第4話 航宙戦闘機シミュレーション


「候補生諸君、今日から航宙機シミュレーション課程に入る。この課程の担当主任は、私後藤が担当する。更に教官が二人付く」


後藤担当主任が、二人の教官を紹介した。後藤が教室を出て行くと、一人の教官が


「今、皆のデスクスクリーンに映っているマニュアルが航宙機アトラスⅠ型だ。これから諸君が搭乗する訓練機体だ。

 航宙中は、当たり前だがマニュアルを見ることが出来ない。徹底的に頭に叩き込んでくれ。

 訓練機だと思って甘くみないように。基本機能は新型アトラスⅢ型と同じだ。二週間で頭に入れて、後の二週間でスクリーンを使った簡易シミュレータで覚えたものを確認する。 

 その後に実際の航宙機シミュレーションに移る。最初の二週間、午前中は航宙機機体構造の習得だ。午後は航宙性能や実際の航宙における軌道についての勉強だ」


説明した教官は、みんなを見渡した。


 講義が始まると僕達はスクリーンも見ずに周りの候補生達を見ていた。他の候補生がマニュアルを覚えるのに必死になっている。


「どうした青山ツインズ」

僕達についたニックネームだ。二人を呼ぶのが面倒な時は、教官が使用する。


「はい、もう十分頭の中に入っています」

不思議そうな顔をする担当官にカレンが、


「ここに入る前に二人とも覚えました」

教官の口が開いたままになっている。他の候補生も同じだ。




「全く、三ヶ月前も同じだったが、どういうつもりだ」

「如何しました」

「アトラスⅠ型のマニュアルは全て頭に入っているって言いましたよ。あの二人が。嘘だろうと思って、この前改訂したところを質問したら一言一句間違えずに答えました。呆れるばかりです。あの二人には」

「そうですか。そうですか」

後藤は、目元を緩ますと


「あの二人だけ先行させますか」

「しかし、それでは他の候補生と…………」

「構いませんよ。校長も問題ないと言いますよ」




「ミコト、行くよ」

いつものようにアトラスⅠ型のシミュレーション講義を聞きに行く為、ドアの側でミコトに声をかけると


「カレン、ちょっと待って」

「なにしてるの」

「うん、カレン見て」

僕はカレンにデスクの上にあるスクリーンパッドに映る映像を見せた。


「えっ、どういうこと」


スクリーンパッドには

「カレン青山、ミコト青山、本日より航宙機シミュレーションの実地訓練に入る。B32トラックホールに九時に来るように」


驚きながらも航宙軍から支給された腕時計を見ると


「あっ、九時まで後一五分。B32トラックホールは、ここから走っても一〇分掛かる。急ごうミコト」

「うん」


 二人でいつもの教練棟には行かず、急いで士官学校のグラウンドの反対側にあるB32トラックホールに行こうとした。

 グラウンドと言っても、四〇〇メートルトラック、サッカーグラウンド、水泳施設、テニスコートの他、各種トレーニングジム施設がありその反対側だ。


「青山ツインズ、B32トラックホールに行くには、シャトルがあるわ」

久山衛生担当員が声を掛けた。


「えっ、なぜ僕たちの事を」

「さっ、考えている前に乗りなさい。遅れるよ」


 既にシャトルは、教官事務棟の前に来ていた。

 シャトルのドアを開けて中に入り二人で一列になってシートに座ると中に二人だけだということが分った。

 少し違和感を覚えながらドアを閉めるとシャトルは動き出した。二人が後部の窓から後ろを振返ると久山衛生担当員がシャトルをじっと見ている。



やがてシャトルが見えなくなると教官事務棟からサングラスを掛けた男が出てきた。


「久山。どうだ、あの二人は」

「小郡開発センター長。予定より少し早く進んでいます。あの二人がアトラスⅠ型とⅡ型のマニュアルを既に頭に入れてあったそうです。

 既に旧型とは言え、まだ使用されている航宙戦闘機のマニュアルは軍事機密扱いです。一般民間人がどうやって手に入れたかは聞きませんでしたが、少し驚きました。

 ただそのおかげで他の候補生より先行して航宙戦闘機シミュレーションに入れることが出来ます。データを取るにまたとない機会です」


一息置くと

「座学と運動メニューは、他の候補生の追随をまったく許しませんでした。むしろ、教官連中がたじたじで進めにくいと言っています」

「そうか」

と言うと教官事務棟とは逆の方向へ歩いていった。




 僕達は教官事務棟から離れたB32トラックホールに着くとシャトルが止まりドアが自動で開いた。

 すでに教官らしい男が二人立っている。シャトルから降りて教官のそばに行くと


「待っていたよ。青山姉弟。私は航宙戦闘機シミュレーション訓練担当官の小山内だ。宜しく」

「同じく永井だ。宜しく」


二人とも整備士が着るようなメンテナンスウエアを着ている。


「さっそくだが付いて来てくれ。今から航宙戦闘機シミュレーション機構の説明をする」

B32トラックホールの右側にある入口に歩き始めた。


 僕達は顔を見合わせると二人の訓練担当官に付いて行くように歩いていった。振返りもしないで小山内が、笑いながら

「机上で覚えるのと実際はずいぶん違うから覚悟しとけよ」


 僕達はそれを聞いて歩きながら顔を合わせるとふふっ気が付かれない様に笑った。中に入ると小山内が、奥を指差して


「この奥にパイロットスーツに着替えるロッカールームがある。右が男、左が女だ。着替えたら二階のシミュレーションレクチャルームに来てくれ」

そう言って、自分たちは左にある階段を上って行った。


 僕達は顔を見合わせるとにこっとして建物の奥に歩いていくと少しして右側に男性用、左に女性用というプレートが見えた。


 部屋を出る直前まで教練棟に行く予定でトレーニングウエアを着ていた僕達は、心の中でわくわくしている。



「ミコトじゃあね」

手を振ると私はドアの右上にある非タッチ式のパネルに自分のIDをかざした。


 左にドアが開いていくと左右にロッカーが並んでいて一番手前に自分の名前の付いたロッカーが立っていた。


 少し殺風景だが、まあこんなものかと思って、やはりロッカーのドアの目線の高さにあるパネルにIDをかざすとドアが右にスライドした。


 思ったより中が広いロッカーだ。目線より少し上にバーがありそこにパイロットスーツが掛かっている、更に右側にヘルメットが掛かっていた。


 私はトレーニングウエアを脱いでパイロットスーツに着替えるとあれっと思った。まるでオーダーメイドのように体にピッタリである。


 制服といい、パイロットスーツといい、おかしいなと思いながらパイロットスーツを着ると胸と腰の辺りにインジェクションの受け側が着いている。右手でヘルメットを取ると一応かぶって見た。

「ふーん、結構ピッタリだ」


 どこに当るというわけでも無くどこに隙間があるというわけでもない。ただ内側が少し柔らかい感じがした。ヘルメットにもインジェクションの受け口が付いている。


 ヘルメットを外してロッカールームを見るとハンディタイプのスクリーンパッドが置いてあり、自分の名前が下についている。


 これも持って行くのかと思ってそれを手で掴みロッカーの外にあるボタンを押すとロッカーのドアが左にスライドして閉まった。


 それを確認すると直ぐ側にあるロッカールームの入口を出た。既にミコトが男子用のロッカールームで待っていた。


「へーっ、かっこいいなカレン」

そう言ってにこっとするとカレンも


「ミコトも似合うよ」

そう言って二人で微笑んだ。


 二人が、二階にあるシミュレーションレクチャルームに行くと先ほどの二人の訓練担当官が待っていた。僕達がルームに入ると二人は、目元を緩めて小山内が


「二人ともよく似合っているぞ」

カレンが少し恥ずかしい顔をすると


「そこに座りなさい」

スクリーンの前にある椅子を指で指示した。


「さて、それでは始めよう。これを見てくれ」

 スクリーンがオンになると航宙戦闘機側面映像と共に横に名前とスペックが映し出された。


「最初に乗るシミュレーションⅠ型機のスペックだ。計器類は目視型ディスプレイで最初はこれで練習する。

 もちろん体感は、全て宇宙空間と同じなので気を緩めることの無い様に。二人ともスペックは頭に入っているから構造や計器類の説明は省く。

 この機では、二人交互で訓練を行い、搭乗していない時は、相手のシミュレーションを見ながら自分のシミュレーションを反省するように」

そう言って、別の映像を映した。


「これが、シミュレーション機構だ」

 僕達は目を丸くした。シミュレーションボックスが天吊りにさせられ、中は真空状態。シミュレーション機まではスライド式の渡しがあるだけだ。


「これで宇宙空間を体感できるのか」

「はははっ、ミコト君、まあ乗ってみることだ」

そう言って小山内訓練教官が笑った。


「さて、どうせ君たちの事だこれはつまらないというだろうから次のシミュレーション機も説明しておこう。

 一世代前だが、まだ現役機だ。アトラスⅡ型。操縦は脳波感応型。Ⅰ型は人の物理的な特性を利用するが、Ⅱ型は脳波スペクトル分析によって思考をアトラスⅡに覚えこませる。どうだ、知っていることだろうが、机の上とは違うぞ」

そう言って僕達を見た。


―――――


次回をお楽しみに。


面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。

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