エピローグ
1「顛末とその後」
僕が救出されて犯人も捕まり、事件は一応解決した。
だけどすべてが終わったわけじゃない。
順番に、事件のその後のことを整理していこう。
まず、僕が捕まっていた建物。あそこは街の古い集会場で、今は使われていなかった。ヘル・ダークウルフが屋根を吹き飛ばしたせいで周囲に瓦礫が飛び散り、いくつかの家屋の屋根に穴が開いたそうだ。怪我人がいなかったのが不幸中の幸い。
そして瓦礫の中から見つかった香炉。男の持っていたものも含めて2つ。キャロの話だと、これが周囲を取り囲む闇を生み出していたんだろうとのこと。それを聞いたカリィヌが説明を加えてくれる。
「かなり希少でほとんど出回っていない物よ。持ち運べるような道具に魔術を組み込み、誰でも強力な魔術が使えるのよ。危険な物が多く国は存在を極秘にしているわ。あなたたちも周りに喋ったらいけませんわよ」
と教えてくれた。道具のほとんどは一回しか使えないらしく、未使用品が現存していることはほとんど無いらしい。この香炉も効力を失っていた。
「……たぶんスザンが作ったんだよ。なんて物作ってるかなあの人……。でも、なるほどね。あくまで道具を使っているだけで、自分で魔術を使っているわけじゃない。ニクリはそう言いたかったわけだ」
ちょっと気持ちわかる、とキャロは言っていた。
部屋に突っ立っていた怪しい男はニクリの代わりに犯人として捕まった。彼はまるで生気が抜けたようにぼうっとしていてなにも喋らず、秘密結社チーキスの構成員かどうかもわからない。ただ例の香炉を所持していたということで、身柄は城に引き渡され地下の牢屋に入れられた。
しかし二日後――たったの二日で、彼は牢屋から忽然と消えてしまう。これは国の失態だった。普通なら当事者とはいえ僕らのような学生に知らされるはずのない内容だけど、トゥエン家のカリィヌが絡んでいるということで隠さずに教えてもらえた。
それを聞いたキャロは僕とふたりになると散々愚痴った。
「あり得ない。闇魔法に対しての警戒がザルじゃない?」
確かに脱獄には闇魔法が絡んでいると考えるべきだろう。もしくは、城に秘密結社チーキスの内通者がいるか。どちらもあり得そうだった。
キャロは念のためにと、フォスト王子に闇魔法の対策を王に進言するようアドバイスした。王子は意外にも素直に受け入れる。つい驚いた顔をしてしまうと、フォスト王子はムスッとしか顔になり、
「俺はいま水魔法の修練で忙しいんだ。口論している暇はない。――ヨルム、今度は俺から勝負を挑むからな。お前も鍛えておけ」
「――! わ、わかった。でも条件は……」
「そんなものはいらん。修得した魔法を試させろ」
フォスト王子はそう言って去って行った。いつもの「封印王国リカッドリア第3王子フォスト・リカッド」という名乗りさえしていなかったことに後で気付いて、再度驚いてしまった。
ちなみに犯人として捕まった男が消えてしまったため、ヘル・ダークウルフをどうやって捕らえたのかは謎のままとなった。おそらく2つ香炉のうち1つは闇を生み出し、手に持っていた方には闇の魔力を増幅する力があったのではないか? 男は香炉の力を使って魔物を捕獲をした――というのが有力な説となった。
もちろん僕らはニクリがやったとわかっている。でもキャロは妙に納得して、
「無理矢理なこじつけだけど、案外ニクリもそうやって魔力を増幅していたのかも。やっぱあの魔力量はおかしかったし……」
それでも何日もヘル・ダークウルフを捕らえておけるものなのか疑問は残る。もしかしたら本当にヘル・ダークウルフを捕らえておけるだけの魔力をニクリが持っていた可能性もゼロではない。どちらが正解なのか、それとも答えは別にあるのか。香炉の魔術が消えたいま調べようがなかった。
それから、僕の捜索に多くの冒険者たちが尽力してくれたことを聞き、後日冒険者ギルドにキャロと一緒にお礼を言いにいった。
「おう、ありがたく受けとくぜ。でもその言葉だけでいいからな。お前の両親に何度も何度も頭下げられた。だからもう十分だ」
その話は両親から聞いている。しかも報酬を払いたいと言っても受け取ってくれなかったとか。
「金のことなら心配するなよ。国から報奨金が出てる。それに――お前らは知ってるんだよな。牢屋から犯人を逃がしやがった。だから口止め料のつもりなんだろう、たんまり貰ったぞ」
「そ、そうなんですね……」
「だけどヨルム、お前は気を付けろよ。犯人が逃げたってことはまた狙ってくるかもしれないからな」
「……はい」
「冒険者ギルドの方でも秘密結社チーキスの警戒度を上げた。捕まえた男がチーキスだって認めていればもうちょい色々できるんだが……。ま、一度しっかり調べてみるつもりだ」
僕はチラッとキャロを見る。チーキスは実の妹が作った組織。彼女としては複雑なところだろう。だけど、
「ええ、よろしくお願いします。ガレッドさん」
キャロは迷いなく、そう答えたのだった。
「秘密結社チーキスのことは私も詳しく知りたいんだよ。冒険者が調べてくれるんならありがたいってわけ」
キャロは古代人だけど、間の400年の出来事は知らない。だいたいのことはニクリから聞くことができたけど、もっと詳しいことを知りたいと思っているらしい。
「ただ……問題はそのニクリなんだよ」
「うん……」
結局僕らは、冒険者にも国にもニクリ・キリースの関与については話していない。カリィヌは不満そうだったけど、キャロの希望でそういうことになった。
「ニクリにはチーキスと別の思惑があった。私がキャロ・レイルーンだと確認したいだけって言ってたけど、それでどうしたいのかわからない。今後彼女がどういう行動に出るのか……想像つかないよ。でも彼女はリロの子孫。そこは冒険者に頼らず、私がきちんと向き合わないといけないことだと思う。……みんなには悪いけどさ」
「大丈夫、みんな納得してるよ」
そんなこんなで数日学園を休むことになってしまったけど、ようやく登校することができた。
そこで僕らを迎えたのは、
「キャロおねえさまー! お久しぶりです! 元気でしたか?」
「ニ……ニクリ――!?」
ニクリ・キリース。彼女はいつものようにキャロに飛びついてきたのだった。
*
「キャロおねえさまが休んでる間もニクリはちゃんと学園に通ってましたよ?」
「ニクリ……君ってやつは」
僕とキャロは学園校舎の裏にニクリを連れ出して話を聞いていた。……今日の最初の授業は出られそうにない。
「それより、キャロおねえさま。ニクリのこと国や冒険者に言わなかったんですね。身代わりの人が捕まってました」
「やっぱり身代わりなのか……。まぁ君に姿を隠されると、こうやって直接話を聞くのが難しくなると思ったんだよ。まさかしれっと学園に通っているとは思わなかったけど」
「えへへ、ニクリは信じていました。キャロおねえさまは黙っていてくれると」
僕は絶句した。キャロがニクリのことを話さないと見越した上で、あそこまでのことをして身代わりまで立てた?
さすがにキャロも驚いたようで、目を大きく見開きニクリを見る。
「……どうして」
「はい? なんでしょう?」
「どうして、そこまで私を信じる?」
「そんなの決まってますよう――いえ、きちんとお話しするべきですね」
ニクリは真剣な顔で言い直し、キャロに正面から向き合って小さく頭を下げる。
「私、ニクリ・キリースはチーキス一族の末裔、レイルーンを隠し名に持ち生まれました。末妹でありながら、リロ・レイルーンと同じ闇の魔力を持つということでとても期待され、優遇されてきました。一族の蔵書も読み放題です。そしてそこで……リロ・レイルーンの記した、キャロ・レイルーンさまの書物を見付けたのです」
ニクリは顔を上げ、瞳を輝かせてキャロを見つめる。
「それを読んでニクリは雷に打たれたかのような衝撃を受けました。こんなに素晴らしい人がいて、魔王を倒したかもしれないなんて。それを知らずに生きてきた自分の人生を恥じました。当時まだ10歳にも満たなかったですが。……とにかく、私が崇拝するのは組織の創立者リロ・レイルーンでもユルド・チーキスでもない。キャロ・レイルーンさまただ一人! そう思うようになったのです」
「え、えぇと……それは秘密結社チーキスの思想とは違うの?」
「違いますね。最初はわかりませんが、いまのチーキスは正しい歴史を暴き、公表することを目的としています。ですがニクリはそんなことはどうでもいいんです。キャロ・レイルーンさまがどれだけ偉大で素晴らしい人物だったのか、それを知ることが何よりも大事なことなのです」
なにをしたかよりも、どんな人物だったのか。彼女にとってはそのことの方が大事なようだ。
キャロが頭を抱える。
「……リロ、あの子いったいなにを書き残したの」
確かに、キャロについての書物を読んでそう思うようになったのなら……どんな内容か、僕もすごく気になる。
「そしていま、ニクリの目の前に! キャロ・レイルーンさま本人がいるんですよ!? キャロおねえさま、どうかニクリを信じて下さい。ニクリはチーキスの一人ですが、それ以前にキャロ・レイルーンさまの信者なのです。ニクリは今後、あなたさまの不利益になるようなことは一切しません」
「う、うん」
「なんなら秘密結社チーキスの情報を横流ししても構いません」
「そ、そう? じゃあとりあえず、またヨルムを攫ったり、よからぬことを企んでたら教えてくれる?」
「まっかせてください! あ、でもヨルムさんは一先ず大丈夫そうですよ。ニクリの報告でいまチーキスは大荒れです。信じる派と信じない派に割れているので」
「それはそれで危険な気がするけど……? まぁわかった。なにかあったら教えて欲しい」
「はい!」
元気よく返事して、くるっと背を向けて駆け出す。だけどすぐに立ち止まって振り返り、
「そういえば一つだけ。ニクリの身代わりの人は組織が用意したものです。これでも本家の人間ですから、ニクリが捕まるわけにはいかないんですよ」
「いやほんと私たちがニクリの名前だしてたらどうしてたの?」
「信じてました! ――それでですね、続きなんですけど。もうその人逃げてると思うんですけど、それはニクリがやったんじゃないですよ」
「……へぇ。じゃあ誰が――」
「というわけで。キャロおねえさま、ヨルムさん。またお昼ご一緒しましょうね~」
キャロの言葉を遮って、元気よく手を振って今度こそ駆けて行ってしまった。
「はぁ……なにが組織の情報を横流ししてもいい、だよ。話す気ないじゃん」
「あはは……。ところでキャロ」
「うん? なに?」
呆れながらも、笑ってニクリの背中を眺めていたキャロを見て、少し思ったことがある。
「ニクリの名前を出さなかったの……接触できなくなるからって理由だけ?」
僕はあの明るくて無邪気なニクリのことをどうしても憎めなかった。そしてキャロは――。
「あのねぇヨルム。そういうことは気付いても黙ってるもんだよ?」
「……ごめん」
まぁつまり、きっとそういうことなんだ。
キャロはニクリのことを、妹のリロ・レイルーンと重ね見てしまうんだと思う。
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