2「仲間たちと秘密の話」


「……まとめると、私は魔王を倒したものの激しい力のぶつかり合いで空間が歪み、未来へ飛ばされました。そしてレルネスの願いを聞いたフォルンは代わりに英雄になったけど、魔王を倒したとはどうしても言えず封印したことにした。そして封印王国リカッドリアを創った。……というわけなんだ」


 放課後、いつもの隠し部屋でキャロはカリィヌとロアイに真実の歴史を話した。

 キャロが実際に経験してきた出来事と、封印の地で見付けたフォルン王の手記。かなり長くなってしまったけど、二人は黙って聞いてくれた。

 だけどキャロがそうやって話を締めると、


「……嘘よ……そんなのあり得ませんわ……」


 カリィヌがテーブルに突っ伏してしまう。ロアイも天井を見てぽかんとしていた。


「はぁ~……うわぁ、わたしとんでもないこと聞いちゃったんじゃない? 本当に聞いてよかったの?」

「もちろんだ。あんなことがなければ、封印の地に入った翌日に話すつもりだったんだ。信じて欲しい」

「うん、それは信じるけど……話の内容は……。本当だってわかってるけど、頭が信じてくれないっていうか……うわぁ、うわぁぁぁぁ」


 その気持ちは僕もわかる。封印の英雄フォルン王の話を聞かされて僕らは育った。それを根底から覆す真実を聞かされたら誰だって混乱するに決まってる。

 そして僕やロアイ以上に、カリィヌには受け入れがたい話だった。


「あぁぁぁ……ブレイダ・トゥエン様。今のキャロの話は本当なのですか? 業炎のブレイダ様の英雄譚は嘘でしたの!?」

「業炎? 本人爆炎魔法っていつも言ってたけど」


 それを聞いてカリィヌがガバッと勢いよく顔を上げる。


「ブレイダ様の英雄譚が実は生前に何度か書き直されていて途中で爆炎から業炎に変わったことはトゥエン家の書庫を覗かなければ知らない事実よ! あぁ! 話が本当だという証拠を増やさないでっ!」

「ま、まぁまぁ……ブレイダがすごかったのは本当だよ。あそこまで豪快で苛烈な炎魔法の使い手は他にいない。魔物の群れを一撃で爆殺したのは本当に見事だった」

「そうやって見てきたみたいに話されたらますます信じてしまうじゃない!」


 カリィヌは頭を抱えて再びテーブルに突っ伏してしまった。


「うわ……カリィヌちゃん大変だ。おかげでわたしはちょっと冷静になれたよ」

「ヨルム、ロアイ……。私もう少し配慮というか、気を遣って話すべきだったかな」


 カリィヌの様子を見て不安になったのか少し狼狽するキャロ。


「うーん、どうかな……」

「どっちにしろこうなってたよ。わたしはハッキリ言ってあげて良かったと思う」


 ロアイの言う通りかもしれない。どんな言い方をしても結局はショックを受けていただろう。

 ただここまで落ち込むとは思わなかった……いや、少し考えればわかることだ。考えが足りなかったことは僕も反省するべきかも。


「……キャロの話が本当だとして……いえ、本当なのよね。ええ、信じるわよ」

「カリィヌ?」


 突っ伏したまま、カリィヌは少しだけ顔を上げてキャロを見る。


「だったら何故、ニクリに本当の歴史を話さなかったのよ?」

「それはー、キャロちゃんの仲間の意志だからじゃないの?」

「だとしてもですわ。……キャロ、答えて」


 カリィヌの言いたいことはわかる。

 フォルン・リカッドが英雄となり王となったのはキャロの仲間、レルネスの願いだった。荒れ果てた世界を立て直すために偽りの英雄になったのだ。

 だけどキャロは魔王を倒した張本人。真実の英雄として、それこそ――かつての名前を残すことだってできるのだ。秘密結社チーキスはそれを代行してくれたかもしれない。

 だけどキャロは話さなかった。


「……真実を知れば、フォルンは偽りの英雄に見えるかもしれない。だけど……あいつは真の英雄になったんだよ」


 キャロが僕らの顔を順々に見る。カリィヌも身体を起こしてその視線を受け止めた。


「フォルンは平和な世界を創ったよ。それは間違いない」



 ――なぁ、俺は本当の英雄になれただろうか? 魔王は倒していないが、世界はマシにできたと思う。死と隣り合わせの世界はもうどこにもない。この国から平和が広がっていくはずだ――



 フォルンの手記の最後のページに書かれていた文章を思い出した。

 キャロは静かに目を閉じる。


「フォルンは本当の英雄だよ」


 400年前。世界は魔物に蹂躙され荒れ果てていた。魔王を倒しても魔物が消えるわけではなく、平和な世界を取り戻すにはとてつもない苦難があっただろう。それでもフォルン王は戦い続けたんだ。後世に平和を残すため。それが死んでいった同志の望みだから。


「それに魔王城にはフォルンたちと一緒に攻め込んだんだ。なにもしてないわけじゃない。最強の魔物ケルベロスを倒すという倒すという大役を担ってたんだから、一緒に魔王を倒したも同然だよ」

「……それもそうですわね?」

「確かにねー。言われて見ればそうだよ!」

「うん……」


 むしろどうして言われるまでそれに気付かなかったんだろう。キャロがトドメを刺したけど、一人で戦っていたわけじゃない。フォルン王たちを含め、全員の勝利のはずだ。

 ……きっと、僕らが当時の戦いをきちんと想像できていなかったからだ。荒廃した世界。人間にとっては総力戦だ。だれか一人の勝利じゃない、全ての人間の勝利だったのに。

 いまが平和な世界だからこそ、英雄は一人だと思い込んでしまった。


「フォルンもそう思うことができていたら、魔王を封印したなんて言わなかったと思うよ。……そう考えるとレルネスが余計なことを言ったせいかもね」

「い、いやキャロ、さすがにそれは言い過ぎ……」


 さすがにレルネスが浮かばれない。おそらく色々考えた上で言い残したんだと思うし。実際平和な世界ができたのだから、よしとするべき。


「そういえば私も一つ気になっていることがある。フォルンの手記にはチーキスについて一切触れていなかったんだ。リロが接触していなかったとしても、組織の歴史的に国王が把握していないはずないと思うんだけど……どうしてだ?」

「……どうして、だろう」


 そう呟いたものの、僕にはもしかしたらという考えが浮かんでいた。

 フォルン王の手記、英雄の真実はそもそもキャロに向けて残されたもの。チーキスのことをキャロに伝えるべきではないと判断したんじゃないだろうか。特に最後のページの内容は晩年書いたものに見えた。いつ読まれるかもわからない手記に、妹のその後を……不安要素を残す気にはなれなかったのかもしれない。


 あくまで僕の想像。でももしそうだとしたら、キャロが400年も未来に飛ばされていて、チーキスの組織がまだ残っていたことはフォルン王の誤算だっただろう。



「さて、話はこれで終わりだよ。この後はどうする? カリィヌ、久しぶりに勝負する? ロアイは今日もう魔力増幅してもらった?」

「えっ」

「え……」


 そういえば僕の事件のせいで、ここ数日キャロとカリィヌはいつもの勝負をしていない。ロアイにもレグスセンスを使っていなかった。キャロもそれに気付いていたから、唐突に提案したんだろう。だけど、


「きょ、今日は……やめておくわ。帰ってブレイダ様の書物を読み直したいんですの」

「わたしもそういう気分じゃないかなー? うん、真っ直ぐ帰るよ」

「そう。じゃあ仕方がないね」

「あれ……?」


 二人ともキャロの提案に乗ってこなかったし、キャロも答えをわかっていたかのようにあっさり引き下がる。

 しかもなんだろう? カリィヌとロアイはそわそわチラチラと僕を見てくる。


「~~~~! キャロ、ちょっと来なさい」

「ヨルムくんは聞いたらダメだからね! そっちの端に行ってて!」

「え!? う、うん……?」


 なんだかわからないけど、僕は部屋の隅に追いやられた。女子たち三人は反対の隅に集まってヒソヒソ話し始める。



「キャロ? あなたわざとあんな提案したわね?」

「よくわかったね。いや、二人の反応を見たくて」

「キャロちゃん……。最近ちょっと印象変わったかも」

「うっ……こほん! まぁなんだ。私の言いたいことはわかると思うが」

「事件の時のことでしょう? あのレグスセンスは、その……なんと、言いますか」

「なんかすごかった。特にキャロちゃんの時……いやーどうなの?」

「ヨルムがしたいことがなんとなくわかって許可したけど、いや驚いたね。その後の魔力の増幅量にもだけど」

「そうですわ。なんでいつも以上に魔力が増えたのよ?」

「もしかして触り方で変わる? それともヨルムくんのテンション次第?」

「どっちもありそうだ。あぁ、なんでそんな変質を……」

「変質? なんのことよ?」

「なんでもない。……ただ、私たちにも原因があるかもね」

「それ! わたしもちょっと思った」

「私たちに? どういう意味ですの?」

「だからさ。中等部の頃からずっと、私たちふとももを触らせ続けてきたでしょ?」

「目覚めさせちゃったかなーって」

「なっ……! わたくしたちのせいでそんな変態に!?」

「しーっ! カリィヌちゃん声大きいよ」

「……失礼しましたわ」

「もしそうなら申し訳ないけど、でも仕方ないね」

「だね。レグスセンスがそういうものなんだもん。やっぱりわたしたちのせいじゃないよ」

「そうですわ。ヨルムにはもともと素養があったのよ」

「……それはそれでちょっとやだな」



 長い。結構長く話してる。しかも変態とか不安になる言葉が聞こえた。あれ、僕のこと話してるんだよね!?


「こほん……それではわたくしは先に帰りますわ」

「わたしも! ヨルムくん……その、ごめんね。また明日!」


 二人はそそくさと帰り支度をして、素早く部屋を出て行ってしまった。



「ごめんねって……ええ?」

「なんでもなーいよっと。ま、その時はわたしも責任取らなきゃかなー」

「責任!? なんの?」

「まぁまぁ。それより珍しく二人が先に帰ったし、ほら」


 キャロがソファに座って、隣をぽんぽんと叩く。

 三人が話していた内容がすごく気になる。でも、女子だけの会話をしつこく聞くのも憚られる。それとも僕自身のことだから聞いていいのかな? 気になる、気になるけど……。


「はぁ……わかったよ」


 僕は聞き出すのを諦めて、隣りに座ってキャロに膝枕をする。


「ありがと。ふぃぃぃぃ……今日はたくさん話して疲れたなぁ」

「あ……そうだ、そのことで一つ気になったんだけど」

「なに?」


 キャロが仰向けになった下から僕を覗き込んでくる。僕は少しドキッとして、でも目を逸らさずに聞いた。


「どうして、僕の魔力のこと話さなかったの?」


 カリィヌとロアイに真実の歴史を話した。だけど空間の歪みに放り込まれた時に魔力が置いていかれたことはもちろん、その魔力を僕が引き継いでいることは教えなかった。

 僕の中のキャロの魔力は変質していて、魔力を増幅する力、レグスセンスという特性を持っている。レグスセンスのことを知っている二人には話しておいた方がよかったように思う。


「なんとなくかな」

「えぇ……?」

「あはは、さすがにそれはずるいね。ん~~……でもんだよ」

「言えない、じゃなくて、言いたくない……?」

「あ~ちょっと悲しいな。このニュアンスわかってくれないんだぁ」

「え? あ……えっと?」

「意外と鈍いねヨルムは」


 キャロはそういって可笑しそうに笑う。どうも僕が悪いようだけどなんのことかわからずあたふたしてしまう。


「もう、本当にわからない? ……ヨルムの中にあるのは私の魔力。私がこーんな風に甘えちゃうのも、全部、私たちだけの秘密でしょ?」

「あ……」


 キャロは口元に人差し指を当ててウィンクする。


 ドクン――。


 まるでレグスセンスを使った時みたいに、心臓が飛び跳ねて――たぶん、僕の顔は真っ赤になっている。


「わかったら、ヨルムも秘密にしてよね」

「う、うん……ぜったい、誰にも言わない」


 そうだった。いつの間にか僕は忘れてしまっていたのかもしれない。

 いいや、忘れたことなどないはずなんだけど、いまこの瞬間、強く再認識した。

 僕はずっと、キャロの――。


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