魔獣(2)

 ある日の朝、木之瀬裕司は教室に入った。暴言や罵言が雑多に書かれた机にカバンを置いた。

 「おい、おはようもまともに言えないのかよ」

 同級生の男子生徒から頭を叩かれる。それでも無言のまま席に座る。裕司のいつもの一日の始まりだ。授業中に後ろの生徒から頭や背中を叩かれ昼休みにはプロレスの相手をさせられ毎日いじめられていた。

 数学の授業中にまた後ろから頭を叩かれた時、裕司は腕を大きく振り回した。その腕が叩いた生徒の顔に当たった。

 「いてえええ!先生、木之瀬が殴りました」

 「おい大丈夫か。木之瀬、お前はそんな事をする奴だったのか」

 教師が駆け寄って裕司の頭を掴んだ。

 「違う。違うんだ!」

 裕司は叫んだ。

 「何が違うんだ。今殴ったろ」

 男子生徒がキレて言うと教師や周りの生徒が蔑むような目つきと口元をニヤリと歪めた表情で裕司を見た。

 「何だよ。いつもいじめられている俺を見て見ぬ振りしているくせに。お前らなんか……お前らなんかみんな死んでしまえばいいんだ!」

 裕司が大声で叫んだ。

 教室がシーンとなった。空気が一瞬止まったようだった。

 「アハハハハハ!」

 そして突然大声で笑った。

 死んだ目で乾いて笑う裕司に教師が「お、おい」と恐れが混ざった声で話しかけた。

 「そうだよ、死ぬんだよ。こいつら毎日俺をいじめて先公もそいつらの味方になってさあ。何だよ、この学校は!何だよ、クソ共が!てめえらいい加減にしろよ!死ねよ!死ねよ!死ねよおおおおお!ハハハハハハ」

 地の底から響く狂ったような叫びと笑い声に今まで薄ら笑いを浮かべて裕司を見ていた生徒達の顔がこわばった。

 生徒達が「やばいよ」「怖い」とざわついた。

 教師が「おい、しっかりしろ」と呼び掛けたが、裕司は笑顔を絶やさずに生気を失った目で天井を見上げた。

 裕司の顔があちこちからインクが染み出るように青くなった。

 裕司の頭がガクンとうなだれた。

 再びもたげた顔は口元がニヤけて眼球が真っ白に変わった。

 「見よ!この世に現れる獣を。そして恐れよ。我が体にあるのは獣の星の民の血である。獣よ!我が心にある憎しみを糧にこの世界を焼き尽くせ!この星に獣が降りる時、俺が王になりこの星を支配するのだ!」

 裕司は両手を広げて叫んだ。青ざめた顔に紫色の血管のような筋が浮かび上がった。

 「き、木之瀬、落ち着け!」

 「うるさい!」

 裕司は教師の胸を右手で貫いた。

 串刺しになった教師の血が背中から飛び出た裕司のワイシャツを伝って袖からボトボトと床に落ちた。指先を伸ばした掌に赤黒い血が溜まって床に滴り落ちた。

 「お前さあ、前から口の利き方が気に入らなかったんだよ」

 教師の耳元で囁いた裕司は体から手を抜いた。

 意識のない体がグニャリと足を曲げて倒れた。

 「キャアアアアア!」

 女子生徒達が悲鳴を上げた。

 「お前らまとめて殺してやるよ」

 裕司は周りの男子生徒の体を次々と両手で貫いた。

 「やめろ!悪かった!」「ごめん!」「許してくれ!」

 ひきつった顔の口から出る最期の言葉の後で壊れた人形のように力なく倒れる生徒達に裕司は「いいざまだ!もっと前に殺しとけばよかったよ。ハハハハハ」と笑って頭から窓ガラスに突っ込んだ。

 裕司の体が宙に浮いた。

 「お前らに5分だけ時間をやるよ。この学校から出ろ」

 裕司の異常な大声が学校に響いた。

 「何だ……」「おい、あそこ」「えっ!」

 不自然に校舎の真正面に浮いた裕司の姿を教室の窓から見た生徒達が騒ぎ始めた。

 「早く出ないとぶっ殺すぞ!ゴミ共が!」

 割れるような裕司の怒鳴り声で校舎の窓が次々と割れた。

 教師や生徒達が続々と校舎の外に出た。

 「浮いている……」「どうなっているんだ」

 生徒達が裕司を見上げた。スマホのシャッター音があちこちから響いた。

 「木之瀬君やめなさい!」

 教師が拡声器で叫んで生徒達が騒ぐ中、裕司は虚空に浮いたまま黙って時計を見た。

 裕司は両手を大きく広げて息を吸った。

 「さあ、この世界の終わりを始めるぞ。我が血を以て呼び出そう。現れよ!《ラウトラ》!」

 裕司の叫び声に呼応して空に大きな黒い穴が開いた。

 巨大な黒い魔獣が足から現れて宙に浮いた。

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