもらっているが難航していた。

 「困りました。まさか同族がいたなんて……私達は静かに暮らしたいだけなのに」

 「まあでも俺達の居場所はわからないから心配しなくていいだろ」

 「呑気なもんだな」

 未希とディタンが話していると部屋に老人が入って来た。

 この村の長老の佐仲幸太郎だ。佐仲がタブレット端末をディタンに差し出した。

 「これはお前の機体だろ」

 「へえ、地球の技術でもこういう事が出来るんだな」

 端末にはラウトラを剣で貫くベキットゥの輪郭がうっすらと映っていた。

 「高画質のカメラで撮られたようだ。しかし月に住んでいるお前なら身元がバレても平気だろうがな」

 「ああ、別に俺は地球人の社会に干渉するつもりはない。レクテの冬眠を解きたいだけだからな。それで何かわかったのか」

 「わかっているのは我々の祖先が遥か昔に突然この山奥に現れた事。そしてその民が魔獣の召喚方法を儀式として伝承してきた事だ。残念ながらそれ以上の事は何もなかった」

 「そうか。突然地球に飛ばされたのならここで技術を再現できないからな。わかった。手間を取らせたな。それであのガキはどうしているんだ」

 「あいつは眠ったままだ。沐浴に漬けている。いきなり力を暴走させたのだからしばらく目覚めないだろう。よほど心に怒りを抱えていたのだろう」

 「とにかく気をつけるんだな。それじゃ帰るわ」

 ディタンは別れて月へ戻った。

 「手がかりなしですか……期待していたのですがね」

 ガンズは落胆して呟いた。

 「ギミケルトの技術があれば山奥の村に隠れ住んでいないだろう」

 「あの星は高度な技術を持っていたので冬眠装置の修理に使えると思ったのですが、無駄な戦いに巻き込んで申し訳ございません」

 「別に謝らなくていいよ。修理できる可能性があればどこでも行くから遠慮なく言ってくれ。それで地球の様子は?」

 「大騒ぎです。異星の魔獣が暴れて町を破壊したのですから。しかし未だに国連や各国の政府は何も声明を出していない。災害が起きたらすぐに見舞いの声明を出すのにですよ」

 「へえ意外だな。日本政府に魔獣を探し出せとか言うのかと思った。あいつら欲しい物があれば難癖つけて手に入れたがるか喧嘩吹っ掛けるからな。それで戦争突入のお決まりパターン。今まで散々愚行を繰り返しているのに今回は慎重だな」

 「以前から魔獣の存在を知っていたのかも知れません。我々の祖先といい今回のギミケルトの魔獣といい、地球では空間の裂け目が度々起きて異星人が往来していたのかも知れませんね」

 二人が話していると警報が鳴った。

 「化け物退治の時間だ。ちょっと体を動かしてくる」

 ディタンは部屋を出てベギットゥに乗って発進した。

 黒い角が生えたコムザンが月面で暴れていた。ベギットゥは両手の剣を伸ばしてコムザンに体当たりした。コムザンは半重力の月面で吹っ飛んだ。

 そのまま浮いたコムザンの腹に両手の剣を突き刺して力任せに水平に斬りつけた。真っ二つに分かれた体に再び剣で刺して剣の刃から青い光を発すると体が溶けるように分解して消えた。ものの2分でコムザンを倒した。

 「ふん、相変わらず退屈な化け物退治だな」

 ディタンは鼻で笑って遠くに青く輝く地球を見た。コックピットのモニターにガンズの顔が映った。

 「動きがありました。戦闘機が魔獣使いの村に向かっています」

 「やっぱり嗅ぎつけたか。さてどうなるかだな」

 「行かないのですか?」

 ガンズの問いにディタンは少し考えて、

 「そうだな……俺達の事を喋られると面倒くさいからちょっと行ってくるか」

と答えた。

ベギットゥは背中と足から青い光を発して地球へ向かった。

 午前2時──透明なベギットゥが村の上空に着いた時、眼下で戦闘機が編隊を組んで村を空爆していた。

 「あの戦闘機は日本の物か。いや、違うな。真っ黒じゃないか」

 その黒い戦闘機は機体に番号も国旗もなかった。戦闘機部隊は村の上空から断続的に爆弾を落とした。火の手が村から周囲の森に燃え広がった。

 戦闘機が飛び去った後、ディタンは高度を下げて村の様子を見た。

 「ああ、やっちまったな。村の連中は逃げたか」

 燃える村に人影はなかった。コックピットの計器で生命反応を調べると山頂に人間の生命反応を示す印がモニター画面に映った。

 「あそこに逃げたのなら大丈夫か。しかし村ごと焼くとは野蛮な事をするな。うん?」

 燃える村に消防車が来て消火活動を始めた。

 「ふん、茶番だな。空爆を山火事に偽装する段取りか」

 消防隊が帰ったのを見届けてディタンは山頂に隠れている未希達と会った。

 「これからどうするんだ」

 「バラバラに住むしかないですね。どこに住んでも一緒な気がしますが」

 「そうだな。これからの事は後で考えるとして取りあえず今はお前達が日本にいないように見せる為にかく乱するか……ちょっとだけなら手伝ってもいいぜ」

 「何か考えがあるのか」

 長老の佐仲の問いにディタンはニヤリと笑った。

 翌日、世界各地で魔獣ゼザーブルが現れた。

 「本当にこれでいいのですか」

 「いいんだよ。たった1時間で世界を一周出来る機体なんて地球に無いからな。こうして移動しながら魔獣を召喚したら地球人には魔獣があちこちで現れているように見えるだろ」

 コックピットでディタンは笑って未希に答えた。

「さて主要な町を回ったからもう帰るか」

 ディタン達は日本に戻った。

 山頂に着いた二人を佐仲が神妙な表情で迎えた。

 「政府から謝罪が来たよ。協力してくれって」

 「はあ?馬鹿じゃねえの」

 ディタンは呆れて思わず大声になった。未希は暗い表情でうつむいた。

 「向こうも事情があるのだろう。身元が割れている以上どこに住んでも一緒だから協力するしかない」

 「いや謝罪じゃなくて脅しだろ。村を焼いておいて協力とか言ってさ」

 「言い方はどうとでも取れるからな。普通に住めるならいいだろう」

 「おい、本当にそれでいいのかよ」

 佐仲の言葉にディタンは少しがっかりした。

 「それしかないのよ。生きていくには……でも皆殺しにならなかったのはディタンが協力してくれたおかげだと思うの。ディタンが魔獣使いは世界中にいると思わせてくれたら政府が私達の力を必要になったの。本当にありがとう」

 未希は微笑んだ。

 「一族の長として私からも礼を言わせてくれ。助けてくれてありがとう」

 佐仲と住民達が頭を下げた。

 「そうか。俺は干渉しない主義だから好きにすればいい。それじゃ帰るから。俺の事は黙っていてくれよ」

 ディタンは未希達と別れてベキットゥに乗って飛び立った。

 大気圏を突破してしばらく飛んでいると、

 「コムザン発生です」

 ガンズの声がコックピットに響いた。

 「了解。座標を送ってくれ。そちらへは退治して帰る。ヴァルシ解除!」

 ディタンはやけになって叫んだ。

 ベキットゥがステルスモードを解いて高速で月へ向かった。

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