魔獣(1)

 大小のクレーターが広がる月面で戦う巨大な銀色の人型のロボットと異形の獣──頭に角が生えた獣は6本の腕でロボットに殴りかかった。ロボットは迫る拳のラッシュを器用によけながら懐へ飛び込み右腕から伸びた剣で獣の腹を貫いた。

 剣が青く輝いた。獣の体は形を保ったまま傷口から溶けて消えた。

 太陽の光に照らされた銀色のロボットの影が荒れた月面に伸びていた。

 その機体は背中が青く輝きふわっと浮いて低空でしばらく飛んで浅く窪んだクレーターの底の亀裂に入った。地底の空洞には三角形の銀色の宇宙船がありロボットは格納庫へ入った。

 機体の腹から薄い宇宙服を着た細身の人影が降り格納庫のドアを開けて小部屋に入り宇宙服を脱いだ。顔に幼さが見える男だが青い瞳の目つきは鋭い。

 「見事な戦いでした」

 大型モニターを備えた部屋に男が入ると大柄の年老いた男が話しかけた。

 二人とも薄白い肌で白人のようだが、よく見ると和紙のように滲んだ陰陽のある白さが照明の当たり具合で見え隠れした。

 「ああ、地球時間で2分ちょっとってところかな。あの程度の奴ならそんな所だろ」

 「しかしディタン様、昔より手ぬるいですよ。もっとメッタ刺しにして細切れにした方が私は好きですが」

 「ガンズ、激しい戦いが好きなお前に悪いがあんまり機体を傷つけたくないからな。いくら自動修復できるとはいえ無限に再生できる訳じゃないんだぞ」

 ディタンは微笑んでガンズに答えた。

 「それでこの星の細菌繁殖の状況は?」

 ディタンはガンズに説明を求めた。

 数年前、月面に接近した隕石に付着した細菌が巨大な獣に変異した。

 それ以来、幾度も月面に巨大な獣が発生してはディタンが倒していた。

 ディタン達はこの生物を《コムザン》と名付けた。

 コムザンは何かのきっかけで突然巨大化しているようだが、最近になってようやく巨大化する際に発生する細胞熱の反応を宇宙船の計器で検知できるようになった。

 「《ゼツロス》の技術力で解明できるのはここまでです。恐らく地球の技術では無理でしょうな」

 ガンズがため息をつきながら言うとディタンは「そんなの当てにしてねえよ。あんな下等生物の技術なんて」と鼻で笑った。

 ゼツロス──地球から遥か彼方にあったディタン達の母星。

 その星は宇宙航行が可能な船を建造できる程の高度な文明を持ち王家が世界を治めていた。

 自然が多い平和な星だが、古代ゼツロス人の病弱な体質を改善出来ずにいた。寿命は長くて40年程だった。

 そんな時、地球で空間の裂け目が発生し人々が吸い込まれてゼツロスへ飛ばされて来た。遥か昔の事だ。

 古代ゼツロス人が飛ばされて来た地球人を研究した結果、遺伝子が類似している上にゼツロス人より免疫力が高い体質である事がわかり種の保存の為に人工的な交配を繰り返した。その繰り返しの結果、ゼツロス人は数百年を生きられる体になった。

 長寿の人種が高度な文明を持ちながら自然環境を保つ平和な星……人類にとって一つの理想の形を成し遂げたこの星の歴史は急な終わりを迎えた。

 ゼツロス星は大規模な地殻変動で消滅した──あまりにも突然の出来事だった。

 ゼツロスの王族とその周辺の者達はすんでの所で宇宙船に乗って脱出した。しかし宇宙空間で突如発生した空間の裂け目に吸われて船団は散り散りになってしまった。

 ディタンとガンズ、そしてレクテ姫を乗せた宇宙船カプラディは三人共コールドスリープ状態のまま月に不時着した。長い歳月を経てディタンとガンズは眠りから目覚めたが、レクテだけは冬眠装置の故障で眠ったままだった。

 カプラディに残った燃料で機体を月面の地下に潜らせて以来、二人はレクテの冬眠装置とカプラディの修理に必要な技術が地球にないか調べながら月で暮らしていた。

 長い歳月が経とうとも二人の姿はそれほど変わらないのは彼らが地球人より遥かに老化が遅いからである。

 「コムザンを見つけたら倒せるが予測は無理か。仕方ねえな。のんびりやるしかないか」

 「それより姫様を何とかしないと……あの状態が長く続くと目覚めたとしても体に障害が出るかも知れません」

 「わかっている。コムザン退治よりそっちが大事だからな」

 ゼツロスではガンズは王族の執事、ディタンは親衛隊の騎士だった。

 王族を守る騎士の家で育ったディタンは年齢がレクテと近い事もあり友達のように接していた。

 王と王妃を乗せた宇宙船はゼツロスを脱出してから行方不明のままだ。

 「地球へも最近コムザンが飛んで行っているようですが」

 「そんなのあいつらに任せとけばいいだろ。別に俺達が干渉する必要ねえし、どうせあと千年で環境悪化で滅びる星だから気にする事もないだろ」

 ディタンにとって地球はその程度の星だった。地球より高度な文明を持つ異星人ならそう思うだろう。

 民族間の戦いの歴史を繰り返し環境を破壊しながら発展する文明社会、それを知る者がいてもどうしようもできない知的生物が住む星──

 特にディタンは貨幣の存在を嫌っていた。貨幣が生み出す貧富の格差、全てがカネの価値観に支配された世界。何をするにもカネが必要な世界だと知った時ディタンは「馬鹿な星だ」と腹を抱えて笑った。

 「それじゃ地球へ行ってくる」

 「わかりました。果物と野菜の種を忘れずに」

 「ああ、わかったよ」

 偽造したクレジットカードを右手でちらつかせながらディタンは部屋を出て地球人の服に着替えて人型兵器の《ベギットゥ》に乗った。

 「ベギットゥ、発進」

 ディタンの言葉に反応して無人の格納庫が自動的に開いた。ディタンの乗ったベギットゥの背中と足に青い光が輝くとゆっくり機体が浮いて格納庫を出た。

 クレーターを出ると青い光が更に輝き超音速で地球へ向かった。ベギットゥなら地球へ10分程度で行けた。

 「ヴァルシ散布」

 ディタンの言葉に反応してベギットゥが特殊な粒子を散布し透明になった。

 ベギットゥはそのまま大気圏に突入して日本の田舎町の付近の山に着陸した。

 「さて買い物、買い物」

 透明になったままのベギットゥを降りたディタンは山道を降りて町に入った。

 スーパーにコンビニ、ファミレスが県道沿いに並び、道を外れた小高い丘に寺が建つどこにでもある町だ。

 地球人が嫌いなディタンでもこの町に来ると緩い雰囲気に気持ちが和んだ。

 「普通に暮らしている奴は悪くないけどな。どうして馬鹿な歴史を繰り返したがる奴が高い地位に就く仕組みなのかさっぱりわかんねえな」

 ベビーカーを押す中年の女、杖をついて歩く老婆、自転車で走りながら喋る子供達──当たり前のように過ごす人々を見ては母星のゼツロスののどかな景色を思い出した。

 スーパーを出た時、寺の鐘が鳴った。

 「とっとと帰るか」

 ディタンは田園が広がる県道沿いを歩いて山へ入った。

 山奥で小形の装置を空に向けてボタンを押すと透明になったベギットゥの腹部が開いた。

 「ガンズの種集めはいつまで続くのかねえ」

 ディタンがベギットゥを起動させると低い振動音が辺りに響いた。

 透明な機体は周辺の木々の葉を散らして一瞬で飛び立った。



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